QAで学ぶ契約書作成・審査の基礎 14回_譲渡制限条項
2021/12/15   契約法務, 民法・商法

今回は, 契約上の権利義務の譲渡・移転を禁止・制限する譲渡制限条項について解説します。[1]


なお, 本Q&Aは, 全く新任の法務担当者(新卒者や法学部以外の出身者を含む)も読者として想定しているので, 基本的なことも説明しています。

【目  次】


(各箇所をクリックすると該当箇所にジャンプします)


Q1: 譲渡制限条項とは?


Q2: 譲渡制限条項に関する法律の原則は?


Q3: 譲渡制限特約は民法改正後も必要?


Q4: 譲渡制限条項違反を理由として契約解除するのは有効?


 
 

Q1: 譲渡制限条項とは


A1:「(権利義務)譲渡制限条項」とは, 一般に, 契約の一方当事者が, 相手方の同意なく, 以下のいずれかの行為を行うことを禁止または制限する条項を意味します。同条項は, 「譲渡制限特約」と呼ばれることもあり以下単に「特約」ともいいます。

契約は, 多くの場合, 相手方の契約履行能力, 資力等を考慮の上契約するか否かを判断し決定するにもかかわらず, その相手方が無断で変更されるとその判断・決定の意味がなくなり, また, 不都合(具体的にはQ3参照)が生じ得るので, これらを防止するためこの特約が置かれることが一般的です。

【特約で制限される行為】


①その契約の当事者としての地位(例:売買契約の買主としての地位=権利および義務の他契約解除権等の契約条件を含む契約全体)を第三者に譲渡する(受け継がせる)こと(契約上の地位の譲渡)

②その契約から生じる権利(例:売買契約の売主の代金債権)を第三者に譲渡すること(債権譲渡)

③その契約から生じる義務(例:売買契約の買主の代金支払債務, 売買契約の売主の目的物引渡し債務)を第三者に引き受け(債務引受)させること。

④その契約から生じる権利(例:売買契約の売主の代金債権)を第三者(例:売主に金銭を貸し付けた者)のために担保として提供すること(債権譲渡担保[2])

以下に条項例を示します。(*1)...は解説用記号

 

第〇条(権利義務の譲渡制限)


1.甲及び乙は, 事前に相手方の書面による同意(*1)を得ることなく, 本契約上の地位又は本契約から生じる権利もしくは義務の全部もしくは一部を第三者に譲渡し, 引き受けさせもしくは担保に供してはならない。


2.甲及び乙は, 相手方が前項に違反した場合, 何らの催告を要せず直ちに本契約を解除することができる。(*2)


(*1)この同意については、相手方の保護・明確性・証拠性などのため事前かつ書面の同意とした。

(*2)違反が生じた場合, 相手方は無催告で直ちに解除可能とした。なお, この場合の解除の有効無効についてQ4参照。

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Q2: 譲渡制限条項に関する法律の原則は?


A2:現行民法上次の通りとなっています。

①契約上の地位譲渡:契約の相手方の承諾が必要です(539条の2)[3]

②債権譲渡:債権[4]は原則として債務者(契約の相手方)の承諾がなくても譲渡できます(466(1)本文)。

但し, その性質がこれ[譲渡]を許さないときを除きます(466(1)但書)。また, 賃貸人が賃借人を信用することで初めて契約が締結される賃貸借契約では,賃借人(賃借りするという債権の債権者)の(債権)は, 賃貸人(賃貸するという債務の債務者)の承諾を得なければ譲渡できないことが民法上明文で規定されています(612)。更に, 特許権など知的財産権のライセンシーの実施権・利用権(債権)などの譲渡も, 「その性質がこれ[譲渡]を許さない」債権として, または, 賃借権の規定の類推適用により, あるいは, その債権の譲渡はそれと密接不可分の債務(実施・利用条件遵守義務)の引受(後記③)を必然的に伴うなどの理由で相手方の承諾が必要ということになるのではないかと思われます。

