JR西日本、「乗務員のミスで賃金カット」の運用見直し
2022/02/25 労務法務, 労働法全般

はじめに
JR西日本は乗務員のミスで運行遅れが生じた場合、賃金をカットする長年の運用を見直す方針であることがわかりました。同運用を巡っては乗務員との間で現在訴訟となっているとされます。今回は労働基準法が規定する賃金支払い原則について見直していきます。
事案の概要
読売新聞の報道によりますと、JR西日本岡山支社に勤務する男性運転士は2020年6月18日の朝、回送列車を車庫に移動させる際に到着を待つホームを間違え、作業に2分の遅延が生じ発車が1分遅れたとされます。同社はこの2分間について労働実態が無いとして男性運転士の7月分の賃金からカットしていたとのことです。男性側はカットされた分と慰謝料など計約220万円の支払いを求め岡山地裁に提訴しておりました。同社ではこのように乗務員のミスで運行に遅延などが生じた場合はその分の賃金をカットする運用を長年行ってきたとされ、今年3月から見直す方針であるとのことです。今回の訴訟とは関係がないとしております。
ノーワーク・ノーペイの原則
民法624条1項によりますと、労働者は、その約した労働を終わった後でなければ、報酬を請求することができないとされております。これはいわゆるノーワーク・ノーペイの原則を表しており、労働者が働いた分だけしか賃金は払われず、またそれで足りるということです。たとえば労働者が1時間遅刻した日はその1時間分の賃金は払わなくても良いということです。改めて言うまでもなく当然の原則と言えますが、会社と労働者の賃金を巡る重要な原則と言えます。この原則が適用され、賃金をカットできる場面としては遅刻の他に早退、欠勤といった労働者側の原因により労働がなされなかった場合や労働者、会社の双方に原因が無い不可抗力による場合と言われております。そしてこの原則は裏返せば労働に対しては賃金を支払わなければならないことも意味しております。
賃金支払い原則
労働基準法24条1項によりますと、「賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない」とされております。これはいわゆる賃金支払い5原則を表しているとされます。賃金支払い5原則は一般に現物給与の禁止、直接払いの原則、全額払いの原則、月1回以上支払いの原則、一定期日払いの原則を言います。給与は必ず通貨で支払われなくてはならず、現物による支払いは原則禁止されます。例外として労使協定により現物支給ができる他、口座振込や証券口座振込も可能とされます。そして支払いは必ず本人に直接支払うことを要します。これは中間搾取を防止するもので、親権者等であっても例外ではありません。また賃金は全額まとめて支払う必要がありますが、各種税金や保険料などは例外的に控除できます。そして支払いは毎月1回以上一定の期日を定めて支払う必要があります。臨時に支払われるものや賞与は例外となります(同2項)。
賃金支払い原則に関する裁判例
賃金支払い原則に関して、会社側が労働者に対する債権でもって賃金を相殺した事例があります。労働者の債務不履行または不法行為の損害賠償債権で賃金債務を相殺したとの主張に対し最高裁は、賃金は原則として全額を支払わなければならず、損害賠償債権で相殺することは許されないとしました(最判昭和31年11月2日)。しかし一方で、その相殺が労働者との自由な意思に基づく合意によることが客観的に認められる場合は違法ではないとされております(最判平成2年11月26日)。労働者のミスで会社に損害が生じた場合にそもそも労働者に損害賠償請求ができるのかについて、損害の公平な分担の見地から、成績評価や懲戒処分は別として、その都度賠償責任を追求することは原則としてできないとしております(名古屋地裁昭和62年7月27日)。ただし故意や重過失の場合は請求の余地はあると言えます。
コメント
本件でJR西日本側は男性運転士がホームを間違えて所定の場所で回送車を待てなかった時間分は遅刻や欠勤と同様にノーワーク・ノーペイの原則を適用して賃金カットとしたとしておりますが、現在和解案が提示されているとのことです。また3月から乗務員にミスがあっても処分やマイナス評価の対象からも外すとされております。以上のように会社は従業員に対し賃金全額の支払い義務を負っており、原則として従業員に対する損害賠償請求債権などで相殺したり天引きすることはできません。また達成できなかったノルマ分の自社製品を自腹で買い取らせることもこの原則に反する可能性が高いと言えます。そのため本件でのJR西日本の運用もやはりこれらの原則から問題となる可能性は高いと思われます。これらを踏まえて今一度自社での取り扱いや運用を見直しておくことが重要と言えるでしょう。
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