横浜地裁が元市長による提訴を不法行為と認定、裁判例から見るスラップ訴訟
2023/08/24   コンプライアンス, 訴訟対応, 民法・商法, 民事訴訟法

はじめに

 パワハラを指摘された元市長が指摘した元副市長に対し名誉毀損に当たるとして提訴していた訴訟で横浜地裁は、提訴自体が不法行為に当たるとする判決を出していたことがわかりました。元市長側は控訴せず確定したとのことです。今回は以前にも紹介したスラップ訴訟を見直していきます。

 

事案の概要

 報道などによりますと、前神奈川県大和市長の大木哲氏(75)のパワーハラスメント行為を指摘した元副市長の金子勝氏(66)に対し、大木氏側は名誉を傷つけられたとして提訴していたとされます。大和市市議会では金子氏の指摘を受け、昨年12月に大木氏に対する辞職勧告決議案が賛成多数で可決しており、同月25日に問責決議もなされていたとのことです。金子氏側は大木氏による提訴に対し、提訴自体が不法行為に当たるとして慰謝料などを求め反訴を提起しておりました。なお同市では市の職員に対しアンケート調査が行われ、回答した121人のうち大木氏から実際にパワハラを受けたと答えたのが7人で、見聞きしたと答えたのは24人とされ、「お前はアウトだ異動させる」などと叱責されたなどの証言も記載されていたとのことです。

 

スラップ訴訟とは

 スラップ訴訟とは、自己に不都合な言論を抑圧するなどの目的で、勝訴の見込みがないにもかかわらず、もっぱら威圧目的でなされる訴訟を言うとされます。勝てないとわかっていながら提訴し、相手に応訴の金銭的、時間的、精神的、または肉体的な負担を強いて相手方の言論を弾圧し萎縮させるというものです。スラップ訴訟はアメリカで問題となっていたもので、Strategic
Lawsuit Against Public
Participationの略とされ、公的参加を排除するための戦略的訴訟の意味とされます。また平手打ちのSlapをかけた呼称とも言われ、威圧訴訟、恫喝訴訟、嫌がらせ訴訟とも呼ばれております。近年では日本でも知られてきており、判例や裁判例もある程度蓄積してきております。

 

スラップ訴訟への対抗策

 スラップ訴訟に対する対抗策として、訴えの提起自体が違法な不法行為に当たるとして損害賠償請求を反訴として提起することが一般的です。反訴とは訴えの提起の一種ですが、訴訟の被告が原告に対し、その訴訟の手続内で同一裁判所による審理を求め提起する訴えを言います(民事訴訟法146条1項)。訴えの一種であることから通常の提訴と同じように訴状(反訴状)を裁判所に提出します。また反訴には一定の要件があり、原告が提起した訴訟の目的である請求または被告の防御方法と関連する請求を目的とする場合に限り提起できるとされます。債務不存在確認訴訟の提起に対し、当該債務の支払いを求める反訴などが典型例と言えます。本件のように損害賠償請求に対し損害賠償請求を求める場合も同様です。

 

スラップ訴訟に関する判例

(1)スラップ訴訟に関するリーディングケース

 スラップ訴訟に関する著名な判例として、土地の売買に関し測量結果が実際より過小であったとして売り主が測量者を訴え、その後に測量者が訴え返した事例が挙げられます。この事例で最高裁は提訴自体が違法な不法行為に該当する場合について、「提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものであるうえ、提訴者がそのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知りえたといえるのにあえて提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限る」としております(最判昭和63年1月26日)。

(2)スラップ訴訟と認められたケース

 その後スラップ訴訟と認められたケースとして消費者金融業者が出版社から出版された書籍が名誉を毀損するとして5000万円余りの損害賠償と差止を求め、出版社側が反訴した事例(東京地裁平成17年3月30日)や、某宗教法人に元信者が高額の献金を強制されたとして損害賠償を求め提訴したことに対し、宗教法人側が名誉毀損に当たるとして8億円の損害賠償請求を提起し、信者側がそれに対しても反訴を提起していた事例(東京地裁平成13年6月29日)などで違法な提訴と認められ賠償が認められております。

(3)スラップ訴訟と認められなかったケース

 スラップ訴訟に該当しないとされたものとして、特別養護老人ホームの介護職員が同施設で虐待行為が行われているとの情報提供をしたことにより新聞報道がなされたとして、施設側が介護職員らを名誉毀損で提訴し、被告側も他の職員らから罵倒や暴言を受けたとして慰謝料を求めたという事例が挙げられます。この事例では介護職員への聞き取りや市の立入検査などを経ても虐待行為の確たる証拠などが得られておらず、虐待がなかったと根拠も無く思い込んで提訴したものとは言えないとして不法行為には該当しないと判断されました(最判平成21年10月23日)。

 

コメント

 本件で横浜地裁は大木氏のパワハラ行為の大半を真実であると認めた上で、大木氏が法律的根拠を欠くと知りながら提訴したとし、著しく相当性を欠き、不法行為に該当するとして慰謝料など246万円の支払いを命じました。以上のように判例では訴えの根拠がなく、そのことを知っていてまたは通常なら知り得た場合など著しく相当性を欠く場合にスラップ訴訟と認められます。特に紛争の原因となった事実が真実であった場合や、求めた賠償額が億単位など法外な場合に認められやすい傾向があると言えます。一方で訴訟制度自体は憲法で保障された国民の権利でもあることから裁判所もこのような例外的な場合にのみ違法として退けております。自社に対する報道や、従業員による提訴に対し逆に提訴を検討している場合は、本当に事実無根であるのか、感情的、または報復的になっていないかを慎重に検討していくことが重要と言えるでしょう。

 

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