経済安全保障法務:中国の国家安全の通報奨励法の施行と概要
2022/06/15   危機管理, 中国法

GBL研究所理事 浅井敏雄[1]


本年(2022年)6月6日, 中国では, 中国の国家安全保障に危害を及ぼすおそれある行為に関し中国国民からの通報を奨励する「公民による国家安全危害行為の通報奨励弁法」(原名称「公民举报危害国家安全行为奖励办法」)(以下「本法」)が公布され即日施行されました。

本法は, 一部では「国家安全の密告奨励法」等と報道されており[2], 特に, 中国に出張・出向した日本人社員等が被通報者となった場合その身の安全にも係るものであり, 本稿ではその概要を紹介します。なお, 以下において( )内の数字は法令の条文番号, 「—」以下と[  ]内の記述は筆者の補足等です。

 

 【目  次】


(各箇所をクリックすると該当箇所にジャンプします)


I 背景・経緯


II 本法の概要


1 本法の目的・制定根拠 (1)


2 通報奨励の基本方針 (3)


3 通報方法 (4)


4 実名・匿名通報 (5)


5 秘密保持・通報者等の保護 (6)


6 通報奨励の広報・促進 (7)


7 報奨獲得条件 (8~10)


8 報奨の内容 (11,12)


9 報奨手続 (13~19)


10 法的責任 (20,21)


 

I 背景・経緯


2015年施行の中国国家安全法[3]上, 国家安全保障は国民・組織を広く動員して行う(9)とされ, 国民・組織は, 国家安全への危害に関し報告・証拠提供義務を負い(77), 国家安全に貢献した個人・組織は表彰・報奨される(12)。

2014年施行の中国反スパイ法[4]上も, スパイ取締り活動における人民の動員が規定され(4), 中国国民・企業は, スパイ行為を適時に国家安全機関に報告する義務を負う(21)。

2017年4月, 北京市国家安全局は, 「公民によるスパイ行為の手掛かり通報奨励条例」[5]を制定施行した。同条例は, 最大50万元(現在約1千万円)の報奨金授与を規定しており, 施行後1年間に5千件もの通報があったとされる[6]

本法は, 国家安全部(中国の諜報機関)が, この北京市条例の実績を踏まえ制定したもので, 適用対象を, スパイ行為に限らず国家の安全に危害を及ぼす行為に関する通報に拡大し, かつ, 中国全土に拡大したものである。

II 本法の概要


1 本法の目的・制定根拠 (1)


本法は, 社会全体を動員し共同で国家安全を守るため, 国家の安全に危害を及ぼす行為(以下「国家安全危害行為」)を「公民」が国に通報することを奨励するものであり, 国家安全法, 反スパイ法等に基づき制定される。

— ここで, 「公民」とは中国憲法33条より中国国籍者と解され, 本法は外国にいる中国国民からの通報の奨励にも適用される(23)。

— ここで, 「国家の安全」とは, 国家安全法(2)において, 国家の政権・主権・統一・領土保全, 国民の福祉, 経済社会の持続可能な発展, その他国家の重大な利益への脅威がない状態を継続的に確保できることとされている。従って, 本法上の通報対象となる「国家安全危害行為」は, 例えば, 中国の現政権, 台湾を含む中国の領土保全, 中国経済等に危害を及ぼすと中国政府が考える言動が該当すると思われる。

2 通報奨励の基本方針 (3)


公民による国家安全危害行為の奨励は, 「総体的国家安全観」に基づき, 公民のためのかつ公民[の協力]に依拠する国家安全保障を堅持し, [国家安全部等による]専門的[諜報/スパイ取締り]業務と大衆[動員]路線とを結合し行わなければならない。

「総体的国家安全観」(总体国家安全观)とは, 2014年以来習近平主席が提唱する, 政治, 経済, 文化, 科学技術, 資源等も含む幅広い分野において, 包括的・統一的に, 対外的・対内(国内治安)的な国家安全保障の実現を目指す概念・国家政策であり, 国家安全法はこの概念・政策を法律として反映したものである。

3 通報方法 (4)


公民は, 以下の方法で国家安全機関(=国家安全部)に通報することができる。

(1)国家安全機関の12339通報受付に電話すること

(2)国家安全機関のインターネット通報受付プラットフォームウェブサイトにログインし通報すること。

(3)国家安全機関に手紙を送付すること。

(4)国家安全機関に出向き直接通報すること。

(5)他の国家機関または通報者の所属単位[企業・官庁等]を経由して国家保安機関に通報すること

(6)その他の通報方法。

4 実名・匿名通報 (5)


公民は実名でも匿名でも通報できる。

実名通報は, 本人の真実の身元情報および有効な連絡先を提供して行わなければならない。

匿名通報者も報奨請求権を有しその身元を識別できる情報を提供しなければならない。

実名通報が奨励される。

5 秘密保持・通報者等の保護 (6)


