【日立製作所の挑戦】年功序列の歴史と意義
2014/10/07   労務法務, 労働法全般, その他

従来の対応

 そもそも、賃金はどのような根拠によって発生するか。
 賃金請求権の根拠は、使用者と労働者の合意(民法623条、労働契約法(以下、「労契法」とする)3条1項)である。合意によって賃金請求権は発生するが、当事者の合意によって月末払い、または民法の規定(624条1項)によって労働の後に支払うとなっている。
 では賃金とは何か。賃金の定義は「賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのもの 」(労働基準法(以下、「労基法」とする)11条)である。労基法は取締法規であるが、労契法上も「労働契約は、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払う 」(6条)とあるので、労働契約法上も同じ定義で良いであろう。
 そして労働の対価とは何か、これはまさしく当事者の合意による。従来の日本企業は以下のように対応してきた。まず所定内賃金と所定外賃金に分ける。所定内賃金は、基本給と諸手当からなる。そして諸手当には、職務手当(資格手当、役職手当等)と生活手当(住宅手当、通勤手当等)がある。所定外賃金には時間外労働賃金、休日労働賃金、特殊職務手当がある。
 この所定内賃金のうち基本給が賃金の重要部分で、多くの企業は職能級と職務級の併用で基本給を決める。職能給とは、部長、課長といった勤続年数、年齢に応じた属人的なものである。勤続年数が長ければ、それだけ能力も高まるという前提のもと、実質的には年齢給として機能している。これは日本にしかない制度である。それに対して職務給とは参与、参事、主事といった、職務に応じたものである。これは非正規社員で分かりやすく、何年在籍しようと変わらないものである。例えばコンビニのバイトは、どの会社も、高校生から老人まで、男女を問わず、仕事に対して賃金を決定している。日立製作所は給与全体の70%を職能給(年功序列)で決定して、残りの30%を職務給としていた。この職能級を管理職に限り廃止しようというものである。

職能給廃止に関する法的問題点

 職能給の変更には、その給与体系が使用者と労働者でどのように決定されているかによる。個別的に契約を交わしている場合は、労働者の同意がいる(労契法8条)。個別的に契約を交わしていない場合は、就業規則に定めがあるだろうから、就業規則による合理的な変更が必要となる(労契法10条本文)。その際は、「労働者の受ける不利益の程度」と、「労働条件の変更の必要性」を大きな柱として、「変更後の就業規則の内容の相当性」、「労働組合等との交渉の状況」と言った手続面を勘案して「変更に係る事情に照らして合理的なもの 」である必要がある。
 本件の日立製作所の件を推測してみると、経験者、女性、外国人などを含む多様な人材の意欲を高め、国や地域の枠を超えた人材を確保をすることは 「労働条件の変更の必要性」として肯定される。実際の裁判でも必要性はほぼ肯定される傾向にあるようである(第四銀行事件 最二小判平9.2.28)。次に、従来の7割の職能給から完全職務給への切り替えは、大きく減額される者が出てくる可能性があり「労働者の受ける不利益の程度」は大きいといえそうである。もっとも、不利益性が大きくとも、その業界での相場感覚を重視するのが判例である(上記判例 )。現在の日本メーカー、ひいては日立製作所等の総合メーカーの状況を勘案して「変更後の就業規則の内容の相当性」が判断されよう。そして適正手続に関しては、労働組合または過半数代表者の意見をどの程度聞いたかが重視される(労基法90条1項)。

コメント

 日本がこのような年功序列を採用したのは、解雇権濫用法理(労契法16条)があることによる。条文上は解雇のために「客観的合理的な理由」と「社会通念上相当」という2つの要件だけで良いことになっているが、過去の裁判例の積み重ねによって整理解雇、懲戒解雇、普通解雇と相当厳しく規制されている。特に整理解雇は会社都合であることから、解雇回避努力、事情の説明等の不利益緩和措置、適正手続が相当程度高く要求される。
 同法理によって従業員の解雇が難しいことから、企業は労働者を社内教育するようになった。そして社内教育をするからこそ、年を重ねる事に技量が益々上がるという前提を取り、在籍年数が大きく影響する職能給(年功序列)が確立したと言える。もっとも、解雇権濫用法理の副作用として、どうせ教育をするなら長期間勤務可能性のある若者の方が教育コストの回収がはかれると企業は考えるに至った。その結果として新卒採用主義が定着して、更に教育のし易さという点から、外部の人間を迎え入れる(転職者を受け入れる)時には慎重になっているという経緯がある。
 それでは解雇権濫用法理を維持したまま企業は変わるのか。実際に市場にいる有能な人材、特に「外国人」は職務給を重視しており、新たな風を会社に吹き込む可能性があるだろう。だから、これは大きな試みと言えよう。しかし「女性」、「経験者」についてはどうだろうか。一度退職した女性や経験者が職を得難いのは職能給制度そのもというより、企業文化、子育てとの両立の難しさ故と考える。また。新卒主義と中途主義の間に彷徨う就職氷河期世代、ポストドクターの中にも有能な人材はいると考えられる。となると、現状の制度を維持したままでは大きくは変わらないようにも思える。
 解雇権濫用法理は、そもそも大企業が実施していたものを裁判所が追認したものである。時代とともに裁判所も法律も変わるのであるから、企業が変わろうと自己発信していけば、法律も後追いで変わるのでないか。

関連法令

民法
労働契約法
労働基準法

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