QAで学ぶ契約書作成・審査の基礎第29回 秘密保持契約(契約条項1)
2022/08/01   契約法務, 不正競争防止法

今回から、前回第28回(総論)Q4で説明した「(単発式)相互NDA」(両当事者が相互に秘密情報を開示する秘密保持契約書)として筆者が作成したひな型(以下「本NDA」)の各条項について解説していきます。今回は、以下のQ1~Q3です。本NDA全文のPDF/Wordはこちらにあります。

Q1:契約前文

Q2:秘密情報の定義

Q3:秘密情報から除外される情報

Q4:秘密情報の開示方法(秘密表示等)

Q5:使用目的の制限

Q6:開示の制限

Q7: 秘密情報の管理/複製制限/漏えい等の報告・対応/附帯条件

Q8: 秘密保持期間

Q9: 開示禁止の例外

Q10: 秘密情報の使用中止・返還・破棄等

Q11: 秘密情報の知的財産権・保証等

Q12: 差止・損害賠償

Q13: 契約解除・秘密保持義務等の存続

Q14: その他(輸出管理規制・完全合意・裁判管轄等)/契約書末尾

Q15: 別紙(秘密情報の特定・秘密保持期間・使用目的・附帯条件)

 

Q1契約前文


A1: 以下に規定例を示します。
 

秘密保持契約書


 


○○○○(以下「甲」という)および○○○○(以下「乙」という)は、甲乙間で開示される情報の秘密保持その他の事項に関し、以下の通り契約(以下「本契約」という)を締結する。


【解 説】


他の秘密保持契約の例(以下「他のNDA例」)では、前文が以下のようになっているものがあります。
 

秘密保持契約書


 

○○○○(以下「甲」という)および○○○○(以下「乙」という)は、甲乙間の○○の分野における業務提携の可能性を検討することを目的(以下「本目的」という)として、相互に開示される情報の秘密保持その他の事項に関し、以下の通り契約(以下「本契約」という)を締結する。


上記の太字部分が「○○の分野」という限定もなく、単に「甲乙間の業務提携の可能性を検討すること」が「本目的」になっている場合もあります。

通常、この前文で定義された「本目的」は、後に出てくる条項の中で、例えば、「各当事者は、相手方当事者から受領した秘密情報を、本目的のためにのみ使用することができ、本目的以外の目的で使用してはならない」等として、秘密情報の使用目的とされています

後で解説しますが、前文で使用目的を定めるスタイルの場合、どうしてもこのように広い抽象的な使用目的となりがちで、相手方による使用目的を適切に制限できない場合があります。

そこで、本NDAでは、前文では使用目的を定義せず、後で解説する通り、別紙に記載するようにしています

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Q2:秘密情報の定義


A2: 以下に規定例を示します。
 

第1条(秘密情報等の定義・開示方法)


1. 本契約において、「秘密情報」とは、その開示の方法・手段を問わず、各当事者が相手方当事者に開示する情報であって別紙において特定されるもの、並びに、本契約および本契約に関連して行われる両当事者間の協議・交渉・取引(以下「本協議等」という)の存在および内容(以下総称して「本契約の存在等」という)を意味する。


【解 説】


【秘密情報の適切な特定の重要性】前回第28回(総論)Q2で解説した通り、NDAに基づき開示される秘密情報が不正競争防止法(不競法)上の「営業秘密」に該当すれば、「営業秘密」に該当しない秘密情報に比べ、差止請求に伴う侵害組成物の除却の請求、損害賠償額の推定等、より強力な法的保護を受けることができます。そして、秘密情報が「営業秘密」に該当するには、同Q3で解説した通り、NDAを締結し、当該情報を特定の上秘密として管理しようとする意思(秘密管理意思)を相手方に明確に示し認識させることは最低限必要です。

また、後日、秘密情報に関し差止等の権利行使を行うためには、前提として、①当該秘密情報が確かに当該NDAの対象情報であったこと、および、②確かにそれが相手方当事者に開示・受領されたことを立証できなければなりません

従って、NDA作成に当たっては、上記の営業秘密としての要件充足・立証等が確実・容易となるよう、秘密情報の定義や開示の際の秘密表示等を通じ的確に秘密情報を特定することが極めて重要です。

第1条第1項:「秘密情報」の定義

【「その開示の方法・手段を問わず」】書面によるか、口頭によるか、機械・装置・化学物質等、物自体が秘密情報の場合における物の提供によるか、等、その開示の方法・手段を問わないという意味です。

【「別紙において特定される」】本NDAでは別紙に各当事者が相手方当事者に開示する秘密情報とその秘密保持期間・使用目的を記載・特定することとしています。

【「本契約および本契約に関連して行われる両当事者間の協議・交渉・取引(以下「本協議等」という)の存在および内容(以下総称して「本契約の存在等」という)」】各当事者から相手方当事者に開示する秘密情報ではありませんが、この「本契約の存在等」、例えば、企業買収交渉・事業提携の交渉中であることやその内容も秘密情報に該当する場合が多いと思われるので、このように規定しています。従って、本NDAでは、例えば、「各当事者は、秘密情報を厳に秘密保持する...」(第2条第2項)のように、「秘密情報」に「本契約の存在等」が含まれている規定では、その主体について「受領当事者」のような表現ではなく「各当事者」と表現しています。

