Q&Aで学ぶ契約書作成・審査の基礎 第12回 – 秘密保持条項(2)
2021/11/08   契約法務

 

今回は, 前回に引続き, 具体的な秘密保持条項の例について解説します。[1]

なお, 本Q&Aは, 全く新任の法務担当者(新卒者や法学部以外の出身者を含む)も読者として想定しているので, 基本的なことも説明しています。

 

Q4: 秘密保持条項の例を示し解説して下さい。


A4: 以下に一つの例を示します。(*1), (*2) ......は後で解説するための番号です。
 

第〇条  秘密保持


1. 甲および乙は, 本契約の履行上知り得た相手方の技術上または営業上その他業務上の情報を, 相手方の事前同意がない限り, 本契約履行のためにのみ使用し, かつ, 第三者に開示または漏洩しないものとする。(*1)


但し, 次の各号のいずれかに該当する情報を除く。(*2)


(1) それを知った時点で, 既に適法に知得していたかもしくは公知となっていた情報, または, その後, 自己の責めによらず公知となった情報。


(2) 相手方の秘密情報によらず独自に開発または作成した情報。


(3) 第三者から秘密保持義務を負うことなく適法に入手した情報。


2. 前項の義務は, 別段の合意をした場合を除き, 各秘密情報を知った時から3年間存続するものとする。(*3)


3. 甲および乙は, 相手方に, 秘密情報を, 書面その他の有体物を提供することにより開示する場合には, 当該有体物の上に秘密情報である旨を表示するものとし, 口頭, その他有体物の提供以外の形態で開示する場合には, 開示前または開示の際に適切な方法で当該情報が秘密情報である旨を相手方に明示するものとする。(*4)


4. 甲および乙は, 相手方から開示を受けた秘密情報の使用目的を達成した場合, 秘密情報の使用の必要性が失われた場合, または相手方からの要求があった場合には, 速やかに当該秘密情報を含む資料, 物品等, およびそれらの複製物を返還するものとする。(*5)



【解 説】


前回, (*1)と(*2)について解説しました。今回は(*3)~(*5)について解説します。

(*3)秘密保持期間:秘密情報の秘密保持義務および利用制限義務の存続期間(以下「秘密保持期間」という)については, 特に決まったものはありませんが, 対象となる情報の秘密の程度, 経済的価値の程度, 陳腐化のスピード等を考慮して定めるべきと思われます。筆者の経験では3 年/5 年/7 年などが多いという印象です。

(秘密保持期間の定め方) 上記条項例では個々の秘密情報ごとにその開示日を起算日として秘密保持期間を定めています。この他秘密保持期間の定め方としては以下のように契約終了日を起算日とする例があり, 以下のような長所と短所があります。

 

「前項の義務は, 本契約有効期間中および本契約終了後〇年間存続するものとする。」


(注)上記の「本契約終了後」とは「本契約の期間満了または解除後」の意味で, そのように明記しても構いません。

(長所) 継続的契約でその有効期間中に交換された全ての秘密情報の秘密保持期間(の満了日)を一律に計算可能。

(短所) 契約が長期に継続した場合, 初期に開示された秘密情報の秘密保持期間は長く, 末期に開示された秘密情報の秘密保持期間は短くなるという秘密保持期間の不均衡が生じる。

(永久の秘密保持期間) 上記の条項例で言えば第2項に相当する規定がないなど, 秘密保持期間について何も定めていない条項例もあります。その場合, 秘密保持義務は, 対象の情報が第1項但書の除外情報に該当するまで存続することになります。

この点, 米国の一部の州では, 秘密保持義務が永久に存続すると定めることは不合理な取引制限でありその法的強制力が否定される場合があると言われています。[2] 日本では, そのような判例はないと思われますが, 国内の契約でも最近は何らかの具体的秘密保持期間が定められています。その理由はおそらく以下のようなことではないかと思われます。

(1) 秘密保持義務を負う側(以下「受領者」という)からすれば, 永久に該当の情報を秘密情報として管理するのは負担が大きく, 必ずしも秘密保持義務遵守の確実を期しえない(例えば, 何年も経てば誰もそれが他社の秘密情報だと認識できないおそれもある)。

(2) 多くの情報は, 何年も経てば秘密保持する価値を失う。

(3) 国際契約ではほとんどは秘密保持期間を定めており, 国内契約もその影響を受けている。

とはいえ, ソフトウェアのソースコードなど情報によってはほぼ永久またはより長期の秘密保持が必要かつ合理的な場合があります。そこで, 上記条項例では「別段の合意をした場合を除き, 」として, そのような情報については, 別途秘密保持契約を締結し永久のまたはより長期の秘密保持期間を定めることができるようにしています

