東南アジアの法務事情~その2 シンガポール編~
2010/08/27   海外法務, 海外進出, 外国法, その他

今回はシンガポールにおいてビジネスを行う際に注意すべきポイントについてレポートします。

1 はじめに

 正式名称をシンガポール共和国(Republic of Singapore)という。シンガポールという都市の中に国家が存在する、いわゆる都市国家であり、面積・人口・民族・公用語・GDPに関する日本との比較は以下の通りである。

日本シンガポール
面積377,944k㎡707k㎡
人口約1億2700万人約499万人
言語日本語国語はマレー語。公用語として英語、中国語、マレー語、タミル語
民族主に日本人中華系75%、マレー系14%、インド系9%、その他2%
宗教神道、仏教、キリスト教仏教、イスラム教、キリスト教、道教、ヒンズー教
GDP約49,093億米ドル約1,650億米ドル
 シンガポールは、14世紀にシャム(現在のタイ)王国とマジャパヒト王国(現在のインドネシア)の覇権争いに巻き込まれ、15世紀にはマラッカ王国の支配をうけた。19世紀前半には、イギリス東インド会社の支配下におかれ、イギリスと中国・インド等の貿易の拠点となった。1942年から1945年においては日本の支配を受け、日本の第2次世界大戦敗戦後は連合国軍の支配を受けた。1957年にマラヤ連邦として現在のマレーシアとともに独立を果たした後、1965年にシンガポールとしてマレーシアから分離独立した。

2 独立後の発展について

 1965年の独立後は、リー・クアンユー首相(当時)の下、優遇税制による外資の積極的誘致や自由貿易の拠点として国際空港の建設等を敢行し、ジュロはン工業団地に代\されるように工業化を進展させた。その結果、1966年から73年までは年間13%のGDP成長を続け、その後2度にわたる石油ショックやアジア通貨基金・IT不況等の時期があったものの、2004年以降2008年のリーマンショックによる金融危機まで製造業・サービス業や建設業の需要により7~8%の経済成長を達成した。

3 シンガポールの法律について

(1) シンガポールの司法制度について

  シンガポールでは、旧宗主国であったイギリスの判例法主義を承継している。特に契約法、不法行為等については、刑法・会社法・証拠法の制定法が存在するものよりもイギリスの影響が強い。もっとも、近年では前者においてもイギリスの判例に依拠せずシンガポールの裁判所が独自の判断を下すケースも増えてきている。また、判例法と制定法のギャップも近年小さくなっており、2001年に契約法、2004年に競争法、消費者保護法といったように従来判例法の支配していた領域でも制定法が作られている。

(2) シンガポールの裁判所について

 上で述べたとおり、シンガポールは判例法をベースとしているため、かつてはコモン・ロー上の救済(損害賠償)とエクイティ上の救済(差し止めや履行請求)は別個の手続に依らならければならなかったが、現在では両者の垣根は低くなり1つの手続で両者を請求することができる。
 また、シンガポール政府及び司法当局のシンガポールをアジアの仲裁センターとする試みから、シンガポールではADR(裁判外紛争処理)も盛んであり、仲裁に関してはシンガポール国際仲裁センター(SIAC)、調停に関してはシンガポール調停センター(SMC)が設置されている。現に、SIACで扱われた国際紛争事件の数は以下の表の通り増加傾向にあり、国際仲裁におけるアジアの中心としての機能を果たしているといえる。

シンガポール、中国、日本の国際仲裁案件数
2005年2006年2007年2008年2009年
SIAC(シンガポール)29件47件55件71件114件
BAC(中国)53件53件37件59件72件
JCAA(日本)9件11件15件12件17件
国際的な紛争事件に関してシンガポールにおいて国際仲裁を行うことのメリットとしては、以下のことが挙げられる。

  • ①手続がUNCITRAL法をモデルとしており国際的通用性が高いこと
  • ②対中国企業との紛争において中立公平な判断が期待できること
  • ③手続を非公開とすることができ、紛争に巻き込まれていることでのレピュテーショナルリスクを軽減できること

 逆に、デメリットとしては、以下のことが挙げられる。

  • ①ケースによっては訴訟手続よりも時間・費用の面でかかることもあること
  • ②訴訟に比して取り扱われてきた件数が少なく、判断の見通しが不安定なこと

(3) シンガポールの会社法について

 シンガポールにおけるビジネス形態については以下のものが考えられる。①個人事業、②駐在員事務所、③パートナーシップ、④会社の4つである。

ア ①個人事業について

 個人事業は、事業規制法により規制される。1名の個人もしくは法人により所有・登録されるが、その登録についてはシンガポール国籍の個人、永住権者、エントレパス(外国人起業家向けの就労許可証)を取得した個人、シンガポールで登記された法人に限定される。

