QAで学ぶ契約書作成・審査の基礎第22回 取引基本契約(その他条項)
2022/05/01   契約法務, 民法・商法

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本シリーズでは第18回から前回(第21回)までで, 主に売買に関する取引基本契約(以下「取引基本契約」)に関し, 契約の名称/前文/目的/定義条項/適用範囲/個別契約の成立/納品・検査/所有権の移転と危険負担/代金支払/契約不適合責任/知的財産権侵害の責任に関する条項を解説しました(本シリーズ一覧はこちら)。これらの項目・条項は取引基本契約に特有でかつ売主・買主双方にとり必要な項目・条項と言えます。今回は, これら以外の取引基本契約に規定される項目・条項について解説します。
 

【目 次】


(各箇所をクリックすると該当箇所にジャンプします)


Q1: 取引基本契約で規定される他の項目・条項は?


Q2: 「購買基本契約」に特有な条項は?


Q3: ライセンス条項の例は? 


 

Q1: 取引基本契約で規定される他の項目・条項は?


A1: 以下のような項目・条項があります。

・一般条項:本シリーズで既に解説した各種契約共通の条項です。これらに関しては, それぞれ, 以下の各回の解説を参照して下さい。

第9回 契約期間・自動更新条項

第10回 解除条項・期限の利益喪失条項

第11回 秘密保持条項(1)

第12回 秘密保持条項(2)

第13回 反社会的勢力排除条項

第14回 譲渡制限条項

第15回 損害賠償条項(法律上の原則など総論)

第16回 損害賠償条項(責任制限条項)

第17回 その他共通条項(契約終了後に存続する規定/紛争解決/完全合意/中途解除/不可抗力/個人情報の取扱い/通知/契約の規定の分離(可能性))

・「購買基本契約」特有の条項:完成品メーカー(一般に大企業)がその完成品の部品・材料を, その仕様・規格などを指定して部品・材料メーカー(一般に下請け的立場の中小企業)から購入する場合に使用される取引基本契約(ひな型)に規定されることがある条項です。法的性格としては請負と売買の混合契約(製作物供給契約)に当たる場合が多いと思われます。これに関してはQ2を参照して下さい。

・ソフトウェアのライセンス条項:取引基本契約の取引対象にソフトウェアも含まれる場合に規定される条項です。これに関してはQ3を参照して下さい。

・目的物の再販売に関する条項:「販売店契約」など, 再販売を前提とした契約に規定される再販売に関する規定です。後日「販売店契約」などを解説する中で解説する機会があると思いますが, 今回は省略します。

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Q2: 「購買基本契約」に特有な条項は?


A2: 以下のような項目に関する条項があります。具体的な条項の内容については脚注[1]資料などを参考にして下さい。これらには取引上の立場が買主優位でなければ規定することが困難なものもあります。特に, 売主側が大手・有力なメーカーの場合やソフトウェアのライセンスの場合, むしろ買主側が売主側の契約書を受入れざるを得ない場合もあります。

・特別採用:第19回Q2参照

・売主の品質保証体制確保義務:売主の目的物品質保証(品質管理)体制の確立義務・買主所定の品質管理基準書の遵守の義務, 買主の立入検査や改善要求などの権利などを定めます。更に, 売主による製造工程・製造設備などの変更に買主の事前承認を義務付ける場合もあります。

・買主による仕様指定:買主作成の仕様・品質規格・標準などの指定, または, 売主作成仕様の買主による承認などを定めます。

・買主からの支給品:買主が売主による目的物製造に必要な部品・材料等を有償または無償で支給する場合の定めです。売主による支給品の受入検査/検査不合格品の取扱い/支給品の目的外利用・第三者譲渡の禁止/支給品の所有権・危険負担の移転なども定めます。なお, 有償支給品については下請法上の制限[2]があります。

・買主からの貸与品:買主から売主に目的物製作に必要な機械・設備・金型・ソフトウェアなどを貸与する場合の定めです。別途, 貸与に関する契約を締結する場合もあります。