国家安全機関および法令により通報内容を知らされた組織・個人は, 通報者の情報を厳に秘密として保持しなければならず, 通報者の同意なく, 如何なる方法によっても通報者の身元に関する情報を開示してはならない。

国家安全危害行為を通報したため, 通報者またはその近親者の身の安全が危険に直面した場合, 国家安全機関に保護を請求することができる。

6 通報奨励の広報・促進 (7)


国家安全機関は, 主管広報部門と協力し, メディアを通じ, 国家安全危害行為の通報ルート・方法, 典型事例, 先進事例等を公表する等して公民の国家安全意識と通報への熱意を向上させなければならない。

7 報奨獲得条件 (8~10)


(通報内容の条件, 最先通報優先等。詳細省略)

8 報奨の内容 (11,12)


国家安全機関は, 違法行為の手がかり・情況の調査結果, 違法行為により引き起こされる危害の水準, 通報の貢献度等の総合評価に基づき, 精神的報奨(表彰状交付)または物質的報奨(報奨金授与)の等級を決定する(通報者が同意すれば所属単位に報奨)。

報奨金授与の具体的な基準は以下の通りとする。

(1)国家安全危害行為の防止, 抑止または処罰に一定の役割貢献を果たした場合には, 1万元(約20万円)元以下の報奨金を授与。

(2)国家安全危害行為の防止, 抑止または処罰に重要な役割貢献を果たした場合, 1万元(約20万円)から3万元(約60万円)までの報奨金を授与

(3)重大な国家安全危害行為の防止, 抑止または処罰に重大な役割貢献を果たした場合, 3万元(約60万円)から10万元(約200万円)までの報奨金を授与する。

(4)重大な国家安全危害行為の防止, 抑止または処罰に特別に重大な役割貢献を果たした場合, 10万元(約200万円)以上の報奨金を授与。

9 報奨手続 (13~19)


市級以上の国家安全機関は, 通報後30業務日以内に通報内容を確認しなければならない。

— 従って, 通報があれば, 被通報者に対する調査・取り調べ等が行われ, 場合により逮捕等がなされると予想される。(以下省略)

10 法的責任 (20,21)


国家安全機関の職員による不正行為の処罰(省略)

通報者が以下の各号に該当する場合には法令に従い処罰する(犯罪に該当する場合は刑事責任追及)。

(1)通報に名を借りて故意に事実を捏造し他人を誣告し罪に陥れた場合

(2)報奨金を得るため事実を偽った場合。

(3)悪意の通報をしまたは通報に名を借りてトラブルを生じさせ, 国家安全機関の業務を妨害した場合。

(4)通報に際し知った国家秘密または公務上の秘密を漏えいし有害な結果・影響を生じさせた場合。

通報者の所属単位が次の各号の一に該当する場合, 法令に基づき処罰する。

(1)通報者がその所属単位に国家安全危害行為の手がかり・情況を報告した後, 当該単位が国家安全機関に適時に報告せず, 報告を怠りまたは隠蔽し, 有害な結果・影響を生じさせた場合。

(2)通報者が国家安全機関に国家安全危害行為を通報したことに対し, 当該単位が通報人に報復した場合。

— 従って, 中国の日系企業を含め, 従業員から国家安全危害行為を報告された場合, その企業が国安全機関に報告せざるを得ないこととなる。

 

以 上


【注】

 

[1] 【本稿の筆者】 一般社団法人GBL研究所理事/UniLaw企業法務研究所代表 浅井敏雄

[2] 【本法に関する報道】 (例) (1) 共同通信「中国, 国家安全の密告奨励法施行 最大200万円以上」2022/6/8, Yahoo!ニュース. (2) CNN 『国家安全脅かす人物の密告募る, 見返りに現金または「精神的」報酬』2022/6/9, Yahoo!ニュース. (3) Nectar Gan, CNN "China offers $15,000 cash — or a 'spiritual reward' — for national security tip-offs" June 9, 2022

[3] 【国家安全法】 (原文)「中华人民共和国国家安全法」. (和訳)岡村志嘉子「中国の新たな国家安全法制―国家安全法と反テロリズム法を中心に―」2016-03, 国会図書館.(この230頁以下に全訳がある). (英訳) China Law Translate “National Security Law

[4] 【反スパイ法】 (参考) 岡村志嘉子「[中国]反スパイ法の制定」『外国の立法』No.262-1, 2015.1, p.18-19.

[5]北京市「公民によるスパイ行為の手掛かり通報奨励条例」】(原文)「公民举报间谍行为线索奖励办法

[6] 【北京市条例に関する記事】 (参考)北村 豊「北京のスパイ通報件数は1年間で5000件」 2018.4.27, 日経ビジネス

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