イ ②駐在員事務所について

 駐在員事務所については本国に本社があるのが前提であり、本社のための販売促進活動や情報収集などの連絡業務ができるのみである。

ウ ③パートナーシップについて

 パートナーシップについては、A狭義のパートナーシップ、B有限責任パートナーシップ、Cリミテッド・パートナーシップの3種類がある。詳細は以下の表のとおりである。


パートナーシップの詳細の比較
狭義のパートナーシップ有限責任パートナーシップリミテッド・パートナーシップ
根拠法事業登録法有限責任パートナーシップ法リミテッド・パートナーシップ法
法人格の有無なしありなし
出資者の形態2名以上20名以下の個人・法人シンガポール居住自然人が業務執行者として1名以上+パートナーとして2人以上有限責任出資者・無限責任出資者ともに最低1名ずつ必要
出資者の責任無限責任出資分の有限責任出資者の形態による
エ ④会社について

 会社については、A無限責任会社、B有限責任公開会社、C有限責任非公開会社、D有限責任保証会社が存在する。1名以上による最低1シンガポールドルでの出資及び取締役1名(18歳以上かつシンガポール国籍・永住権者・ビザ保持者)が必要である・また営利目的の組織・団体については20名以上の出資者がいる場合には会社としての登録が義務となる。詳細は以下の表の通りである。


会社の詳細の比較
無限責任会社有限責任公開会社有限責任非公開会社有限責任保証会社
株主数1名以上1名以上1名以上50名以下1名以上
出資者の責任無限責任出資分の有限責任出資分の有限責任会社閉鎖の場合に会社資産に個人的に貢献した額の有限責任
株式の譲渡自由自由制限自由自由
※ 有限責任非公開会社の中で、株主が20名以下(自然人に限る)であり、かつ年商が500万Sドルの会社(免除非公開会社)では、監査済財務諸表の提出が免除される。

(4) シンガポールの競争法について

 シンガポールでは、自由経済を建前とすることから、市場取引の独占禁止については電力、ガス等公共性の高い業種について各事業法の下で規制がなされてきた。しかし、シンガポールの市場の効率性を高め、競争を促すために2004年にイギリスの競争法をモデルにシンガポールでも競争法が制定された。
 同法は、①価格拘束等の競争阻害、②優位的地位の濫用、③市場競争を阻害する企業結合の禁止を定めている。ある行為が独禁法違反かを検査・認定し、違法行為に対して課徴金の支払命令等を下すのはCCS(Competition of Comission of Singapore)である。また、同法の特徴として、競争法違反により損害を被った者は民事訴訟で違反業者を訴えることができるという制度が存在する。

(5) シンガポールの金融規制法について

 シンガポールにおいては、金融サービスにおけるアジアのハブを目指すという政府の方針から、以下のように緩やかな規制や優遇税制が採られ、欧米を中心とする海外のヘッジファンド等の進出が顕著となった。

ア 証券会社・投資ファンド

 シンガポールにおける証券会社や投資ファンドは、証券先物法(Securits and Futures Act, SFA)の規制を受け、MAS(Monetary Authority of Singaporeシンガポールの中央銀行)から免許を取得しなければならないのが原則である。しかし、投資運用サービスを提供する対象投資家の数が30名以下で、対象投資者が機関投資家あるいは富裕層の場合には免許取得の必要は無く、EFM(Exempt Fund Manager)としてMASへの通知のみで足りる。
 なお、リーマンショック後の金融規制強化の国際的傾向を受け、シンガポールでも以下の金融規制法案が公表された。EMFの中で、契約運用資産総額が250万シンガポールドルを超える場合にはライセンス取得が義務付けられ、同額以下の場合には従来どおり通知で足りるものに分かれ、コンプライアンス体制の確立、250,000シンガポールドル以上の資本金の導入といった要件が課される。

イ 銀行

  シンガポール国内法人の場合には、1,500百万Sドルの資本金が必要であり、シンガポール国外法人の場合には、本部において200百万Sドルの資本金が必要である。もっとも、国外法人において、シンガポール内で銀行業を行うライセンスを取得している場合には、資本金要件は課されない。なお、子会社(シンガポール国内法人)として銀行業を行う場合には、100百万シンガポールドルの資本金が必要であり、この資本金を変更する際にはMASの承認が必要である。

(6)シンガポール租税法について

ア 課税対象法人について

  シンガポールで事業の経営及び管理が行われる場合、その企業はシンガポール居住法人となる。一方、外国企業のシンガポール支店については海外本部により事業の経営及び管理が行われるため、非居住法人となる。両者の差は後述の源泉所得税率や国外源泉所得に関する免税の有無等において現れる。

