Q&Aで学ぶ契約書作成・審査の基礎 第11回 – 秘密保持条項(1)
2021/11/01   契約法務, 不正競争防止法

今回は, 契約当事者間で, その契約の履行上知り得た相手方の営業秘密その他情報の秘密保持を合意する規定(秘密保持条項)について解説します。[1]

なお, 本Q&Aは, 全く新任の法務担当者(新卒者や法学部以外の出身者を含む)も読者として想定しているので, 基本的なことも説明しています。

 

【目  次】


(各箇所をクリックすると該当箇所にジャンプします)


Q1: 秘密保持条項と秘密保持契約との違いは?


Q2: 営業秘密は不正競争防止法上保護されるのになぜNDA等が必要なのですか?


Q3: 秘密保持条項の例を示し解説して下さい。


 


 

Q1: 秘密保持条項と秘密保持契約との違いは?


A1: 秘密保持条項は売買基本契約書などの契約の一部として規定され, 秘密保持契約は, それ自体単独の独立した契約として締結されます。

【解 説】


秘密保持条項の内容は, 他の契約の一部として規定されることから, 秘密保持契約に比べれば簡略化されたものとなることが多いと言えます。

秘密保持契約は, (1)既に両者間に秘密保持条項を含む契約があるが, 開示者側の企業にとり特に重要な情報を開示する場合に, より具体的にその情報を特定し詳細な条件を定めるため別途締結すること, (2)従来契約がない当事者間で, 取引の可能性検討のための情報交換がなされる場合に予め締結されることなどが多いと言えます。

秘密保持契約は, 英文契約では“Non-Disclosure Agreement”と呼ばれることが多く, この記事では, 以下, 秘密保持契約と秘密保持条項を総称して「NDA等」といいます。

 

Q2: 営業秘密は不正競争防止法上保護されるのになぜNDA等が必要なのですか?


A2: 確かにそうですが秘密情報を確実に保護するにはNDA等が必要となります。

【解 説】


不正競争防止法(以下「不競法」という)上「営業秘密」の要件は以下の通りであり(2(6)), その不正利用行為に対しては差止請求(3)および損害賠償請求(4)が可能です。

①問題の情報について秘密として保持する為の合理的努力がされていること(秘密管理性)/②事業活動に有用な情報であること(有用性)/③公然と知られていないこと(非公知性)

上記の内, 特に問題になり易い要件は秘密管理性ですが, この要件を満たすためには,当事者が秘密情報を相手方に開示するに当たりNDA等があることは最低限必要でしょう。

また, NDA等により,仮に不競法上の営業秘密の要件を欠くかまたはそれを立証できない場合でも,該当の情報の無断開示があれば契約違反となるので,少なくとも契約による保護・救済を受けることができる可能性があります。

 

Q3: 秘密保持条項の例を示し解説して下さい。


A3: 以下に一つの例を示します。(*1), (*2) ......は後で解説するための番号です。
 

第〇条  秘密保持


1. 甲および乙は, 本契約の履行上知り得た相手方の技術上または営業上その他業務上の情報を, 相手方の事前同意がない限り, 本契約履行のためにのみ使用し, かつ, 第三者に開示または漏洩しないものとする。(*1)


但し, 次の各号のいずれかに該当する情報を除く。(*2)


(1) それを知った時点で, 既に適法に知得していたかもしくは公知となっていた情報, または, その後, 自己の責めによらず公知となった情報。


(2) 相手方の秘密情報によらず独自に開発または作成した情報。


(3) 第三者から秘密保持義務を負うことなく適法に入手した情報。


2. 前項の義務は, 別段の合意をした場合を除き, 各秘密情報を知った時から3年間存続するものとする。(*3)


3. 甲および乙は, 相手方に, 秘密情報を, 書面その他の有体物を提供することにより開示する場合には, 当該有体物の上に秘密情報である旨を表示するものとし, 口頭, その他有体物の提供以外の形態で開示する場合には, 開示前または開示の際に適切な方法で当該情報が秘密情報である旨を相手方に明示するものとする。(*4)


4. 甲および乙は, 相手方から開示を受けた秘密情報の使用目的を達成した場合, 秘密情報の使用の必要性が失われた場合, または相手方からの要求があった場合には, 速やかに当該秘密情報を含む資料, 物品等, およびそれらの複製物を返還するものとする。(*5)



