海外勤務中の労災に労災保険は適用されるか
2016/05/13 労務法務, 労働法全般, その他

はじめに
海外勤務を理由に労災保険の適用外とされていた男性の遺族が遺族補償給付を求めていた訴訟の控訴審判決で東京高裁は4月27日、一審判決を取消し原告側逆転勝訴の判決を言い渡していました。今回は、「海外で勤務していた場合に労災保険は適用されるのか」をテーマに見ていきたいと思います。
事件の概要
東京に本社を置く運送会社に勤務していた男性は2006年に上海支店の首席代表として現地に赴任していました。2010年7月男性(当時45歳)は急性心筋梗塞のため亡くなり、2012年に遺族が労災申請していましたが、東京中央労働基準監督署は労災保険を適用せず遺族補償は給付しない旨決定しました。男性の遺族はこの決定を不服とし、遺族補償の給付を求める訴えを起こしていました。一審は男性が当時海外の事業場所属であり、特別加入手続きを行っていなかったことから請求を棄却していました。
労災保険とは
労災保険とは労働者災害保障保険法(労災保険法)に基づき、労働者の業務上の災害に対して労働者および遺族に迅速かつ公正な保護をするため必要な保険給付を行うことを目的とする保険です。厚生労働省が所管し、事業主から納付される保険料で運営されております。一定の個人経営の農林漁業等以外は1人でも労働者を使用していれば業種や事業規模を問わず原則として加入することが義務付けられます。また業種を問わず事業に使用される者で賃金を支払われている者を適用労働者としていることから、アルバイトやパートタイム従業員にも適用されます。
海外勤務の場合
では海外で勤務していた場合に労災保険が適用されるのか。労災保険は「労働者を使用する事業」単位で適用されることになります(3条1項)。「事業」とは会社全体でひとつの事業を形成するのではなく、本社、支店それぞれが独立の事業とみなされます。そして労災保険法は属地主義を採用しており、当該労働者が所属する事業が海外にある場合は現地の法律が適用され、労災保険法は適用されないことが原則となっております。つまり、日本の事業場に所属していて海外に出張しているだけの場合には適用されることになりますが、現地法人や支店に属する場合には適用されないことになります。
特別加入制度
労災保険法が適用されない海外派遣等の場合でも①海外の開発途上地域に対する技術協力を目的として派遣される場合②日本国内で行われる事業を海外で行うために派遣する場合には特別加入手続きを取ることによって労災保険を適用させることができるようになります(33条6号、7号)。
高裁判決要旨
本件訴訟で東京高裁は、労災保険適用に関して「国外での勤務実態を踏まえて、どのような労働関係にあるのかを判断すべき」とし、本件男性は「国内の事業場に所属し当該事業場の使用者の指揮命令に従い勤務する労働者である海外出張者に当たる」として労災保険法上の給付対象に該当すると判断しました。
コメント
一審東京地裁は本件男性が上海支店に所属している点から日本の事業場に所属せず労災保険法の適用はないとしていました。労災保険法の適用の有無を左右する「海外出張」か「海外派遣」かは基本的にどちらの事業場に所属し、指揮命令を受けて業務を行っているかで判断されます。海外出張とは商談や打ち合わせ、市場調査、会議、トラブル対応等を目的とする場合が該当します。現地法人への出向や海外支店への転勤は基本的に海外派遣に該当することになります。本件労働基準監督署や東京地裁もそのように判断したものと言えます。一方東京高裁はさらに踏み込んで形式的な所属ではなく実質的な勤務実態に即して判断しました。本件男性は上海支店に所属しつつも、実際には東京本社に勤怠表を提出し、東京本社の命令に基いて業務を行っており、実質的な事業場は東京本社であると認められました。本判決によって海外勤務に労災保険が適用されるかは、より実質的に判断されることになると考えられます。海外支社の社員に労災が生じた場合の判断の参考なるかと思われます。
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