これらの債権とは逆に, 原則通り, それだけを切り離し相手方の承諾がなくても譲渡できる債権の代表例は、金銭の給付を目的とする金銭債権(例:売買契約の売主の代金債権)です(従って債権譲渡について論じられる場合のほとんどが金銭債権譲渡)。

【債権譲渡と譲渡制限条項(特約)】(*)Q1の条項例のように契約から生じる権利=債権の譲渡の禁止または制限の特約がある場合, 改正前の民法では, 例えば, 売主A・買主B間の製品売買の代金債権の譲渡の場合, 売主Aによる第三者Cに対する特約違反の代金債権譲渡は, B(買主・債務者)に対しても, A・C(代金債権の譲渡人・譲受人)間でも無効と解されていました。しかし, 逆に, 改正後の民法(現行民法)では, 譲渡制限特約に違反した債権譲渡も全ての関係で有効とされることになりました(466(2))[5]。この改正の理由は, 債権譲渡による資金調達(弁済期前の金銭化のためまたは借入金の担保のため債権を譲渡)の円滑化とされています。

但し, これだけでは債務者(B)の保護に欠けるので, 改正後の民法では, 譲渡制限特約に違反して債権が譲渡された場合、 債務者は以下のいずれかを選択することが可能になりました[6]

(a) 人(C)に債務を弁済(履行)すること(466(2))。

(b) 譲受人(C)が特約があることを知り又は重大な過失によって知らなかった場合, 譲人(C)への債務弁済を拒み譲人(元の債権者A)に債務を弁済すること(466(3)) [7]。- 債権を譲り受ける場合には事前に特約の有無を調査することが多いので, この選択肢を利用できるケースは多いと思われる。

(c) 特約付き金銭債権の譲渡の場合はその債権全額を供託[8](し債務を弁済したことに)すること(466条の2(1))。

③債務引受:債務引受には, 第三者が元の債務者と連帯してその債務を負担する併存的債務引受(470(1))と, 元の債務者はもはやその債務を負わない免責的引受(472(1))とがありますが, いずれも, 効力を生ずるには債権者の承諾が必要です(470(2),(3), 472(2),(3))。

④債権譲渡担保:例えば, 第三者に債権を譲渡担保として提供する場合, その提供形態は債権譲渡なのでそれ自体は上記②の通り債務者(例:上記の買主B)の承諾がなくても有効に行うことができますが, 譲渡制限特約があれば, その第三者(同譲受人C)が担保を実行し債務者(B)からてその債権(同売買代金債権)を取り立てようとする場面では上記(*)の通りとなります。

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Q3: 譲渡制限特約は民法改正後も必要?


A3:債権譲渡/債権譲渡担保の制限についてはその特約があってもQ2の通りその債権譲渡自体を無効にすることはできませんが, 元の債権者に弁済する等の選択肢を確保するには予め特約を置いておくことが必要です。契約上の地位譲渡/債務引受の制限については, その特約がなくても民法上同じ結果となりますが, 通常, 規定のバランス上および確認的に規定します。

【解 説】


1.債権譲渡/債権譲渡担保の制限の意味:改正後は譲渡制限特約があっても債権譲渡自体は無効にできません。しかし, 債務者としての観点からは, 譲受人への弁済には, 以下のような負担・リスクがあるので, やはり特約を設け前記選択肢(譲人への弁済, 譲人(元の債務者)への弁済または供託)を確保しておく実益があります。

(a)弁済相手(譲人)が反社会的勢力に属する者でないかの調査の負担:この調査の結果, 反社会的勢力と判明した場合, 特約がなければ原則としてその反社会的勢力に弁済するしかありません。しかし, 特約があれば, 元の債権者(譲人)に弁済するかまたは金銭債権であれば供託する選択肢を選べばよいことになります。また, 最初からそうすることにすれば, そもそも調査を行う必要がありません。

