経済安全保障法務:中国の改正反スパイ法の概要
2023/05/08   海外法務, 情報セキュリティ, 中国法

GBL研究所理事 浅井敏雄[1]


本年(2023年) 4月26日, 「中国反スパイ法」(原文名称:中华人民共和国反间谍法)(以下「反スパイ法」という)が改正され本年2023年7月1日から施行されることとなりました。中国では, 現行の反スパイ法に基づき, 日本人だけでも, 2015年以降, 少なくとも17人が拘束されたとされており, 本年3月には, 日本企業の現地法人幹部の邦人男性が「反スパイ法」違反の容疑で拘束されたことが明らかになる等の事象が生じています[2]今回の反スパイ法改正は, 従来の取締りを更に強化するもので, 日本企業の中国との間の経済活動の重大な制約要因となり, 又, 中国に駐在・出張・出向する日本人社員の身の安全にも関わるものであり, 本稿では改正後の反スパイ法について解説します。[3]

  


【目  次】


(各箇所をクリックすると該当箇所にジャンプします)


1 本法の目的・反スパイ工作の原則


2 「スパイ行為」の定義・本法の適用範囲


3 反スパイ法工作(スパイ取締り)の体制


4 スパイ行為の防止(安全防止)


5 反スパイ工作/スパイ行為の調査・処置


6 法的責任


 
 

1 本法の目的・反スパイ工作の原則


【関係する条文】


(注)条文中の下線部分は現行法からの変更箇所。[  ]内の記述は筆者の補足。以下同じ。

【本法の法目的】本法は, 反スパイ工作(*1)を強化し, スパイ(间谍)行為(*2)を防止・抑止・処罰し, 国家の安全(*3)を守り, 人民の利益を守るため, 憲法に基づき制定される(1条)。

【反スパイ工作の原則】反スパイ工作は, [共産]党中央の集中統一指導を堅持し, 総体的国家安全観(*4)を堅持し, 公開[で行う]工作と秘密[で行う]工作の結合, [国家安全部等による]専門工作と大衆[動員]路線の結合, 積極的防御, 法に基づく処罰, 現象とその根本原因の両面への対処(本兼治)を堅持し, 国家の安全のための人民防衛線を構築しなければならない(2条)。反スパイ工作は, 法に基づき, 人権を尊重・保障し, 個人・組織の正当な権利利益を保護しなければならない(3条)。

【条文の注釈】


(*1)「反スパイ工作」(反间谍工作)の定義はないが, 本法1条の規定, 後述の同12条の規定等からスパイ行為を予防・防止等するための主に国家安全機関による業務を意味すると解される。

(*2)「スパイ行為」の定義は後述の第4条にある。

(*3)「国家(の)安全」とは, 「国家安全法」[4](2条)によれば, 国家の政権・主権・統一・領土保全, 国民の福祉, 経済社会の持続可能な発展, その他国家の重大な利益への脅威がない状態を継続的に確保できることとされている。

(*4)「総体的国家安全観」とは, 2014年以来習近平主席が提唱する, 政治, 経済, 文化, 科学技術, 資源等も含む幅広い分野において, 包括的・統一的に, 対外的・対内(国内治安)的な国家安全保障の実現を目指す概念・国家政策をいう[5]

【解 説】


本法の目的は, 政権・領土保全・経済社会の継続的発展等に関わるものを含む広範な概念の「国家の安全」を守ることであること, 又, 共産党中央の指導と総体的国家安全観の堅持, 大衆の動員等を強調していることが注目される。

本法と密接不可分な法律として「国家情報法」[6]がある。同法は, 国家情報活動(国家による諜報(スパイ)活動)の在り方や実施体制の法的根拠を示したものであるが, 同法の法目的(2条)でも, 総合的国家安全観の堅持等が明示されており, その他にも反スパイ法と同様の規定が多数含まれている。両法は, 総体的国家安全観を実現するための諜報・情報活動における基本法であり, 国家情報法は攻撃面の, 反スパイ法は防御面の法律であると言える

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2 「スパイ行為」の定義・本法の適用範囲


【関係する条文】


(4条1項) 本法においてスパイ行為とは, 次に掲げる行為をいう。

(1) スパイ組織又はその代理人(エージェント)が実施しもしくは他人に指示・資金協力して実施する, 又は国内外の機構・組織・個人がそれらと結託して実施する, 中華人民共和国(以下「中国」と略)の国家安全に危害を及ぼす活動

