QAで学ぶ契約書作成・審査の基礎第28回 秘密保持契約(総論)
2022/07/15   契約法務, 不正競争防止法

 

今回から、筆者が作成した秘密保持契約のひな型について解説します。今回は具体的な条項の解説に入る前に総論的なことを解説します。

 

【目 次】


(各箇所をクリックすると該当箇所にジャンプします)


Q1:NDAのひな型の意義は?


Q2:秘密情報は不競法上保護されているのでは?


Q3:不競法上営業秘密が保護されているのにNDAが必要な理由は?


Q4:NDAのタイプ・形式は? 本稿で取り上げるNDAは?


 


 

Q1NDAのひな型の意義は?


A1: 秘密保持契約(英語ではNon-Disclosure Agreement)(以下略称する場合「NDA」という)は、企業が他の企業との業務提携・業務委託・技術ライセンス・共同研究・M&Aその他様々な取引の可能性を検討しようとする場合に、その前提条件として取り交わされる場合が多く、特に秘密性の高い情報が開示される場合必須と言えます。

このような場合、NDAが一刻も早く締結されることが望ましい。何故ならNDAの締結が上記の検討の開始条件となっている場合には、NDAが締結されなければその検討のための情報交換・協議を開始することができませんし、また、NDAを締結せずにこれらを開始することは、特に秘密情報を開示する企業にとり、その情報について適切・十分な法的保護を受けられないというリスクを伴うからです。

しかしながら、実際にはNDAの案文の交渉のために時間を要し情報交換・協議の開始が遅れてしまうことがあります。

その原因の一つとして、最初のNDA案を提示することとなった企業の案がその企業にとっては有利ではあるものの相手方にとり一方的に不利であったり、内容が不十分であったりすることがあります。

このような原因によりNDAの締結が遅れることを避けるための有効な方法は、自社において、合理的で相手方にとっても受入れ易いかつ必要十分な内容のNDAのひな型を用意しておくことです。

このようなひな型を用意しておけば、自社が最初のNDA案を提示することとなった場合にはそのひな型をベースに交渉することにより、また、相手方が最初のNDA案を提示することとなった場合でも自社ひな型を参照しながら合理的な反対提案をすることにより、自社において多数発生するNDA契約交渉を全体として効率化でき、担当事業部門も早期に情報交換・協議を開始することができます。

本稿(次回以降を含む。以下同じ)では、企業がこのようなNDAの自社ひな型を作成する際のたたき台としておよび個々のNDA契約交渉の際の検討材料として参考となり得る日本企業間のNDAの一般的条項例、代替・追加条項例等を解説します(なお、外国企業との間の英文NDAについてはこちらを参照)。

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Q2:秘密情報は不競法上保護されているのでは?


A2:確かに、秘密情報は不正競争防止法(以下「不競法」ともいう)上の「営業秘密」として保護されることが多いでしょう。同法による保護の概要は以下の通りです。

(1)営業秘密概念

不競法上、「営業秘密」とは、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいいます(不競法2(6))。すなわち、「営業秘密」に該当するための要件は、①秘密として管理されていること(秘密管理性)、②事業活動に有用な情報であること(有用性)および③公然と知られていないこと(非公知性)です(①が最も重要)

NDA上の「秘密情報」が上記三要件を満たせば、同情報は、契約による保護の他、不競法による保護も受けることになります。

(2)営業秘密の侵害行為

不競法上、営業秘密に係る権利の侵害は、「不正競争」(行為)として、同法2条1項四号~九号に列挙されています。

NDAとの関係では、当該NDAに基づき開示され営業秘密の要件を満たす秘密情報をNDAに違反して使用(特に目的外使用)または開示(許された開示先以外への開示・漏えい)する行為(以下「NDA違反行為」という)が問題となり、多くの場合、NDA違反行為は、不競法2条1項七号の不正競争行為(「営業秘密を保有する事業者...からその営業秘密を示された場合において、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密を使用し、又は開示する行為」)に該当すると思われます。

(3)差止のための仮処分による保護

民事保全法上、民事訴訟の本案の権利(ここでは次の(4)の不競法3条の差止請求権)の実現を保全するため、裁判所は、債権者(NDA上の開示当事者)の申立により、債権者に生ずる著しい損害または急迫の危険を避けるため必要な場合、債務者(同じく受領当事者)に対し一定の行為・その禁止・給付等(同じく営業秘密侵害に対する差止の仮処分(「仮の地位を定める仮処分命令」に属する)を命じることができます(2(1), 23(2), 24)。