・買主からの貸与図面:買主から売主に目的物製作に必要な図面を貸与する場合におけるその取扱い(秘密情報としての指定を含む)に関する定めです。

・売主のクレーム補償責任:目的物の不具合に関し, 買主保有期間中だけでなく完成品に組み込まれ市場に販売された後に発見された場合を含め, 単なる交換・修理を超え, 不具合の原因究明・対応についての両当事者の協力, 対応(市場からの回収を含む)・費用負担の協議などまで定めるものです。自動車, 特定の消費生活用製品など法令上のリコール制度[3]がある完成品の場合に特に重要です。

・売主の製造物責任に関する責任:目的物の安全性に関する「欠陥」(製造物責任法2条2項)の原因究明・対応についての両当事者の協力, 対応(市場からの回収を含む)・費用負担の協議などを定めるものです。売主による製造物責任保険の付保や, 買主をその保険の追加被保険者とすることを定める場合もあります。

・知的財産権の取扱い:売主が買主が提供した情報(図面, 仕様書, ノウハウ, アイデア, データなど)または売主が買主に提供した情報に基づき相手方当事者がなした発明などに関し, 知的財産権の帰属(一方に帰属または共有), 実施権・利用権の設定など, その取扱いを定めます。

・売主からの補修用部品供給:完成品の製造中止などにより買主から売主への注文が終了した後の, 市場にある完成品の補修用部品としての目的物の供給を定めます。また, 売主が目的物の製造・供給を終了する場合, 買主への事前通知や買主による終了前の一括購入などを定める場合もあります。

・目的物の第三者への譲渡制限:目的物が買主からの貸与図面による特注品などである場合に関し, 買主以外への譲渡などの禁止を定めます。

・環境保護その他製造関連法令の遵守:環境保護, 労働安全衛生, その他目的物の製造に関連する法令に関し, 売主の遵守義務を定めます。

・再委託の制限:特に, 買主が売主の製造品質を直接管理したい場合, 買主貸与図面の秘密保持の必要がある場合などにおいて, 再委託を禁止しまたは買主の事前承認を条件とするものです。

・契約終了後の措置:購買取引基本契約が契約期間満了・途中解除(解約)などにより終了する場合において, 買主から売主に貸与した図面・資料その他情報や無償支給品の返還, 目的物製造用金型・設備, 有償支給品の買主による買取権などを定めます。

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Q3: ライセンス条項の例は?


A3:以下に, 筆者が作成したコンピュータ取引に係る基本契約のライセンス条項例を紹介します。本文の第9条に簡単な言及があり, 具体的な条件は基本契約に添付されたライセンス条項に定められているという設定です。
 

第9条(ソフトウェアのライセンス)


個別契約の対象製品に「ソフトウェア」が含まれる場合, 日本ABCは, お客様に対し, 本契約添付の「日本ABCソフトウェア・ライセンス条項」に従い当該「ソフトウェア」を利用する権利(ライセンス)を許諾します。


日本ABCソフトウェア・ライセンス条項


日本ABC株式会社(以下「日本ABC」という)のソフトウェア製品(以下「ソフトウェア」という)は, 以下の条件でライセンスされるものとし, お客様はこれに同意するものとします。


第1条  利用権の許諾


1.日本ABCは, お客様に対し, 「ソフトウェア」(その「ソフトウェア・プロダクト・ディスクリプション」(「SPD」)その他関連ドキュメントを含む。以下同じ)を, 本条項に従い, 日本国内において利用(複製を含む。以下同じ)する譲渡不能かつ非独占的権利を許諾するものとし, お客様は, これに基づき, 「ソフトウェア」を, 日本国内においてSPDに従い自己利用できるものとします。


2.「ソフトウェア」に関する知的財産権は全て日本ABCまたは第三者に留保されます。


3.お客様が「ソフトウェア」を利用できる範囲その他の条件は, 本条項および価格表に定める各ライセンス・タイプごとの条件の通りとします。


4.お客様は, 自己の業務処理に必要な限度でかつ本条項を遵守させることを条件として, 自己の従業員または業務委託先に「ソフトウェア」を利用させることができるものとします。