(2) スパイ組織に参加しもしくはスパイ組織・その代理人から任務を引受け, 又はスパイ組織・その代理人に身を寄せる/頼って生活する(投靠)こと

(3) スパイ組織及びその代理人以外の国外の機関・組織・個人が実施するもしくは他人に指示・資金協力して実施する, 又は国内の機関・組織・個人がそれらと結託して実施する, 国家機密, 情報その他の国家の安全又は利益に関わる文書・データ・資料・物品を窃取し・探り・購入し・違法に提供し, 又は国家の職員が裏切るよう教唆・誘導・脅迫・買収する活動;

(4) スパイ組織及びその代理人以外の外国の機関・組織・個人が実施するもしくは他人に指示・資金協力して実施する, 又は国内の機関・組織・個人がそれらと結託して実施する, 国家機関・秘密に関わる単位[公的なもしくは民間の団体・その下位部門]又は重要情報インフラ等に対するネットワーク攻撃・侵入・妨害・制御・破壊等の活動

(5) 敵に攻撃目標を指示すること。

(6) その他のスパイ活動

(4条2項) スパイ組織又はその代理人が, 中国の領域内で又は中国の公民・組織その他のものを利用し, 第三国に対するスパイ活動を行い中国の国家安全に危害を及ぼす場合には, 本法を適用する

(70条1項) 国家安全機関[=国家安全部(省)及びその地方機関]が法律, 行政法規及び国の関連規定に基づき, スパイ行為以外の国家安全に危害を及ぼす行為を防止, 抑止及び処罰するために職務を遂行する場合, 本法の関連規定が適用される。

(70条2項) 公安機関[=公安部(省)及びその地方機関]が法に従い[主として国内の公安・警察]職務を遂行する過程で国家の安全に危害を及ぼす行為を発見し処罰する場合, 本法の関連規定が適用される

【条文の注釈】


【4条1項(1)】「スパイ組織の代理人」とは, 現行の「反スパイ法実施細則」[7](以下「実施細則」)(4条)によれば, スパイ組織又はその構成員から, 中国の国家安全に危害を及ぼす活動を行うよう指示・委託・資金提供を受け, 又は他人にこれを行うよう指示等する者を意味し, 「スパイ組織」及び「スパイ組織の代理人」は国家安全部が特定する。

「国家安全に危害を及ぼす活動」は, 「国家安全」の概念が非常に広く, また, 「危害を及ぼす」の基準が不明確である。

【4条1項(2)】「投靠」今回の改正で追加され, その直訳は「(他の人に)頼って生活する,身を寄せる」ことであるが, もしスパイ組織・その代理人を支持・支援・協力等することまで意味するのだとすればその範囲は非常に広くなる

【4条1項(3)】「国家機密」とは, 「国家機密法」[8]によれば, 国家の安全と利益に関係し, 法定手続に従い確定され, かつ, 一定の期間, 一定の範囲の者しか知り得ない事項をいう(2条)。以下の国家の安全および利益に関する事項であって, それが漏えいした場合, 国家の政治・経済・国防・外交等の分野における国家の安全・利益が害されるおそれがあるものは, 国家機密としなければならない(9条1項・2項): 国務に関する重大決定に関する秘密事項/国防建設および武装力量[人民解放軍・武装警察・民兵]の活動に関する秘密事項/外交および外交活動に関する秘密事項並びに外国に対し秘密保持義務を負っている事項/国民経済および社会発展に関する秘密事項科学技術に関する秘密事項/国家安全維持活動および犯罪捜査に関する秘密事項/その他国家機密保護行政管理部門(国家保密行政管理部)が定める秘密事項/上記いずれかに該当する, 政党[主に共産党であろう]の秘密事項。「最高人民法院の解釈」[9](5条)によれば, 犯人が国家の安全又は利益に関係することを知っていたか知るべきであった場合, 国家機密のラベルがない資料も国家機密とみなし得る

ここに言う「情報」とは, 「最高人民法院の解釈」(1条2項)によれば, 国家の安全及び利益に関する事項であって, 関連規則に従い, 公開されていないもの又は公開されるべきでないもの[既に公開された情報が含まれ得る]をいう