【解 説】


(*1)相互NDA vs. 片務的NDA: この条項例は, 甲乙双方が相互に秘密情報を開示し相互に秘密保持義務を負う双務的秘密保持条項です。甲乙いずれからの開示しかない場合(基本契約などでは少ないとは思いますが), または, 甲乙間の契約交渉力に差がある場合, 一方のみ義務を負う片務的な条項になることもあるでしょう。

「秘密情報」の範囲: ここでは, 抽象的に広く「本契約の履行上知り得た相手方の技術上または営業上その他業務上の情報」としています。但し, これは最大限で, 実際の「秘密情報」の範囲はこれから但書の情報を除いたものとなります。

契約自体の存在・内容自体も秘密であることを明確にしたい場合は, 「本契約の存在およびその内容並びに本契約の履行上......」の下線部分などのように追記します。

「知り得た」vs「開示された」:「知り得た」の部分は「(相手方から)開示された」とする場合もあります。英文NDAすなわち外国企業とのNDAでは「(相手方から)開示された」の方が多く秘密情報の範囲を可能な限り厳格に限定しようとする傾向があります。その目的は, 秘密保持義務を負う側(「受領者」)に立った場合を想定し, 秘密情報・秘密保持義務の範囲を可能な限り限定すること, および, それにより将来の紛争を防止することです。一方, 国内契約では「知り得た」の方が多いでしょう。

相手方の積極的な「開示」行為だけでなく, 「知り得た」とした場合, 例えば, 相手方施設での作業中に偶然知り得た情報までが秘密情報に含まれ得ることになります。開示者の立場に立った場合を想定すると有利ですが, 受領者の立場に立った場合を想定すると不利になります。

受領者の主な義務:相手方の事前同意がない限り, ①本契約履行のためにのみ使用し, かつ, ②第三者に開示または漏洩しないことです。②だけが明記され, ①の秘密情報の使用目的が限定されていない規定を目にすることがあります。しかし, それでは, 第三者に開示等しない限り, 如何なる目的にも使用できることになり不適切です。

「第三者」への開示・漏えい禁止これに関し, (a)秘密情報を知る必要のある受領者またはその関係会社の役員・従業員, 弁護士等への開示, (b)適用法令または政府機関もしくは裁判所の命令を遵守するための開示などが許されることを明記する場合もあります。ここでは, 条項を簡略化するため, および, (a)については, 受領者の役員・従業員は「第三者」ではないと解釈され得るであろうこと, 関係会社については開示先が広がり過ぎるので開示者の個別同意を条件とした方がよいであろうことなどを理由として, これらを明記していません。(b)の法令等の遵守のための開示についても, 条項を簡略化するため, および, これを明記しなくても許されると解釈され得るであろうことなどを理由として, これを明記していません。(但し法制度の異なる外国企業との国際契約では上記のように解釈される可能性が低いの明示的に規定する方がよい)

(*2)秘密情報から除外される情報:この内容は, 具体的表現・列挙の順番は異なる場合もありますが, 広く採用されているものと実質的に同じです。

「それを知った時点」:上記で「(相手方から)開示された」を選択した場合は, 「開示を受けた時点」などとなります。この「それを知った時点で」は(1)には必要ですが, (2)と(3)は, 「それを知った時点」は無関係なので不要です。

「既に適法に知得していたかもしくは公知となっていた情報, または, その後, 自己の責めによらず公知となった情報」は, 「既に適法に知得していた情報」, 「(既に)公知となっていた情報」, 「その後, 自己の責めによらず公知となった情報」に分けて列挙する例の方が多いでしょう。ここでは, 字数節約・条項簡略化のためこのような表現としています。

除外情報を規定する理由:先ず, 「秘密情報」の範囲について抽象的に広く「本契約の履行上知り得た相手方の技術上または営業上その他業務上の情報」と言ってしまったので公知の情報等を除く必要があります。また, 例えば, 相手方から開示された情報が, 偶然自社が既に保有していた情報や独自に開発した情報と類似する場合, 相手方からそれは自社が開示した秘密情報だと主張されるおそれはあり反論する根拠を明示しておく意味があります。特に大企業では, 開示された情報が, 開示後に, 既に自社の他部門で入手しまたは独自開発していた情報と同じか類似するものだと判明することは起こり得ます