第2条  禁止事項


お客様は「ソフトウェア」について以下の行為をしてはならないものとします。


(1)「ソフトウェア」を第三者に利用させること(利用権の再許諾を含む)(但し第1条第4項の場合を除く)。


(2)「ソフトウェア」またはその利用権を第三者に譲渡しその他移転すること


(3)「ソフトウェア」を逆解析, 逆コンパイルまたは逆アセンブルすること


(4)「ソフトウェア」を改変すること


(5)コンピュータウィルスその他有害なコンピュータコードを含むデータを日本ABCまたは第三者に送付すること


(6)日本ABCの書面による事前承諾なく「ソフトウェア」を日本国外に移転しまたは日本国外から利用すること


(7)その他, 日本ABCの書面による事前承諾を得ることなく, 前条に定める以外の利用をすること


第3条  その他


1.お客様は, 「ソフトウェア」の利用状況の記録を作成し, かつ, 日本ABCまたは日本ABC以外の第三者の「ソフトウェア」の著作権者等の権利者が合理的な予告期間を置いて要請した場合には, これを閲覧またはコピーさせるものとします。当該第三者は本条項の履行を請求できるものとします。


2.日本ABCは, お客様が本条項に違反した場合, 直ちにお客様の利用権を失効させることができるものとします。この場合, お客様は, 直ちに「ソフトウェア」の全てのコピーを消去しなければなりません。


3.お客様は, 「ソフトウェア」を, 日本その他関係国の政府の必要な許認可を取得することなく日本国外に持出しまたは輸出しないものとし, その他輸出関連法令を遵守するものとします。


 

【解 説】


以下, 「日本ABCソフトウェア・ライセンス条項」の各条項について解説します。

第1条  利用権の許諾

(第1項)ソフトウェアについては, ハードウェア(有体物)の売買のようにその所有権が移転されるのではなく, ソフトウェアを利用する権利を許諾(ライセンス)するものであることを明確にしています。「譲渡不能」とは, ライセンサー(日本ABC)の承認なく第三者にライセンスを移転できないことを意味します。「非独占的権利」は「独占的権利」の対語です。

「ソフトウェア・プロダクト・ディスクリプション」(「SPD」)は, ソフトウェア(製品)の機能・操作・動作・必要稼働環境(例:CPU性能, メモリサイズ)などを記述したものが想定されています。

このライセンスは「自己利用」を前提としたものであり, 顧客が再販業者の場合は, 別途ソフトウェアの再頒布・サブライセンスに関する特約がなされることを前提としています。

(第2項)ソフトウェアに関する知的財産権は全て日本ABCまたは第三者(第三者がソフトウェアの原供給者・ライセンサーの場合)に留保され, お客様に移転されないことを確認的に規定しています。

(第3項)ソフトウェアはコピーして利用することが可能なので, 利用や複製の範囲・条件を何ら制限せずにライセンスしたのではソフトウェアのビジネスが成り立ちません。そこで, ソフトウェアの各ベンダーは, そのビジネス・価格戦略やソフトウェアの機能・特性に従い, 様々な利用範囲・条件のライセンス・タイプを設定しています。例としては, コンピュータ1台ごとのライセンス, 同時利用ユーザ数を制限したライセンス, アップデート版のライセンス(アップデート版の提供が保証または有償保守サービスに含まれている場合もある), 利用場所・利用機器の限定などがあります。最近は, ソフトウェアがクラウドサービスとして提供されることが増えており, その場合は一定のライセンス期間ごとに料金が設定されます。ここでは, 価格表に各ソフトウェアについてライセンスタイプとその内容が記載されており, 顧客はそれを見て注文する前提となっています。

(その他利用条件)この他, ソフトウェアを利用している機器の故障中に他の器機で「ソフトウェア」を使用するためのバックアップコピーの許諾とその条件, マニュアルその他関連ドキュメントの複製とその条件などについて定める場合があります。