【国家機密又は情報の認定】本法38条では, 「本法違反又は犯罪の疑いに関し, 関係する事項が国家機密又は情報に該当するか否かの鑑定及び危害結果の評価を行う必要がある場合, 国家保密部門又は省・自治区・直轄市の保密部門は, 手続に従い, 一定期間内に当該鑑定及び評価を行わなければならない」と規定されている。従って, 国家機密又は情報に該当するか否かは, 当局が, 本法違反又は犯罪の疑いを発見し被疑者を拘束した後に認定することがあり得る

「その他の国家の安全又は利益に関わる文書・データ・資料・物品」は今回の改正で追加され, 国家機密及び情報以外の文書等をいうが, 本法上, その範囲を限定する手がかりはない

【4条1項(4)】この重要情報インフラ等に対するネットワーク攻撃・侵入等は今回の改正で追加された。「重要情報インフラ」は, 「中国サイバーセキュリティー法」(31条)で定義されており, (a)公共通信・情報サービス/エネルギー/交通/水利/金融/公共サービス/電子行政サービス等の重要な事業・分野の情報インフラストラクチャー, 又は(b)その他一旦その破壊・機能喪失またはデータ漏えいが発生すれば国の安全保障, 国民の経済・生活または公共の利益に重大な危害を与えるおそれがある情報インフラストラクチャーであって具体的には国務院が定める範囲のものをいう

【4条1項(6)】「その他のスパイ活動」というキャッチオール文言があることは, 現行法(38)と同じである。「スパイ行為」を定義するのに「その他のスパイ活動」としており, 何も定義していないように見える。結局, 「スパイ行為」とは当局が「スパイ行為」と認定する行為をいうものと思われる

【4条2項】本項(第三国に対するスパイ活動)は今回の改正で追加されたが, 2016年に拘束されスパイ罪で懲役6年に科せられた鈴木英司氏(元日中青年交流協会理事長)が, 中国外務省高官と北朝鮮問題を話したことが起訴の容疑だったと証言していること[10]を思い起こさせる。従って, 中国で北朝鮮, ロシア等の政治問題等を話題にすることには危険があると思われる

【53条・54条】本法53条・54条は, 犯罪を構成するスパイ行為の他, 犯罪を構成しないスパイ行為について規定している。前者の犯罪を構成するスパイ行為とは, 刑法111条の犯罪行為である, 外国の機関・組織・個人のために国家の機密・情報を窃取・スパイ・購入または不法提供することと解される。本法の取締り対象の「スパイ行為」には刑法の対象とならないスパイ行為も含まれる。

【70条1項】 「実施細則」(8条)によれば, 「スパイ行為以外の国家安全に危害を及ぼす行為」には, 国家分裂行為, 国家の安全に危害を及ぼす言辞・情報の公表・流布等の他, 関連法規に違反し説得に応じずかつ許可なく, 国外の者が, 国内の国家の安全に危害を及ぼした者又はその重大な嫌疑ある者と面会することが含まれる。この70条1項と同2項の「本法の関連規定が適用される」の具体的意味は不明ではあるものの, スパイ行為のみならずスパイ行為以外の国家安全に危害を及ぼす行為も本法により取締りの対象となる。

【70条2項】 反スパイ工作の主管機関は国家安全機関とされている(6条1項)が, この規定により, 必ずしも「スパイ行為」に限定されていない「国家の安全に危害を及ぼす行為」であると公安機関が認定する行為に対しても本法に基づき取締りがなされ得ることになる。

【解 説】


以上より, 結局, 反スパイ法の取締り対象となる行為は, 「国家の安全に危害を及ぼす行為」等であると当局(国家安全機関・公安機関)がみなす全ての行為であり, 自らの行為か他人の行為の支持・支援・協力等であるか, 中国に関するものか第三国に関するものか, 犯罪にあたるか否か等を問わないと言える。

脚注資料「CISTEC 2023」(p.4)で指摘されている通り, 反スパイ法上の「スパイ行為」の定義は「茫漠としており, 予見可能性がなく恣意的運用の懸念」があり, 「西側諸国ではごく普通の, 問題になり得ない言動であっても, 企業や社員・研究者個人が立件対象になりかねないおそれがある」