(4)差止請求権による保護

(営業秘密侵害を含め)不正競争によって営業上の利益を侵害されまたは侵害されるおそれがある者は、その侵害をする者または侵害するおそれがある者に対しその侵害の停止または予防を請求することができます(差止請求権)(3(2))。

また、この者は、上記請求をするに際し、侵害の行為を組成した物(侵害の行為により生じた物を含む)[営業秘密を用いて製造された製品等]の廃棄、侵害の行為に供した設備[営業秘密を使用するための装置等]の除却その他の侵害の停止または予防に必要な行為[営業秘密を内容とする電子データの消去等]を請求することができます(3(2))。([  ]内は脚注の経産省資料(2019年)[1](以下「逐条」という) p 139より)

(5)損害賠償

不競法上、権利者(NDA上の開示当事者)は、故意・過失による営業秘密の侵害者に対し損害賠償請求できます(4)。これは、民法上の不法行為(709)に基づく損害賠償請求と同様ですが、権利者は、損害額算定において、不競法上以下の損害の額の推定等を受けることができます

①技術上の営業秘密に関し、侵害者が侵害行為組成物を譲渡した場合、その譲渡数量×単位数量当たり利益額を基本とする額を損害額とすることができる(5(1))。

②侵害者が侵害行為により得た利益額を損害額と推定する(5(2))。

③最低限、営業秘密の使用料相当額(5(3),(4))を請求できる。

(6)時 効

営業秘密を使用する行為に対する侵害の停止・予防請求権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅します(15(1))。

①不正競争行為が継続されている場合において、営業秘密保有者がその事実およびその行為者を知った時から3年間権利行使しないとき。

②不正競争行為開始から20年経過したとき。

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Q3:不競法上営業秘密が保護されているのにNDAが必要な理由は?


A3: 不競法上営業秘密が保護されているのにNDAが必要または有益な主な理由は以下の通りです。

①上記の通り、不競法上、営業秘密として保護されるためには、秘密として管理されていること(秘密管理性)が必要であるが、この要件を具備する為には、当事者が秘密情報を開示するに当たりNDAを締結し、当該情報を特定の上秘密として管理しようとする意思(秘密管理意思)を相手方に明確に示し認識させることは最低限必要であろう。 [2]

不競法では、ある者(NDA上は開示当事者)から営業秘密を開示された者(同じく受領当事者)による営業秘密の使用目的の制限、第三者への開示禁止等の義務まで具体的に規定されているわけではない。従って、これらをNDAで明確に規定する必要がある。

③仮にNDAに基づき開示した情報が不競法上の営業秘密の要件(秘密管理性の他、有用性または経済的価値)を欠くかまたはその立証ができない場合でも、当該情報のNDA違反の使用または開示があれば、少なくとも契約違反に基づく保護・救済を受けることができる。言い換えれば、当該NDA違反について契約違反に基づく保護・救済を求める場合、法律上の営業秘密の要件を立証する必要はない

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Q4:NDAのタイプ・形式は? 本稿で取り上げるNDAは?


A4:秘密保持契約(NDA)には以下のようなタイプがあります

(a)両当事者とも秘密保持義務を負うタイプのNDA

英語では“Mutual Non-Disclosure Agreement”(相互秘密保持契約)と呼ばれます。本稿では「相互NDA」と略称します。

(b)一方(受領者)だけが義務を負うタイプのNDA

相互NDAと区別するために英語では“Reciprocal Non-Disclosure Agreement”(片務的秘密保持契約)等と呼ばれることがあります。本稿では「片務的NDA」と略称します。

企業間では、以下の理由から、片務的NDAではなく相互NDAが使用される場合が多いと思われます

①両当事者間で相手方に開示する情報の重要性・秘密性・量が異なるとしても、完全に一方当事者だけが秘密情報を開示する場合は少なく、他方当事者からも何らかの秘密情報が開示される場合の方が多い。

②仮に一方当事者だけが秘密情報を開示する場合であったとしても、そのNDAの締結目的である何らかの交渉等の存在・内容も秘密保持する必要がある場合が多い。この場合、双方が秘密保持義務を負う必要がある。