(b)譲人に弁済するための事務的負担:支払先変更等のための社内稟議・システム上の入力等の事務負担が生じます。

(c)二重払いのリスク: 債権が譲渡されその通知も受けた(対抗要件:466)のに, 社内連絡ミス等により誤って譲人に支払ってしまった場合, 更に, 現在の債権者である譲人に支払わなければならないという二重払いのリスクが生じます。

(d)債権の二重譲渡の場合の負担:同じ債権が複数の者に譲渡された場合, 対抗要件を有効かつ最初に備えたのは誰か等を調べ弁済すべき者を判断・確定する必要があります。この判断・確定は必ずしも容易でなく確定を誤るリスクも皆無ではありません。しかし, 特約があればこの判断・確定を回避し供託(により弁済したことに)することもできます。

2.契約上の地位譲渡/債務引受の制限の意味:

Q2の通り, 民法上, 契約の相手方・債務者が同意しない限りこの譲渡/引受は有効ではないので、特約がなくても,同じ結果となります。しかし, 債権の譲渡制限だけ規定し, より重大な問題である契約上の地位譲渡または債務引受の制限を規定しないのはバランスが悪く, また, 規定することには確認的意味もあるので、これも含め規定することが多いと言えます。

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Q4: 譲渡制限条項違反を理由として契約解除するのは有効?


A4: 無効とされるケースもあり得ますが, 有効とされるケースも多いと思われます。

【解 説】


上記Q1の条項例では第2項として, 契約当事者は, 相手方が第1項の譲渡制限に違反した場合には契約を解除できると規定しています。これに対し, 債権の譲渡については, 改正後の民法(466(2))の趣旨(債権譲渡による資金調達の円滑化)に反し無効ではないかという疑問が生じ得るものと思われます。この点, 確かに, 法務省の「民法(債権関係)の改正に関する説明資料-主な改正事項-」(p 29)でも「改正法の下での解釈論」として以下のように記載されています。

「譲渡制限特約が弁済の相手方を固定する目的でされたときは, [基本的に譲渡人(元の債権者)に対する弁済等をすれば免責されるから]債権譲渡は必ずしも特約の趣旨に反しないと見ることができる。そもそも契約違反(債務不履行)にならない。債権譲渡がされても債務者にとって特段の不利益はない。取引の打切りや解除を行うことは, 極めて合理性に乏しく, 権利濫用等に当たりうる

確かに, 譲受人に特に問題がなく, 債務者に生じる不都合も特に大きくない場合に, その契約を解除しまたは以後の取引を打ち切ることは権利濫用として無効とされる場合もあるでしょう。

しかし, 譲渡先が反社会的勢力である場合や, 債権譲渡の背景に資金不足があり相手方の今後の事業継続または契約上の債務履行能力に不安を生じさせる場合などもあり得ます。また, 例えば, 工事請負契約の請負人が請負工事の着手前または完了前に請負代金債権を譲渡した場合, 工事発注者が当該請負人による請負業務履行・完了に不安を感じることは正当とも思われます。このような場合にその契約を解除し以後の取引を打ち切ったとしても「権利濫用等に当たりうる」とまでは言えず無効になる可能性は低いでしょう。

そうだとすれば, やはり, 譲渡制限特約違反を理由とした契約解除規定を予め置いておいた上で, 実際に特約違反が生じた時点で, 解除の必要性・合理性・権利濫用無効の可能性などを考慮の上解除するか否かを決定することにするのは一つの考えでしょう。但し, 譲渡制限違反は契約違反の一つなので一般的な解除条項(第10回Q2の例文参照)に基づき催告の上解除できる場合もあります。その場合は, 催告期間の経過を待つ必要はあるものの, その一般的解除条項で解除することにして上記条項例2項の解除規定は設けないことも考えられます。

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今回はここまでです。

 

「QAで学ぶ契約書作成・審査の基礎」シリーズ:過去の回


 