「営業秘密」のような用語を使わない理由:「営業秘密」という不競法(2(6))上定義されている用語を使ったらいいのではないかと思うかもしれません。しかし, 同法上の「営業秘密」の要件を秘密保持条項に持ち込むことはできません。何故なら, 受領者としては開示者から開示された情報が「営業秘密」の要件(特に秘密管理性, 有用性)を満たしているか否か判断することは, 開示者が開示時点で明確に立証でもしてくれない限り困難でその情報を「営業秘密」として秘密保持すべきか否かが分からないからです。また, 開示者としては, 「営業秘密」の要件を満たさない情報でも, または, その要件具備を立証する負担を負うことなく, 少なくとも契約違反に対する保護を受けたい場合も多いでしょう。従って, 原則として受領者が知り得た全ての情報を秘密情報とし, 例外的に, 解釈が分かれる可能性がより小さい上記除外情報は除く, と規定しているわけです。

秘密情報からの除外情報に該当することの立証責任:上記条項例の但書きではこれに関し何も触れていませんが, 「以下のいずれかに該当することを証明できる」と下線部分を追記して, ある情報が除外情報であることの立証責任は受領者が負うと規定する場合もあります。これは, 開示者が除外情報に該当しないことを立証することよりは一般的には受領者が除外情報に該当することを立証することの方が容易だからとの考えに基づくものです。

それではこのように除外情報に該当することの立証責任を明示しない上記条項例の場合, その立証責任はどう解釈されるのか? 開示者が, 問題の情報が受領者が知ったものであること(およびその情報が公知でないこと)の立証に成功した場合, 上記の立証容易性の他, 上記の除外が, 秘密保持義務違反に対する差止請求権等の権利発生の障害となる(または権利行使を阻止する)抗弁的事由(相手の主張を否定する理由)であること, それが原則に対する但書き的位置づけであること等から, 除外情報に該当することについては, 受領者が立証責任を負うという考え方が, 一つの解釈としてあり得ると思われます。

 

今回はここまでです。次回は, (*3)~(*5)について解説します。

 

[2]                 

【注】                                   

[1] 【本稿作成に当たり参考とした主な資料】 (1) 阿部・井窪・片山法律事務所 (編集)「契約書作成の実務と書式 -- 企業実務家視点の雛形とその解説 第2版」 2019/9/24, 有斐閣, (2) 河村寛治「改訂版 契約実務と法-リスク分析を通して」 2014/2/4,  第一法規株式会社, (3) 滝川宜信「取引基本契約書の作成と審査の実務(第4版)」 2012/04/18, 民事法研究会, (4) 長瀨 佑志, 長瀨 威志, 母壁 明日香 「現役法務と顧問弁護士が実践している ビジネス契約書の読み方・書き方・直し方」 2017/6/24, 日本能率協会マネジメントセンター

[2]

 

==========


【免責条項】


本コラムは筆者の経験にもとづく私見を含むものです。本コラムに関連し発生し得る一切の損害等について当社および筆者は責任を負いません。実際の業務においては, 自己責任の下, 必要に応じ適宜弁護士のアドバイスを仰ぐなどしてご対応ください。

(*) このシリーズでは, 読者の皆さんの疑問・質問等も反映しながら解説して行こうと考えています。もし, そのような疑問・質問がありましたら, 以下のメールアドレスまでお寄せ下さい。全て反映することを保証することはできませんが, 筆者の知識と能力の範囲内で可能な限り反映しようと思います。

review「AT」theunilaw.com(「AT」の部分をアットマークに置き換えてください。)


 
 

【筆者プロフィール】


浅井 敏雄 (あさい としお)


企業法務関連の研究を行うUniLaw企業法務研究所代表/一般社団法人GBL研究所理事


1978年東北大学法学部卒業。1978年から2017年8月まで企業法務に従事。法務・知的財産部門の責任者を米系・日本・仏系の三社で歴任。1998年弁理士試験合格(現在は非登録)。2003年Temple University Law School (東京校) Certificate of American Law Study取得。GBL研究所理事, 国際取引法学会会員, IAPP (International Association of Privacy Professionals) 会員, CIPP/E (Certified Information Privacy Professional/Europe)

【発表論文・書籍一覧】


https://www.theunilaw2.com/


 

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