(*4)秘密情報のマーキング等:上記条項例では, 秘密情報の開示者に, (i) 秘密情報を書面その他の有体物(例えば, 秘密情報を格納した記憶媒体, 未公開の機械)を提供することにより開示する場合には, その有体物の上に秘密情報である旨を表示すること, および, (ii)それ以外の形態で(例えば, 口頭・視覚で, 工場視察で)開示する場合には, 開示前または開示の際に適切な方法で当該情報が秘密情報である旨を相手方に明示することを要求しています(以下(i)・(ii)を総称して「マーキング等」という)。

これは, 主に受領者の立場から, 何が相手方の秘密情報なのか明確に示してくれなければ, 適切に秘密保持することはできないし, また, 自社が相手方の秘密情報とは認識していないものについて突然秘密情報と主張されるようなことは回避したいということです。

しかし, 開示者の立場からしても, 自社の情報が不正競争防止法上の営業秘密として保護されるためには, その情報を開示するに当たり受領者にそれが自社秘密情報であることを明示することは, 営業秘密の秘密管理性要件を満たすため必要なことでしょう。また, 開示者としては, 上記のような規定がなくても, マーキング等を励行すべきでしょう。

なお, 特に英文のNDAなどでは, マーキング等したもののみ秘密情報とみなすという趣旨の規定になっている場合がありますが, 上記条項例では以下の理由からそうしていません

(1) 上記条項例の第1項では, 相手方の積極的な「開示」行為だけでなく, 「知り得た」とし, 例えば, 相手方施設での作業中に偶然知り得た情報も秘密情報に含まれ得ることにしていること。

(2) 開示者がマーキング等をしなかった場合でも, 受領者が開示された(または知り得た)情報の内容またはそれが開示された(または知り得た)状況から当然相手方の秘密情報であると認識し得るものがあり得ること。

(*5)秘密情報の返還義務:ここでは, 秘密情報の使用目的を達成した場合等の事由が生じた場合は秘密情報を返還すべき義務を明示しています。その事由としては本契約が終了した場合も考えられ, 勿論その旨明記してもいいですが, ここでは「秘密情報の使用の必要性が失われた場合」に含まれると考えて特に明記していません。

また, 開示者としては, 返還ではなく受領者の責任において消去してほしい場合もあるでしょうがここでは返還事由が生じた場合に受領者にその旨指示すればよいと考え特に明示していません(勿論, 「...複製物を, 相手方の指示に従い, 返還または消去するものとする。」としてもよい)。

 

今回はここまでです。

 

[3]                 

【注】                                   

[1] 【本稿作成に当たり参考とした主な資料】 (1) 阿部・井窪・片山法律事務所 (編集)「契約書作成の実務と書式 -- 企業実務家視点の雛形とその解説 第2版」 2019/9/24, 有斐閣, (2) 河村寛治「改訂版 契約実務と法-リスク分析を通して」 2014/2/4,  第一法規株式会社, (3) 滝川宜信「取引基本契約書の作成と審査の実務(第4版)」 2012/04/18, 民事法研究会, (4) 長瀨 佑志, 長瀨 威志, 母壁 明日香 「現役法務と顧問弁護士が実践している ビジネス契約書の読み方・書き方・直し方」 2017/6/24, 日本能率協会マネジメントセンター

[2] 【永久的秘密保持義務を否定する州】 (参考)Parker Poe Adams & Bernstein LLP - Mike Tobin "Time limits in confidentiality agreements: traps for the unwary" October 30 2013, Lexology

[3]

 

==========


【免責条項】


本コラムは筆者の経験にもとづく私見を含むものです。本コラムに関連し発生し得る一切の損害等について当社および筆者は責任を負いません。実際の業務においては, 自己責任の下, 必要に応じ適宜弁護士のアドバイスを仰ぐなどしてご対応ください。

(*) このシリーズでは, 読者の皆さんの疑問・質問等も反映しながら解説して行こうと考えています。もし, そのような疑問・質問がありましたら, 以下のメールアドレスまでお寄せ下さい。全て反映することを保証することはできませんが, 筆者の知識と能力の範囲内で可能な限り反映しようと思います。

review「AT」theunilaw.com(「AT」の部分をアットマークに置き換えてください。)

 

 


【筆者プロフィール】


浅井 敏雄 (あさい としお)


企業法務関連の研究を行うUniLaw企業法務研究所代表/一般社団法人GBL研究所理事


1978年東北大学法学部卒業。1978年から2017年8月まで企業法務に従事。法務・知的財産部門の責任者を米系・日本・仏系の三社で歴任。1998年弁理士試験合格(現在は非登録)。2003年Temple University Law School (東京校) Certificate of American Law Study取得。GBL研究所理事, 国際取引法学会会員, IAPP (International Association of Privacy Professionals) 会員, CIPP/E (Certified Information Privacy Professional/Europe)

【発表論文・書籍一覧】


https://www.theunilaw2.com/


 

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