又, この定義からは, 中国の「データセキュリティ法」, 「個人情報保護法」等により中国国外への越境移転の規制対象となっている「重要データ」及び「個人情報」(例えば中国政府要人等の情報)を中国国内外において外国・外国人・外国企業(例:中国企業の日本親会社)に提供することも立件対象となりかねないおそれがある

更に, 「CISTEC 2023」(p.6,7)は, 日本の安全保障輸出管理制度上, 輸出管理の顧客審査等のために, 軍事エンドユース・エンドユーザーの判断のための情報も必要になるところ, 関連情報を輸入側の中国企業側が提供することは, 中国の輸出管理法とデータ安全法で禁止される一方, それを輸出側の日本企業が調査・入手しようとすることは反スパイ法で摘発対象になるおそれがあると指摘する。

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3 反スパイ法工作(スパイ取締り)の体制


【主管機関】 国家安全機関[=国家安全部(省)及びその地方機関]を, 反スパイ工作の主管機関とする(6条1項)。

【公民・企業の国家安全保護義務/人民の動員】 全ての国家機関と武装力量, 各政党及び各人民組織, 企業[これには外国企業の中国現地法人も含まれると思われる]・事業組織その他の社会組織は, スパイ行為を防止・制止し, 国家の安全を守る義務を負う(7条2項)。国家安全機関は, 反スパイ工作において人民の支援に依拠し, 人民を動員・組織してスパイ行為を防止・制止しなければならない(7条3項)。

【公民・組織の反スパイ工作協力義務】 如何なる公民及び組織も, 法に従い反スパイ工作を支援・協力し, 知り得た国家秘密及び反スパイ工作の秘密を守らなければならない(8条)。[ここで, 「公民」とは中国憲法[11]33条より中国国籍者と解され, 外国にいる中国国籍者も含まれると思われる。また, 「組織」には外国企業の中国現地法人も含まれると思われる。この義務は, 国家情報法(7)上の全ての組織・公民の国家情報活動への支持・援助・協力義務と対をなす。]

【反スパイ工作協力者の保護・報償】 国は, 反スパイ工作を支援・協力する個人・組織を保護しなければならない(9条1項)。スパイ行為を通報し又は反スパイ工作上重要な貢献をした個人・組織は, 国の関連規定(*)に従い表彰され, 報奨を与えられる(9条2項)。(*)この関連規定の一つは, 昨年6月に公布施行された「公民による国家安全危害行為の通報奨励弁法」[12](以下「通報奨励弁法」)(筆者による解説はこちら)であると思われる。外国企業の中国現地法人もその従業員から当局に対し通報される可能性がある。]

【国外の機関・個人等のスパイ行為の責任追及】 外国の機関・組織・個人が実施しもしくは他人に指示・資金協力して実施する, 又は国内の機関・組織・個人が外国の機関・組織・個人と結託して実施する中国の国家安全に危害を及ぼすスパイ行為は, 全て法律により責任追及されなければならない(10条)。[従って, 外国で外国人がした行為に関しても例えば中国入国後に処罰され得る。]

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4 スパイ行為の防止(安全防止)


【スパイ行為防止の責任・教育・組織化等】 国家機関, 人民組織, 企業・事業組織及びその他の社会組織は, 当該単位の反スパイ工作の主体責任を負い, 反スパイ安全防止措置を実行し, 当該単位の人員に対し国家の安全を守るための教育を行い, 当該単位の人員を動員・組織してスパイ行為を防止・制止するための組織化を行わなければならない(12条1項)。

【反スパイ安全防止意識と国家安全リテラシーの向上】 各級人民政府及び関係部門は, 反スパイ安全防止に関する広報・教育を組織・実施し, 反スパイ安全防止に関する知識を教育・研修・法律普及宣伝内容に取り入れ, 全人民の反スパイ安全防止意識と国家安全リテラシーを向上させなければならない(13条1項)。報道, ラジオ, テレビ, 文化, インターネット情報サービス等の単位は, 社会に対して的を絞った反スパイ宣伝・教育を実施しなければならない(13条2項)。

【国家機密等の不正取得・所持禁止】 如何なる個人・組織も, 国家秘密に属す文書, データ, 情報又は物品を不正に取得・所持してはならない(14条)。[しかしながら, 不正取得・所持が禁止される文書等に何が該当するかは不明・予見困難と思われる。]

