事業者側からの取消訴訟で最高裁が弁論、労災認定に対する不服申立について
2024/04/02 労務法務, 訴訟対応, 労働法全般

はじめに
労基署の労災認定に対し、事業者側がその取消しを求めた訴訟の上告審で3月28日、最高裁は当事者双方の意見を聴く弁論を6月10日に開くことを決定しました。事業者側の原告適格を認めた高裁判決が覆る可能性があるとのことです。今回は労災認定に対する事業者側からの不服申立てについて見ていきます。
事案の概要
報道などによりますと、中小企業向けの特定保険業務等を営む一般財団法人「あんしん財団」は2013年に経営改革として複数の女性職員を事務職から営業職に職種を転換させ、2015年に営業成績が低かったそのうちの職員を転勤させたとされます。それにより2人の職員が体調を崩し、2015年6月に精神疾患で休職して労災申請をし、いずれも認定されたとのことです。財団側は労災の審査にあたり元職員の2人が虚偽の申告をしたことで国が誤った判断をしたなどとして元職員2人と国を相手取り損害賠償と労災認定の取消しを求め提訴しました。なお元職員側は「スラップ訴訟」に当たるとして財団側に計330万円を求め反訴の提起をしておりました。
労基署の認定の不服申立て
労基署の労災認定に関する処分については、労働者性や業務起因性、後遺障害の等級認定など多くの争点があり、労基署の処分(原処分)に不服がある場合には、その処分の通知があったことを知った日の翌日から3ヶ月以内に労働局の労働保険審査官に審査請求を行うことができます。以前は60日以内とされておりましたが現在では延長されております。
この労働保険審査官の決定に不服がある場合は決定書の謄本が送付された日の翌日から起算して2ヶ月以内に労働保険審査会に再審査請求を行うことができます。上の審査請求をした日から3ヶ月が経過しても決定が出ない場合も同様に再審査請求が可能です。
またこれら労働保険審査官の決定または労働保険審査会の裁決に不服がある場合は、決定または裁決の通知を受けた日の翌日から6ヶ月以内に原処分の取消しを求め行政訴訟を提起することも可能です。審査請求、再審査請求後3ヶ月を経過しても決定または裁決が出されない場合も同様です。
事業者の不服申立て
上記の不服申立てはあくまで労働者側に認められた制度です。しかし厚労省の有識者検討会は2022年12月13日に「労働保険徴収法第12条第3項の適用事業主の不服取り扱いに関する検討会報告書」を発表しました。これによりますと、労災保険給付支給の決定に対する事業者側による不服申立ては従来どおり認めないという解釈を維持しつつ、労働保険料の適否については事業者側の不服申立てを認めるとし、この不服申立てが仮に認められた場合でも労働者への労災保険給付の支給決定は覆ることはないとの方向性を示しました。ただし事業者側による不服申立てが認められた場合の労働者の損害賠償訴訟への影響等の懸念も指摘されております。
労災認定取消し訴訟の原告適格
労働者に労災認定がなされた場合、事業者側にその取消しを求め行政訴訟を提起する資格(原告適格)はあるのでしょうか。雇用している従業員に労災認定がなされた場合、会社側には一定の不利益が生じると言えますが、法的には直接的な責任は生じないと言えます。そのため原則として事業者側に労災認定の取消しを求める原告適格は認めないのが従来の判例の立場とされておりました。しかし労災保険不支給決定取消訴訟において、事業者側が労基署(国)側に補助参加することを認めた判例があります(最小判平成13年2月22日)。さらに下級審裁判例ではありますが、いわゆるメリット制の適用がある事業者については労災保険の支給がなされるとメリット収支率が上昇し、これによってメリット増減率も上昇するおそれがあり、次々年度の労働保険料が増額されるおそれがあるとして原告適格を認めた例があります(東京高裁平成29年9月21)(東京高裁平成29年1月31日)。従業員の労災認定により労災保険料が増える可能性があるため訴える法律上の利益があるということです。
コメント
本件で一審東京地裁は従来までの立場を踏襲して法人側の原告適格を否定しました。しかし控訴審東京高裁は一転、法人側の原告適格を認め、東京地裁に審理を差し戻す判決を出しました(東京高裁令和4年11月29日)。これは上でも触れた高裁判決と同様に、労災が発生すると事業主の支払う保険料が上がるメリット制を重視したものとされます。メリット制は100人以上の労働者を使用する事業者が対象とされ、労災が発生すると2~4年後の保険料が増加する可能性がある制度です。しかし今回最高裁は当事者双方の意見を聴く弁論を6月10日に開く決定をしました。これは控訴審の判断を変更するのに必要な手続きとされ、原告適格を認めた控訴審判決を覆す可能性があるとされます。有識者検討会の報告にもあるように、事業者の不服を認めても労働者に影響を及ぼすべきでないとされた立場も影響を及ぼすのではないかと考えられます。労災保険制度やその趣旨、不服制度などこれからの動向を注視しつつ適切に対応していくことが重要と言えるでしょう。
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