③NDA締結時点では、将来における他方当事者による秘密情報開示の可能性を否定できないことが多い。従って、両当事者の契約交渉上の力関係が一方的である等の事情がない限り、相互NDAではなく片務的NDAを他方当事者に受入れさせることは困難である。

従って、自社のNDAのひな型を作成する場合、一般的には、以下のような考え方で作成し用意しておくのが適切と思われます。

(a)最低限、相互NDAのひな型を用意しておく。最も多く使われると予想されるからである。通常はこのひな型で間に合う場合が多いと思われる。

(b)片務的NDA(自社が開示者)のひな型は、特に自社にとり特別に重要性の高い秘密情報のみを一方的に開示する等の場合に備えて用意しておく

(c)片務的NDA(自社が受領者)のひな型を作成し用意しておく必要性は比較的小さいと思われる。自社からも何らかの秘密情報を開示する可能性は否定できないこと、NDAの締結目的である交渉等の存在・内容については相手方も秘密保持すべきであること等を指摘し、相互NDAの使用を主張すればよいからである。また、交渉上、自社の片務的NDA(自社が受領者)のひな型を相手方に受入れさせることができる程の状況であれば、相手方に相互NDAの採用を受入れさせることができると思われ、あえてこのひな型を作成・使用する必要性・意味はないと考えられるからである。

【本稿で取り上げるNDA】

①(単発式)相互NDA本稿では、上記の考え方に従い、最もニーズが大きいと思われる相互NDAの条項例を解説します。次回以降では、その相互NDAのサンプルを掲載します。なお、この(単発式)相互NDAでは、別紙に、該当の秘密情報・その使用目的・秘密保持期間等を具体的・柔軟に記載できるようにしています(そのようにした理由は次回以降で説明します)。

②相互基本NDA:更に、本稿では、上記①の相互NDAの基本契約版ともいうべきNDA(本稿では「相互基本NDA」という)のサンプルも次回以降に掲載します。

この相互基本NDAのサンプルは、その本体部分は、同一当事者間で行われる可能性がある複数の案件(テーマ)(例:○○製品の共同開発、XX製品の試作受託等)に共通して適用できる条項であり、個々の案件ごとに、該当の秘密情報・その使用目的・秘密保持期間等を記載した覚書を締結するというものです。

この②の相互基本NDAは、一旦これを締結してしまえば、個々の案件ごとに覚書の取り交わしは必要であるものの、本体の契約条項の審査・契約交渉は省略可能です。相互基本NDAはこのような点で存在価値があると言えます。

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今回はここまでです。

 

「QAで学ぶ契約書作成・審査の基礎」シリーズ:過去の回


 

[3]

【注】                                   

[1] 【「逐条」】 経済産業省知的財産政策室編 「逐条解説 不正競争防止法」 令和元(2019)年7月1日施行版

[2] 【秘密管理性とNDA】 経済産業省「営業秘密管理指針」(最終改訂:平成31(2019)年1月23日)によれば、秘密管理性要件が満たされるためには、営業秘密保有企業の秘密管理意思(特定の情報を秘密として管理しようとする意思)が、具体的状況に応じた経済合理的な秘密管理措置により従業員または取引先(開示先)に明確に示されこれらの者が当該意思を容易に認識できる必要があるとする(p 6)。

[3]

 

【免責条項】


本コラムは筆者の経験にもとづく私見を含むものです。本コラムに関連し発生し得る一切の損害等について当社および筆者は責任を負いません。実際の業務においては, 自己責任の下, 必要に応じ適宜弁護士のアドバイスを仰ぐ等してご対応ください。

 

 

【筆者プロフィール】


浅井 敏雄  (あさい としお)


企業法務関連の研究を行うUniLaw企業法務研究所代表/一般社団法人GBL研究所理事


1978年東北大学法学部卒業。1978年から2017年8月まで企業法務に従事。法務・知的財産部門の責任者を日本・米系・仏系の三社で歴任。1998年弁理士試験合格 (現在は非登録)。2003年Temple University Law School  (東京校) Certificate of American Law Study取得。GBL研究所理事, 国際商事研究学会会員, 国際取引法学会会員, IAPP  (International Association of Privacy Professionals) 会員, CIPP/E  (Certified Information Privacy Professional/Europe)

【発表論文・書籍一覧】


https://www.theunilaw2.com/


 

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