【スパイ機器の違法所持等禁止】 如何なる個人・組織も, スパイ工作に特別に必要なスパイ専用機器を違法に生産, 販売, 所持, 使用してはならない。スパイ専用機器は, 国務院の国家安全主管部門が, 国の関連規定に基づき特定する。(15条)

【公民・企業等のスパイ行為通報義務】 如何なる公民・組織も, スパイ行為を発見した場合, 速やかに国家安全機関に通報しなければならない(16条1項)。国家安全機関は, かかる通報を受けるための電話番号, メールボックス, ネットワークプラットフォームを公民に公開し, 通報情報を法に従い速やかに処理し, 通報者の秘密を守らなければならない(16条2項)。[既に, 「通報奨励弁法」(4条)に基づき, 国家安全のインターネット通報受付プラットフォーム, 電話番号等が用意されている。]

【反スパイ安全防止重点単位】 国は, 反スパイ安全防止重点単位の管理制度を構築する(17条1項)。反スパイ安全防止重点単位は, 反スパイ安全防止の体制確立/担当人員に対する反スパイ安全防止教育・管理の強化/物理的な反スパイ防止措置/反スパイの技術的防止強化等を行わなければならない(17条2項~20条)。

【安全管理区域内での建設規制】 重要国家機関, 国防軍事産業単位, その他重要な秘密に関わる単位及び重要軍事施設周辺の安全管理区域内での新規建設・改築・拡張建設プロジェクトに関しては, 国家安全機関が国家安全に係る事項に関し当該建設プロジェクトの許可を行う(21条1項)。 — 我が国の「重要施設周辺及び国境離島等における土地等の利用状況の調査及び利用の規制等に関する法律」(国家安全保障上支障となるおそれがある重要な土地等の取引やその周辺における利用行為の規制等を可能とする)に類似する。しかし, 本法における第1の目的はスパイ行為に利用され得る建設物の排除であろう

【反スパイ技術防止】 国家安全機関は, 反スパイ工作の必要性に応じ, 関係部門と共同で反スパイ技術防止[原文:反间谍技术防范:技術によるスパイ防止の意味か?]の標準を制定し, 関係部門に対し, 反スパイ技術防止措置を講じるよう指導し, 潜在的危険のある組織に対し, 厳格な承認手続を経て, 反スパイ技術防止検査・試験を実施することができる(22条)。

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5 反スパイ工作/スパイ行為の調査・処置


本法第3章(23条~39条)・第4章(40~52条)には, 国家安全部・同職員による, 反スパイ工作/本法違反者の調査/スパイ行為の疑いの調査等に関連し, 以下のような事項が規定されている。なお, 括弧内数字は条文番号である。

【調査上の権限】 中国公民・国外の者の身分証検査・事情聴取・所持品点検(24)/関係する個人・組織の電子設備, 施設, 関連するプログラム, ツールの検査・差押・留置(25)/関連文書, データ, 情報及び物品の調査・収集(26)/本法違反者の召喚・尋問・取調べ(原則8時間以内, 行政拘留可能な場合又は犯罪の疑いがある場合には24時間以内)[但し取調べの結果犯罪に該当すると判断されれば逮捕されそのまま拘束・起訴・受刑となるのであろう](27)/スパイ行為の疑いがある者の人身・物品・場所の検査(28))/スパイ行為の疑いがある者の財産情報照会(29)/スパイ行為に使用された疑いのある場所・施設・財物の差押・留置・凍結(30)/緊急時の公共交通機関の優先利用・優先通行等(42)/関連する場所・単位・立入制限地区・場所・単位への立入り(43)/反スパイ工作のための国家機関・企業・個人等の交通手段, 通信手段・敷地・建築物等の優先使用・徴用, 工作場所・施設・設備の設置(44)/関連人員の円滑な通関, 関連資料・機材等の検査免除(45)

【調査上の手続・保護措置】 職員証の提示(24)/一部権限行使について設区的市[区のある市]級以上の国家安全機関の責任者の事前承認(25,27,28,29,30)/召喚状による召喚(但し現場で違反を発見した場合口頭で可), 被召喚者への食事と休息時間付与, 連続的召喚の厳禁, 被召喚者の家族への速やかな召喚理由通知(但し調査に支障をきたす場合を除く)[過去の日本人の拘束事例では家族に対する具体的拘束理由の通知はほぼない](27)/反スパイ工作における調査等の職員2人以上での実施・職員証と関連法律文書の提示・調書等への署名押印, 収集活動の全過程の録音・録画・保存(将来の参考のため)(31)/優先使用・徴用等による費用・損害補償(44)