[9]                 

【注】                                   

[1] 【本稿作成に当たり参考とした主な資料】 (1) 法務省「民法(債権関係)の改正に関する説明資料-主な改正事項-」(p 27-29).(2) 阿部・井窪・片山法律事務所 (編集)「契約書作成の実務と書式 -- 企業実務家視点の雛形とその解説 第2版」 2019/9/24, 有斐閣,  p 563-569. (3) 鈴木 康之・幅野 直人「民法改正が契約書の譲渡禁止(制限)条項に与える影響」 2019年07月19日, Business Lawyers

[2] 【譲渡担保/債権譲渡担保】 担保の目的である財産権をいったん債権者に譲渡し, 債務者が債務を弁済したときに返還するという形式の債権の物的担保制度(コトバンク)。債権譲渡担保は, この譲渡する財産権が債権(通常金銭債権)であるもの。

[3] 但し, 賃貸不動産の譲渡に伴う賃貸借契約の賃人たる地位の移転は, 賃借人の承諾がなくても, 両者の合意により行うことができる(605条の2(1), 605条の3)。

[4] 【債権】 債権とは, 特定の人をして特定の行為(給付)をなさしめる権利であり, 債務とは, 債権に対応して, 特定の人に対して特定の行為をなすべき義務である。(コトバンク) なお, 「給付」とは, 私法上, 債権の目的となる債務者のすべき行為をさす(民法406条・537条1項, 供託法10条ほか)(コトバンク)

[5] 但し, 預貯金債権を除く(466条の5)

[6] 但し, 債務者が譲渡人に対し履行遅滞に陥った場合, 譲受人は, 債務者に対し, 相当の期間を定めて譲人への履行の催告をし, その期間内に履行がないときは, 譲受人に対して債務の履行をさせることができる(466(4))。また, 譲渡人について破産手続開始決定があった場合, 悪意または重過失のある譲受人であっても, 債務者にその債権の全額に相当する金銭を供託させることができる(466条の3)

[7]この場合, 譲受人は, 債権譲渡契約に基づき, 譲渡人が債務者から弁済を受けた金銭の引渡しを請求できる。

[8] 「供託」とは, 金銭・有価証券その他の物を供託所などの供託機関に寄託すること。ここでの供託は「弁済供託」(民法495以下)で, 弁済者が弁済の目的物(ここでは債権相当額の金銭)を債権者のために供託所(法務局:登記所)に寄託して債務を免れるためにする供託。

[9]

 

==========


【免責条項】


本コラムは筆者の経験にもとづく私見を含むものです。本コラムに関連し発生し得る一切の損害等について当社および筆者は責任を負いません。実際の業務においては, 自己責任の下, 必要に応じ適宜弁護士のアドバイスを仰ぐなどしてご対応ください。

(*) このシリーズでは, 読者の皆さんの疑問・質問等も反映しながら解説して行こうと考えています。もし, そのような疑問・質問がありましたら, 以下のメールアドレスまでお寄せ下さい。全て反映することを保証することはできませんが, 筆者の知識と能力の範囲内で可能な限り反映しようと思います。

review「AT」theunilaw.com(「AT」の部分をアットマークに置き換えてください。)


 
 

【筆者プロフィール】


浅井 敏雄 (あさい としお)


企業法務関連の研究を行うUniLaw企業法務研究所代表/一般社団法人GBL研究所理事


1978年東北大学法学部卒業。1978年から2017年8月まで企業法務に従事。法務・知的財産部門の責任者を米系・日本・仏系の三社で歴任。1998年弁理士試験合格(現在は非登録)。2003年Temple University Law School (東京校) Certificate of American Law Study取得。GBL研究所理事, 国際取引法学会会員, IAPP (International Association of Privacy Professionals) 会員, CIPP/E (Certified Information Privacy Professional/Europe)

【発表論文・書籍一覧】


https://www.theunilaw2.com/


 

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