第2条  禁止事項

(第3号)ソフトウェアは, 通常, 人間が読めないオブジェクトコードの形態でライセンスされます(ソースコードは通常ライセンスされない)が, 競合企業などが, ソフトウェアを逆解析, 逆コンパイルまたは逆アセンブルによりソースコードを入手するなどして競合品を開発する可能性があります。ソフトウェアのベンダーとしては, そのような意図のある者にソフトウェアを提供するわけにはいかないので, ほぼどのベンダーでもこれを契約上禁止します。なお, これらの逆解析等が法令上は適法であるという説が昔からあります。しかし, 仮にその説が正しいとしても, 第三者がこの契約上の禁止の適用を受けずに, または, この禁止を知らないで, そのソフトウェアを適法に入手し逆解析等を行うという事態はほとんどあり得ないように思われます。

(第4号)「ソフトウェア」の通信機能などを利用し, コンピュータウィルス等をベンダー側またはその他第三者に送信することを禁止しています。

(その他禁止事項)この他, ベンダーによりまたはソフトウェアの機能・性質に応じ他の禁止事項を列挙する場合があります。

第3条  その他

(第1項)特に顧客側のソフトウェアの使用条件違反が疑われる事態に備えて置かれる監査条項です。実際にこの条項が発動される場合は稀と思われるものの, この条項がなければそのような事態に適切に対処することができないので, ほぼ全てのライセンス契約に規定されます。なお, 日本ABCは第三者のソフトウェアも顧客に提供することがあり, 日本ABCと当該第三者の契約上, 当該第三者が日本ABCの顧客に対し直接監査および権利行使できることが規定されていることがあるので, これに対応した規定となっています。

(第2項)顧客によるライセンス条件違反は, 契約違反として契約解除条項の対象になる場合もありますが, 重大な違反なので, 即時に利用権を失効させることができるものとしています。

(第3項)特定のソフトウェアの輸出が, 日本その他関係国(例:米国製ソフトウェアの場合米国)の政府の許認可の対象になることがあるので, このように規定しています。

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今回はここまでです。次回からは業務委託契約について解説します。

 

「QAで学ぶ契約書作成・審査の基礎」シリーズ:過去の回


 

[4]

【注】                                   

[1] 【購買基本契約の特有条項】 (参考) 滝川 宜信「取引基本契約書の作成と審査の実務〔第6版〕」 2019/11/5, ‎民事法研究会。— 「買主提示型取引基本契約書」に関する記述を参照のこと。

[2]【有償支給品に関する下請法上の制限】買主・売主の資本金の関係および両者間の取引内容(例:買主が販売する製品をその仕様を指定して売主に製造委託)により本取引に下請代金支払遅延等防止法(以下「下請法」)の適用がある場合, 親事業者(買主)は,下請事業者(売主)の給付(ここでは目的物)の内容を均質にし又はその改善を図るため必要がある場合その他正当な理由がある場合を除き,自己の指定する物を強制して購入させ,又は役務を強制して利用させることはできない(下請法4条1項6号)。

[3] 【法令上のリコール制度】道路運送車両法63条の2, 63条の3, 消費生活用製品安全法32条, 38条, 39条など。

[4]

 

【免責条項】


本コラムは筆者の経験にもとづく私見を含むものです。本コラムに関連し発生し得る一切の損害などについて当社および筆者は責任を負いません。実際の業務においては, 自己責任の下, 必要に応じ適宜弁護士のアドバイスを仰ぐなどしてご対応ください。

 

 

【筆者プロフィール】


浅井 敏雄  (あさい としお)


企業法務関連の研究を行うUniLaw企業法務研究所代表/一般社団法人GBL研究所理事


1978年東北大学法学部卒業。1978年から2017年8月まで企業法務に従事。法務・知的財産部門の責任者を日本・米系・仏系の三社で歴任。1998年弁理士試験合格 (現在は非登録)。2003年Temple University Law School  (東京校) Certificate of American Law Study取得。GBL研究所理事, 国際商事研究学会会員, 国際取引法学会会員, IAPP  (International Association of Privacy Professionals) 会員, CIPP/E  (Certified Information Privacy Professional/Europe)

【発表論文・書籍一覧】


https://www.theunilaw2.com/


 

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