【関係者の協力義務】 反スパイ工作に対する関係する個人・組織の協力義務(26)/スパイ行為調査・証拠収集に対する関係する個人・組織の真実の情報提供義務(32)/スパイ行為調査に対する, 郵便・速達等の物流事業者, 電気通信事業者及びインターネットサービス事業者の支援・協力義務[これにより, 日本企業と中国現地法人間の通信も監視・傍受され得る](41)

【出入国禁止】 [中国]出国後に国家の安全に危害を及ぼし又は国家の利益に重大な損害を与える可能性がある中国公民の出国不許可, スパイ行為の被疑者の出国拒否[これは前記の日本企業の現地法人幹部が帰国しようとしていた時に拘束された事例を思い起こさせる](33)/入国後に中国の国家安全に危害を及ぼす行為を行う可能性のある国外の者に対する入国拒否[これは, 前記(3)の本法10条と合わせ外国人が外国でした言動により入国拒否される可能性を示すと思われる](34)。

【ネットワーク攻撃等への対応】 電気通信事業者・インターネットサービスプロバイダに対する, 脆弱性修復・ネットワーク保護強化, 送信停止, プログラム・コンテンツ削除, 関連サービス停止, 関連アプリケーションの停止, 関連ウェブサイトの鎖等の措置・記録保存命令(36)

【技術的偵察措置等】 国家安全機関は, 反スパイ工作に必要な場合, 国の関連規定に従い, 厳格な承認手続を経て, 技術的偵察措置及び身元保護措置を講じることができる(37)。[国家情報法15条でも, 国家情報活動機構[国家安全部, 公安部の情報部門および中国人民解放軍の情報部門]は「技術的偵察措置」を講ずることができるとされ, この措置は具体的には通信傍受等であると解されており[13], ハッキング等を含むであろう。]

【協力者の保護・補償】 国家安全機関任務遂行に対する協力者・その近親者等の保護・救助・補償・安置・優遇(46~48)

【反スパイ分野の強化】 反スパイ分野における科学技術の革新奨励(49)/反スパイ工作の専門部隊・人材の確立・専門的訓練強化(50)

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6 法的責任


本法第6章(54条~69条)には以下のような事項が規定されている。

【犯罪に該当するスパイ行為】 スパイ行為が行われそれが犯罪に構成する場合, 法に従い刑事責任を追及する(53条)。[この「法」には「中华人民共和国刑法[1]111条の要旨以下の内容の規定が含まれると思われる。(犯罪行為) 外国の機関・組織・個人のために国家の機密・情報を窃取・スパイ・購入または不法提供すること。(刑罰) 5年以上10年以下の有期懲役/情状が特に重大な場合は10年以上の有期懲役または無期懲役/または, 事情が重大でない場合は5年以下の有期懲役・拘留・監視または政治的権利剥奪。

【犯罪に該当しないスパイ行為】 国家安全機関は警告を発し, 又は15日以下の行政拘留を科し, 5万元以下の罰金を単独又は追加で科し, 違法所得が5万元以上の場合には違法所得の1倍以上5倍以下の罰金を単独又は追加で科し, かつ, 法に従い関係部門が処罰することができる(54条1項)。

【スパイ行為への支援・協力等】 他人がスパイ行為を行うことを知りながら, 情報, 資金, 物資, 労務, 技術, 場所等の支援・協力を行い, 又は他人を匿いもしくは保護した者は, 当該行為が犯罪を構成しない場合, 54条1項の規定に基づき処罰[行政拘留・罰金・関係部門の処罰]される(54条2項)。

【企業等の責任】 [企業等の]単位に前二項の行為があった場合, 国家安全機関は警告を発し, 50万元以下の罰金を単独又は追加で科し, 違法所得が50万元以上の場合には, 違法所得の1倍以上5倍以下の罰金を単独又は追加で科し, かつ直接責任を負う主管者及びその他の直接責任者を54条1項の規定に基づき処罰[行政拘留・罰金・関係部門の処罰]する(54条3項)。

