「ジョブ型人事制度」の導入と法的留意点
2023/02/03   労務法務, 労働法全般

はじめに


人材不足に悩む企業は増加傾向にあります。帝国データバンクが行った「人手不足に対する企業の動向調査」によると、2022年10月時点において、人手不足を感じている企業の割合は、正社員で51.1%、非正社員では31.0%となっています。特にレストランや居酒屋などを経営する外食産業では新型コロナの影響が大きく(正社員で64.9%、非正社員で76.3%)、日々の営業に必要な人材が揃わない店舗もあるといいます。

このような背景もあり、大手焼肉チェーン“牛角”や、回転寿司チェーン“かっぱ寿司”、和食料理店“大戸屋”などを経営する株式会社コロワイドは、今年4月から「ジョブ型人事制度」を導入すると発表しています。

働き方が多様になり、人事制度が見直される昨今、法務としてどのような対応をとっていくことになるのでしょうか。

 

ジョブ型人事制度とは?


「ジョブ型人事制度」は職務内容ごとに適切な人材を雇用する人事制度を指します。企業が従業員を採用する際、雇用契約では職務内容を定義し、職務やその役割で評価します。

現状、日本企業で主流な人事制度はメンバーシップ型と呼ばれ、多くは、高度経済成長期に人手不足を解消する目的で導入されました。新卒一括採用はその具体例といえます。
業務内容や勤務地などを限定せずに雇用契約を結び、基本的には転勤や異動、ジョブローテーションを繰り返しながら、長期的に人材を育成するのが特徴です。
会社に長い期間貢献するゼネラリスト人材を育てられる一方で、専門性のあるスペシャリスト人材の育成が難しい一面があります。

そのため、近年、高い専門性を備えた即戦力人材の採用を目的にジョブ型人事制度を導入する企業が増加傾向です。すでに株式会社日立製作所、富士通株式会社、株式会社資生堂、カゴメ株式会社などの大手企業も、ジョブ型人事制度の導入を決定したと報道されています。

今回新たにジョブ型人事制度の導入を発表したコロワイドでは、職務や役割に基づく15段階のグレードを設け、基本給などの報酬を決定。スキルアップに応じてグレードが上がり、勤続年数に関係なく昇進できるということです。対象は3500人の社員で、グループ全体の大半にあたります。

 

ジョブ型人事制度の法的留意点


人事制度を見直す場合、まずは、人事制度を改定する目的を明確にする必要があります。そして、業種、経営状況、既存の従業員の契約変更を認めるかなどをふまえて検討を進めます。では、法務としてはどのような点に留意すればよいのでしょうか。
 

1.導入に伴う不利益変更への配慮
不利益変更とは勤務条件が同じにも関わらず、給与が下がったり、手当がなくなることです。ジョブ型人事制度下の雇用契約の場合、仮に職務内容が変更され、仕事量や負荷の少ない職務内容になる場合、賃金減額などを伴うことがあります。これは勤務条件の変更に伴う賃金減額となるため、原則、不利益変更ではないのですが、丁寧な説明を行わない場合、後日のトラブルに発展するおそれがあります。
不利益変更に留意するのであれば、以下の3つのいずれかの手段をとることになります。

(1)従業員一人一人と同意し、労働条件を変更した労働契約を新たに締結する
最も丁寧で、最も後日の紛争リスクを抑制できる手段となります。ただ、従業員数が多い企業では、全員の同意を取り付けるのは現実的でない可能性があります。

また、同意が形式的なものに留まる場合には、同意が無効と認定されるおそれがあります。形式的な同意の例としては、従業員が十分に内容を確認しないまま、ジョブ型人事制度下の労働条件を定めた書面にサインさせた場合、従業員からの質問などを受け付けず、ある種圧力をかけて書面にサインをさせた場合などが該当します。

十分な説明(変更がもたらすネガティブな効果を含む)と質問機会、時間的余裕を与えることが重要です。

(2)就業規則を変更する
就業規則の変更で対応する場合、労働契約法第10条の規定を念頭に、以下を行う必要があります。

・就業規則変更の合理性の精査(従業員の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の事情を考慮)
・従業員に対する、変更後の就業規則の周知

特に、就業規則変更の合理性の精査については、慎重な解釈・検討が必要になります。

(3)労働協約による対応
こちらは、同一事業場内の労働者の4分の3以上が加盟する労働組合が存在する会社に限られる手法です。具体的には、会社と労働組合との間で労働協約を締結し、労働組合法第17条に基づき、組合員・非組合員双方に対し、当該契約の法的効果を及ばせるやり方になります。

労働組合法第17条
「一の工場事業場に常時使用される同種の労働者の四分の三以上の数の労働者が一の労働協約の適用を受けるに至ったときは、当該工場事業場に使用される他の労働者に関しても、当該労働協約が適用されるものとする。」


会社の規模や労働組合の有無などをもとに、いずれの対応が適切か検討する必要があります。

 

2.配置転換命令の可否の検討
従来のメンバーシップ型人事制度の大きな特徴の一つが、会社側による従業員の自由な配置転換(職務変更)でした。これは、就業規則内に「業務上の必要により配置転換を命じられる」という趣旨の規定を盛り込み、これに対する労使合意が成立することで実現されています。

この規定の前提として、職務が変わっても賃金が維持される“職能給制度”の存在があります。すなわち、労使合意の範囲は、「賃金変更を伴わない配置転換」に限られるということになります。

一方で、ジョブ型人事制度では、職務の内容(難易度・責任の度合い)により賃金が決まる“職務給制度”が前提となるため、職務変更を伴う配置転換により賃金が減少するケースも出て来ます。そのため、ジョブ型人事制度(職務給制度)下で会社側が配置転換を行うには、労使が「賃金の変更を伴う配置転換」に対し明示的に合意する必要があります。その上で、個々の配置転換に関し、

①就業規則の規定
②職務変更により従業員が被る不利益の大きさ
③従業員のキャリアに及ぼす影響(経歴・スキルセットに照らす)

などを考慮して、労使合意で予定されている配置転換及び賃金変更の範囲に収まるものか否かを慎重に検討しなければなりません。

なお、判例上、
・「配置転換により職務給が変更になる」旨の規定が就業規則に盛り込まれていない場合
・従業員が描くキャリアビジョンに配慮しない配置転換が行われた場合
・大幅な賃金の減額を伴うなど、従業員の被る不利益の程度が著しく大きい配置転換が行われた場合

などで、配置転換ないし職務給の減額が無効とされています。

このように、賃金の変更を伴う配置転換を行う際には、細心の注意が必要です。

 

コメント


時代の流れの変化に伴い、大きく変わりゆく人事制度。こうした人事制度の変更は、法務としては一見、畑違いにも見えますが、適切な準備と運用を行わない場合、深刻な労務紛争に繋がるリスクがあります。
制度変更に関する従業員への丁寧な説明、労使間の明確な合意形成など、細かな部分の気配りが重要になります。
 

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