【コラム】法務の鉄人 (9) 『引き継ぎの意味』
2021/12/12 法務部組織

引き継ぎの趣旨
春は出会いと別れの季節。新しい人が入社してきたり、新たな場所に旅立っていく。
人が辞めるとき、自分が辞めるとき、引き継ぐとき、待っているのは引き継ぎ。
この引き継ぎというものは、意外と難しい。今回はこれについて話そう。
私は、会社に入ったのならば、何かで一番になるべきだと思っている。一番になるためには、圧倒的な興味、圧倒的な知識、そして経験、センス、更には観察が重要である。
つまり、一番になるという状態は、会社の中には代わりがいない状態なのである。
これは、ある意味ではその会社が人的な依存状態にあるといえる。一番であるあなたが欠ければ、その部分について同じレベルでそれを担うことができる人はいないのだから。
言い換えれば、代わりがいないからこその希少人材なのである。
会社における人の価値は、「代わりをできる者がいるか」で決まる。経営者や役員の報酬が高いのは、その代わりをできる者がいないから。この「代わり」は、最近では、ロボットやAIも担うようになってきた。
その中で、法務やコンプライアンス担当として、代わりが効かない業務を行うことが大事なのである。
しかし、会社の側からすれば、それでは困るのが実態である。誰かが欠けたとき、誰も代わりがいなければ、事業の遂行に大きな支障をきたすおそれがあるというわけである。そうした事態を起こさないように「引き継ぎ」を行うように言うのである。
理想の引き継ぎ
なるほど、引き継ぎの趣旨はわかった。では、どんな引き継ぎが望ましいのだろうか。
Aさんが辞め、Bさんが引き継ぐとき、その業務を全く同じように行うには何が必要だろうか。
私は「全く同じように」は不可能だと思う。ただ、少なくとも必要なのは、BさんがAさんの仕事をずっと見ていたことが必要だろう。
そうではなく、全くAさんの仕事ぶりを知らないBさんが例えば、Aさんの残したメモなどに従って仕事を引き継いだとしても、全く同じようには出来ないだろう。
こんなイメージはどうだろうか。
ある有名なマジシャンXがいて、トリックを記載したノートを残して亡くなり、弟子のYが跡を継いだ。Yは、Xと同じマジックを行い、スターになれるだろうか。
Yの成功には、それまでとこれからの努力、知識、センスなどが総合的にかかってくる。Xの弟子だったからといって、それらを持ち合わせているとは限らないのだから。
もう1つ例を。
Aは日本である料理を広めたイタリアンのシェフである。お店はいつも大盛況だったが、年齢を理由に引退。そして、一番弟子のBはAの味、技法を完璧に受け継いだ。ところが、お店からお客は去ってしまった。あるお客は、「味が落ちた」と語っている。
まずAの例で言えるのは、言葉にして文字にして記したもので伝えられる情報には限界があるということ。あるマジックには重要なポイントがあり、それをAがノートに残すかどうかとは別の問題である。Aはそのポイントを重要なことと考えていないかもしれないし、あまりにも当たり前のことすぎて、ノートに記載する必要もないと考えるかもしれない。そうしたことが無数にある。それをクリアするには、
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2番目の例はどうだろう。
重要なことは、引き継ぐことそのものではないのかもしれない。料理であれば、時代が変わり、人の味の好みも変わる。それに、お店であればお客さんとのコミュニケーションや、店の清潔さ、お店の周りの環境も変わるかもしれない。
ただ味を引き継げば良いというものではないのである。
話を仕事の例で考えよう。
仕事の場合であっても、マジシャンの例と同じように、うまく引き継ぐことができない可能性はあるだろう。それは高度な技術や知識が必要とされるものほど、その可能性は高い。
イタリアンのシェフの例で言えば、重要なことはただ真似るだけではないということである。ただ真似るだけではそれは使い物にはならず、本質を見失う可能性がある。
つまり、何かを引き継ぐことは簡単ではなく、メモなどに記載されたものだけでは到底、本質は掴めない。従って、引き継いだ業務を本当に頑張りたいと考えるのであれば、一からスペシャリストを目指すのが本来は望ましい。レベルアップしていく中で、メモの意味や価値にも気付いていく。
ただ、そうは言っても、仕事ではなかなか時間は待ってくれないから、簡略化を同時に考えるべきである。簡略化を行う際に本質は外すことはできないから、本質を確かめるという点でも有用である。
引き継ぎを行う、引き継ぎをする側のメリット
引き継ぎをする側の目線でも考えてみよう。
退職をする、転職をするというときに、この引き継ぎは、はっきり言って面倒くさい。
しかし、実はこの引き継ぎは、自分がこれまで頑張ってきたことをクリアに、体系的にまとめてアウトプットすることができるチャンスなのである。学校の試験勉強でノート作りをしたことがあるだろう。ノート作りは、ノートにアウトプットすることが実は一番の勉強になっている。それを引き継ぎで行うのである。
アウトプットによって自分で整理ができれば、自分の実績として整理しやすく、新しい職場でそこで整理したノウハウも使いやすい。小さいようで大きな効果を生むひと手間なのである。自分のために頑張ろう。
それでは、今回の話の簡単なまとめです。
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勉強にお薦めの書籍 第2回は、
『スポーツチーム経営の教科書』有限責任あずさ監査法人 スポーツビジネスcenter of excellence 、学研プラス をオススメする。
スポーツチームは、チーム自体も強くなくてはならず、人気や観客の動員、商品の販売など、幅広い分野で成果をあげ続けなければならない組織である。
それでいて、八百長やドーピング、反社会的勢力との関係の断絶などのコンプライアンスの問題、選手のプライベートの行動や、組織のガバナンス、その他契約の問題など、法務、コンプライアンス担当者が直面する多くの問題を内包している。
それでいて、メジャーリーグやNBAなどのチーム等とは異なり、日本のスポーツチームのスタッフは、それほど多くない。強豪なのに、スタッフはこれだけ?という場合がほとんどなのである。しかしそれは裏返せば、そこには業務の効率化のヒントがあるかもしれない。課題も見えるかもしれない。その意味で、スポーツチームのビジネスは想像しやすい上、法務やコンプライアンスを考える上で、好適な素材なのである。
もう一歩、歩みを進めたい方は、『THE REAL MADRID WAY レアル・マドリードの流儀』スティーヴン・G・マンディスほか、東邦出版 が面白い。レアル・マドリードは、破産的な危機から、世界でも最も資産的な価値のあるチームにまで15年ほどで登り詰めた。ビジネス、管理、経営いずれの観点からも面白い一冊。
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本コラムは著者の経験にもとづく私見を含むものです。本コラム内容を業務判断のために使用し発生する一切の損害等については責任を追いかねます。事業課題をご検討の際は、自己責任の下、業務内容に則して適宜弁護士のアドバイスを仰ぐなどしてご対応ください。
【筆者プロフィール】 Harbinger(ハービンジャー) 法学部、法科大学院卒。
その後、稀に見る超ブラック企業での1人法務を経て、スタートアップ準備(出資集め、許認可等、会社法手続き、事業計画等)を経験。転職した後、東証一部上場企業の法務部で、クロスボーダーM&Aを50社ほどを担う。また、グローバルコンプライアンス体制の構築に従事。 現職はIT企業のコンプライアンス担当。大学において、ビジネス法の講師も行う。 |
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