【事業停止命令・ライセンス又は登録の取消】 国家安全機関は, 関連単位・人員の法律違反の状況及び結果に基づき, 関係主管部門に対し, 法に基づき, 関連事業の停止, 関連サービスの提供又は生産・営業の停止, 関連ライセンスの取消し又は登録の取り消しを命じるよう勧告することができる(54条4項)。

【没収・廃棄等】 国家安全機関は, 本法に基づき差押・留置・凍結される財物を, 法に従い, 没収・廃棄でき(62), 違法に取得された財物・その果実・収益は法に従い留置・没収し得る(63)。スパイ工作の結果得られた全ての利益は, 法に従い, 追徴・没収等の措置を講じる(64)。[これにより, 外資企業の事務所等も捜索・差押・没収等をなされ得る。]

【外国人の入国禁止】 本法に違反した外国人は, 国務院の国家安全主管部門が国外追放を決定した場合, 国外追放の日から10年間, [中国への]入国が禁止される。国務院の国家安全主管部門の処罰決定を最終決定とする[すなわち不服申立不可]。(62(2))

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以 上


【注】

 

[1] 【中国刑法】 中华人民共和国刑法」(2021年3月1日改正施行). (英訳)China Law Translate Criminal Law (2017 Revision). China Law Translate P.R.C. Criminal Law Amendment 11

[1] 【本稿の筆者】 UniLaw企業法務研究所代表 浅井敏雄

[2] 【現行の反スパイ法に基づく日本人の拘束事例】 NHK「中国当局, アステラス製薬の社員を拘束 6年拘束された男性が語る実態」サタデーウオッチ9, 2023年4月6日放送(「NHK 2023」)。

[3] 【本稿における主な参考資料】 (1)(改正法の和訳・解説・現行法との対照表)CISTEC 事務局『中国で成立した改正「反スパイ法」と問題点, 関連動向について―「国家安全」優位の確立/恣意的拘束・調査の増加/データ鎖国化の恐れ』(2023.4.11/同 4.28 改訂版)(以下「CISTEC 2023」). (2)(改正法の英訳)China Law Translate "Counter-espionage Law of the P.R.C. (2023 ed.)" 2023/04/26. (3)(改正法の解説・現行法との対照表)JEREMY DAUM "Bad as it Ever Was: Notes on the Espionage Law" 2023/05/02, China Law Translate.

[4] 【「国家安全法」】(原文)「中华人民共和国国家安全法」. (和訳)岡村志嘉子「中国の新たな国家安全法制―国家安全法と反テロリズム法を中心に―」2016-03, 国会図書館.(「岡村2016」)(この230頁以下に全訳がある). (英訳)China Law Translate “National Security Law

[5] 【総体的国家安全観】 岡村2016, p. 225 の「総合的国家安全観」の説明参照。

[6] 【中国国家情報法】 (1)(原文条文)「中华人民共和国国家情报法」. (2)(和訳・解説)岡村志嘉子「中国の国家情報法」2017/12/08 国立国会図書館デジタルコレクション(「岡村 2017」). (3) (英訳)China Law Translate “National Intelligence Law of the P.R.C. (2017)

[7] 【反スパイ法実施細則】(原文)「中华人民共和国反间谍法实施细则

[8] 【国家機密法】(原文)「中华人民共和国保守国家機密法

[9] 【最高人民法院の解釈】(原文)「最高人民法院关于审理为境外窃取, 刺探, 收买, 非法提供国家秘密, 情报案件具体应用法律若干问题的解释

[10] CISTEC 2023, p. 17参照。 — BSフジ プライムニュース 2022年12月7日放送「スパイ罪で中国に拘束 懲役6年の邦人生証言 獄中生活の実態と人権」を引用している。

[11]【中国憲法】 (原文)「中华人民共和国宪法」. 中国国務院英訳 “Constitution of the People's Republic of China

[12]公民による国家安全危害行為の通報奨励弁法】(原文)「公民举报危害国家安全行为奖励办法

[13]【技術的偵察措置】 「岡村2017」(p 73の脚注)は通信傍受等のことを指すとする。又, 百度百科「技术侦察措施」によれば, 電子傍受, 電話監視, 電子監視, 秘密での写真撮影, ビデオ録画, 郵便物検査等の秘密特殊技術手段を含むとする。

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