「本契約の存在等」については、場合によっては、これを既に公表済みであったり、あるいは、今後公表してもよい場合もあるでしょうが、前者の場合は、次のQ3で解説する秘密情報から除外される情報に該当し、後者の場合は両当事者間で合意の上公表すればよいので、NDAのひな型としてはこのままの文言でよいことになります。

別紙に各当事者から相手方当事者に開示する秘密情報等を記載・特定することとする理由】以下の通りです。

(a) 本NDAをひな型として使えるようにするため、本文の条項自体は個別案件ごとに修正する必要がないようにする。

(b) 秘密情報・秘密保持期間・使用目的を個別の案件または秘密情報の内容に応じ記載し易くする。また、両当事者別々に記載できるようにする

【別紙における秘密情報の特定・記載】基本的には、自社が開示する秘密情報が漏れなくかつ可能な限り明確に含まれるように特定・記載する必要があります。

一方、相手方から受領する秘密情報についてはそれが可能な限り明確に限定できれば有利です(とはいえ、このNDAは相互NDAなので自社だけに有利に特定・記載することは困難な場合が多いでしょう)。

【秘密情報の特定・記載の方法】以下の3種類が考えられます。

(1)包括的記載

公知情報等、秘密保持義務から除外される情報を除き、一方当事者(以下「開示者」)から相手方当事者(以下「受領者」)に開示される全ての情報のように記載するものです(但し、使用目的も記載する必要があるので、実質上その使用目的のために開示される情報に限定されます)。

この包括的記載の長所は、秘密情報をどのように表現するか悩まなくてもよいこと、次の(2)の列記型記載の様にその列記漏れの心配がないこと、および、将来開示する可能性がある秘密情報もカバーできることです。

一方、包括的記載の短所は以下の通りです。

(a)秘密情報の特定・範囲が広すぎ、また、不明確で、秘密情報の受領者としては好ましくなく、秘密保持遵守も困難。

(b)開示者としても、後日、受領者から、それがNDA上の秘密情報として開示されたのかの点や、不競法上の「営業秘密」の秘密管理要件を満たすための最低限の条件である、開示者の秘密管理意思が受領者に明確に示されていたのかの点が争われ易い

(2)列記型記載

これは、例えば、秘密情報を、「ソースコード○○○○(具体的名称、日付等)」、「付属文書××××」のように具体的に列記していくものです。

この列記型記載の長所は、後日、それがNDA上の秘密情報として開示されたのかの点や、「営業秘密」として開示者の秘密管理意思が受領者に明確に示されていたのかの点の争いを防止し易いことです。

一方、その短所は、本来秘密保持義務の対象とすべき情報の列記漏れの可能性があること、および、あまり具体的に記載すると将来開示されることがある情報をカバーできないことです。

但し、NDA締結と同時に全ての秘密情報を開示する場合等、最初から開示する秘密情報が分かっている場合は、この列記型記載が最も望ましいでしょう。

(3)列記+「その他」記載型

これは、自社(甲)がNDA締結時点で明確に開示を予定している秘密情報を列記した上、更に「その他甲が乙に対し○○○○のため開示する情報」のように記載するものです。この場合、列記漏れによるリスクは多少軽減できます。但し、「その他」の情報についてはその開示の事実や秘密管理意思の明示の立証が困難になる可能性があります。

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Q3:秘密情報から除外される情報


A3: 以下に規定例(第1条第2項)を示します。
 

第1条(秘密情報等の定義・開示方法)


1. (省略:上記Q2参照)


2.前項にかかわらず、各当事者が相手方当事者から受領する(開示を受けることをいう。以下同じ)秘密情報には、当該受領当事者が次の各号のいずれかに該当することを証明できる情報(以下「除外情報」という)は含まれないものとする。


(1)当該受領当事者が当該情報を受領する前に秘密保持義務を負うことなく保有していた情報


(2)当該受領当事者が当該情報を受領した時点で公知となっていた情報、または、その受領後当該受領当事者の責めに帰すべき事由によらないで公知となった情報


(3)当該受領当事者がそれを開示する権限を有する第三者から秘密保持義務を負うことなく適法に取得した情報


(4)当該受領当事者が当該情報に拠ることなく独自に作成、開発または創出した情報


秘密情報のある部分またはある内容が除外情報に該当する場合でも、当該除外情報以外の部分または内容は全てなお秘密情報であるものとする。


【解 説】


【除外情報を規定する理由】先ず、第1条第1項の定義上は「秘密情報」に該当する情報であっても、公知の情報について秘密保持義務を課すのは不合理なので、これを秘密情報から除外する必要があります。