イ 課税対象所得について

  事業等からの収入、配当金・賃貸料等の投資業務からの収入及びロイヤルティーによる収入等が課税対象所得となる。

ウ 税率について

  2009年度までは居住法人・非居住法人ともに18%であったが、10年度からは17%に引き下げられた。利息・ロイヤルティー等の所得の源泉がシンガポールにある場合には、それらが非居住者に支払われる場合に10%、15%、18%の税率となる。なお、居住法人の場合には日本とシンガポール租税条約に基づき、源泉所得に関して税率が非居住法人に比して軽減される。

(7) シンガポールの労働法について

ア 外国人の就労について

  シンガポールにおいて外国人が就労するには、労働許可証(月給2,500シンガポールドル以下の場合)ないし雇用許可証(月給2,500シンガポールドルを超える場合)が必要である。また、有能な外国人起業家を招致するため、資本金5万シンガポールドル以上の会社を設立し、30%以上の株式を保有するという要件でエントレパスというビザが発給される場合がある。外国人労働者の雇用に関し、製造業の場合には全従業員の65%まで、サービス業では50%まで、といった規制が存在する。

イ 雇用法について

  シンガポール雇用法では、「労働者」にはマネージャー、エグゼクティブないしコンフィデンシャル・ポジションにあるものは含まれない。
労働時間は1日8時間あるいは週44時間以内と定められている。時間外労働については、1日12時間以内、1ヶ月72時間以内という制限があり、基本時間給の1.5倍以上の対価が支払われなければならない。休暇については、3ヶ月以上勤務の労働者に7日の有給休暇が与えられ、その後1年ごとに1日ずつ有給休暇が加算されるが、総じて14日を越えることはできない。
 解雇に関しては、労働期間が26週未満の場合には終了日の1日前の通知が、26週以上2年未満の場合には同1週間前の通知が、2年以上5年未満の場合には同2週間前の通知が、5年以上の場合には同4週間前の通知が必要となる。なお、通知期間が満了していない場合でもその期間分の給料を支払うことで使用者側は契約を終了させることができる。

(8) シンガポールの知的財産法について

  シンガポールでは、1990年代後半から知財立国を目指すべく、様々な政策が採られた。上で見た居住法人への源泉所得税の優遇についてはその1つである。シンガポールにおける知的財産法としては、①特許法、②意匠法、③商標法、④著作権法、⑤集積回路配置設計法、⑥地理的表示法、⑦植物品種保護法である。
 シンガポールでの特許登録に関しては、出願する者がオーストラリア、カナダ、ニュージーランド、イギリス、アメリカ、日本及び欧州特許庁のいずれかのケースにはシンガポール知的財産庁(IPOS)に特許証の写しを英語訳とともに提出することで、シンガポール特許を取得することが可能となっている。また、2009年には日本との間で,一方の国の特許審査の結果を活用して審査の重複を防ぐという、特許審査ハイウェイ(PPH)の施行につき合意した。このような試みにより、シンガポールでは、簡易かつ低コストで特許登録が可能となっている。

(9) シンガポールの法曹事情について

 シンガポールにおける弁護士人口は約3000人である。シンガポールにおいて弁護士資格を取得するには、以下のルートがある。①シンガポール国立大学(NUS)又はシンガポール経営大学(SMU)法学部を卒業し、司法試験パートB(6ヶ月の実務過程と1年の法律事務所研修)に合格する。②コモン・ロー系の一定の外国大学の法学部を卒業し、司法試験パートA(口答試験)に合格後、パートBに合格する。
 なお、海外で活躍するシンガポール人の弁護士の帰国を奨励するため、コモン・ロー系の国で2年以上の実務経験のあるシンガポール市民については、パートAのみに合格すれば弁護士資格が与えられる。一方、海外での実務経験が6ヶ月以上2年未満の場合では、パートA・パートB共に合格しなければならないが、パートBにおける法律事務所研修期間が6ヶ月に短縮される。

以上

 

<参考文献等>

 
 
 
 
 
 
・JETRO シンガポール 外国企業の会社設立手続き・必要書類該当ページ
・同 税制該当ページ
・同 外国人就業規制・在留許可、現地人の雇用該当ページ
・同 技術・工業および知的財産権供与に関わる制度該当ページ
・SINGAPORE ACADEMY OF LAW The Singapore Legal System該当ページ
・Entreprise One該当ページ
・シンガポール お探しネット該当ページ
・シンガポール独禁法の制定についてPDFファイル
・「諸外国における金融制度に関する調査」諸外国の金融制度の比較PDFファイル
・シンガポール日本商工会議所 第10回 経営相談員からのアドバイス Q&A該当ページ
(リンク切れ)
・日弁連 国際室だより No.14PDFファイル
・アジアエックス 外国在住弁護士、受け入れ条件を緩和該当ページ
・外務省 シンガポール該当ページ

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