また、例えば、開示者から開示された情報が、偶然、受領者が既に保有していた情報や独自に開発した情報と同じ内容である場合も可能性としてはあり、そのような情報について受領者に秘密保持義務を課すのは不合理なので、これらを秘密情報から除外する必要があります。特に大企業では、開示された情報が、開示後に、既に自社の他部門で入手しまたは独自開発していた情報と同じ内容のものだと判明することは起こり得ます。

【「営業秘密」のような用語を使わない理由】「秘密情報」の代わりに「営業秘密」という法律上の用語を使えば、わざわざ除外情報を規定する必要がないからいいのではないかと思うかもしれませんが、それはできません。

何故なら、不競法上の「営業秘密」に該当するには、①秘密として管理されていること(秘密管理性)、②事業活動に有用な情報であること(有用性)および③公然と知られていないこと(非公知性)が必要ですが、受領者としては開示者から開示された情報がこれらの要件を満たしているか否か判断することは、開示者が開示時点で客観的に証明でもしてくれない限り困難で、その情報が「営業秘密」なのか否か、ひいては、受領者が秘密保持義務を負うべき情報なのか否かが分からないからです。

【除外情報に該当することの立証責任】上記条項例では、「...受領当事者が以下のいずれかに該当することを証明できる情報は含まれない」として、ある情報が除外情報に該当することの立証責任は受領者が負うことを明記しています。

これは、一般的には、開示者が除外情報に該当しないことを立証することよりは受領者が除外情報に該当すること(例:自己が既に保有していた情報であること)を立証することの方が容易だからとの考えに基づくものです。

それではこのように立証責任を明示しない場合(も多い)はどう解釈されるでしょうか? 上記の立証容易性の他、契約解釈上は、除外情報に該当すれば、受領者はNDA違反を免れるという自己に有利な効果を得ることができること[1]、上記の除外が、原則に対する例外的位置づけであること、NDA違反に対する権利発生の障害となる(または権利行使を阻止する)抗弁的事由であること等から受領者が負うものと思われます。

【「...受領する(開示を受けることをいう。以下同じ)」】本NDA上、秘密情報を「受領する」とは、書面・記録媒体等で物理的に受領することだけではなく、口頭、視覚(例:工場視察)等により開示を受けることも含むという意味です。

【「(4) 当該受領当事者が当該情報に拠ることなく独自に作成、開発または創出した情報」】この除外情報は、英文のNDAでは昔から典型的な除外情報の一つでしたが、日本企業間の他のNDA例では含めていない場合もあります。

しかし、例えば、製品・技術の共同開発の可能性検討のためNDAを締結する場合、自社が相手方当事者から受領する秘密の技術情報と同一、類似または関連した分野の技術情報を開発している(またはする)可能性が高いので、この除外情報の規定は必須でしょう。従って、NDAのひな型にはこの除外情報も含めておくべきでしょう。

【「開示する当事者が第三者に対し開示および使用についての制限を課さずに開示する情報」を除外情報とすることの適否】しばしば、このような情報が秘密情報から除外される情報として挙げられている例を見かけます。これは、開示者が受領者以外の第三者に開示・使用についての制限を課さずに開示する情報について、受領者だけが秘密保持・使用制限の義務を負うのは不合理であるという理由によるものと思われます。

しかし、開示者の観点からすれば、上記表現では、偶々ある第三者(例:子会社)だけに制限を課すことを失念して開示した場合まで秘密情報に該当しなくなるのは不合理ですし、そのような第三者の範囲を的確に特定することも困難です。また、そのような第三者が多くなれば、第2号の公知情報等の除外情報に該当することになるでしょうから、第2号とは別にあえて規定する必要はないとも思われます。

【「秘密情報のある部分またはある内容が除外情報に該当する場合でも、当該除外情報以外の部分または内容は全てなお秘密情報であるものとする。」】確認的規定です。

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今回はここまでです。

 

「QAで学ぶ契約書作成・審査の基礎」シリーズ:過去の回


 

[2]

【注】                                   

[1] (参考) 阿部・井窪・片山法律事務所 (編集)「契約書作成の実務と書式 -- 企業実務家視点の雛形とその解説 第2版」 有斐閣, 2019/9/24.  p 508

 

[2]

【免責条項】


本コラムは筆者の経験にもとづく私見を含むものです。本コラムに関連し発生し得る一切の損害等について当社および筆者は責任を負いません。実際の業務においては, 自己責任の下, 必要に応じ適宜弁護士のアドバイスを仰ぐ等してご対応ください。

 

 

【筆者プロフィール】


浅井 敏雄  (あさい としお)


企業法務関連の研究を行うUniLaw企業法務研究所代表/一般社団法人GBL研究所理事


1978年東北大学法学部卒業。1978年から2017年8月まで企業法務に従事。法務・知的財産部門の責任者を日本・米系・仏系の三社で歴任。1998年弁理士試験合格 (現在は非登録)。2003年Temple University Law School  (東京校) Certificate of American Law Study取得。GBL研究所理事, 国際商事研究学会会員, 国際取引法学会会員, IAPP  (International Association of Privacy Professionals) 会員, CIPP/E  (Certified Information Privacy Professional/Europe)

【発表論文・書籍一覧】


https://www.theunilaw2.com/


 

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