Q&Aで学ぶ英文契約の基礎(13) - 紛争解決条項(2)
2021/10/20   契約法務, 海外法務

 

この「Q&Aで学ぶ英文契約の基礎」第13回では、前回に引き続き、裁判と仲裁による紛争解決の違いの続きなど、紛争解決条項について解説します[1]

 

Q1: 前回のA7の執行面での相違以外で、裁判と仲裁による紛争解決の違いは何ですか?


A1:一般的に、主に仲裁のメリットという観点から、次のような事項が挙げられています。

 

【制度と判断者の信頼性】 裁判に関しては、その裁判の行われる国の裁判制度や裁判官の質を信頼できない場合がある。一方、仲裁による紛争解決では、当事者の合意により信頼できる仲裁規則と仲裁機関を選択でき、仲裁人も専門知識や同種仲裁の経験を有する者から選任することができる。

例えば、インドでの裁判については、日本人から見て、一般的に、手続が煩雑であり、必ずしも透明性がなく、紛争解決までに相当長期間を要すると言われています。[2] また、インドネシアでは司法の腐敗が依然存在すると言われています。[3] また、一部の先進国を除けば、日本の企業にとり、外国の裁判制度や裁判官の質について十分な情報を得ることは容易ではありません。

一方、仲裁機関の仲裁規則は、通常、インターネット上で英語で公開されており、仲裁人も関係する分野のビジネスや法律に精通しまたは同種の仲裁をしたことがある者を選任できる可能性があります。

 

【言語・場所・手続・代理人に関する柔軟性】 裁判の場合は、その国の公用語で、その裁判所で、その国の裁判手続によりその国の弁護士を代理人として行われる。一方、仲裁による紛争解決では、当事者の合意により、仲裁で用いられる言語、仲裁の場所、仲裁手続(仲裁規則)、代理人等を選択することができる。

裁判がいずれかの当事者にとり外国で行われる場合、その当事者にとって、その外国の公用語で、その外国で、その外国の裁判手続で行わる裁判に対応することには大きな負担が伴います。また、基本的に、代理人としてその国の弁護士しか選べません。

一方、仲裁による紛争解決では、当事者の合意により、例えば、次のようなことを選択することができます。

・ 仲裁で用いられる言語: 両当事者が理解できる英語にすること

・ 仲裁の場所: 第三国にすること。更に、仲裁の審問は、必ずしも、物理的に、仲裁地とされた場所で行わなければならないわけではなく、また、国際電話会議等により行うことができます。証人尋問等も証人のいる場所等で行ことも可能です。従って、特に外国の当事者にとって時間的・コスト的負担を軽減することが可能です。

・ 仲裁の手続: 米国のディスカバリー(証拠開示)手続を採用しないこと

・ 当事者の代理人: 自国の弁護士(例:日本の弁護士)を代理人とすること

 

【公開/非公開】 裁判は公開が原則だが、仲裁は原則非公開である。

従って、例えば企業イメージ、技術情報・営業情報の秘密保持等の観点から、紛争が生じていること自体またはその紛争や審理の内容を公開したくない場合は、仲裁の方がよいと言われています。

 

【提訴/申立】 外国にある者に対する提訴は、外交ルールによる訴状送達(service of process)等面倒な手続を要する場合がある。一方、仲裁の申立は、通常、仲裁機関に申立書の送付を行えば足りる。

裁判の場合は、送達に関する条約(ハーグ条約等)に従い外交ルールによる訴状送達等をしなければならない場合があり、相手方を提訴すること自体に大きな負担が伴います。一方、仲裁の申立ては、例えば、国際商業会議所(International Chamber of Commerce)(ICC)の仲裁規則の場合、パリのICC本部または香港にあるアジア支部のICC仲裁裁判所事務局に仲裁申立書を提出すれば足ります(ICC仲裁規則4条1項)。[4]

 

【紛争解決に要する期間】 一般に裁判よりも仲裁の方が短期間で紛争を解決することができる。

これは、先ず、裁判の場合、一審で終了せず上訴される可能性があるのに対し、仲裁では上訴が許されないことが原因です。発展途上国等での裁判では、更に、一審だけでも終結までに長期間を要する場合があります。しかし、先進国等では裁判が迅速に行われる場合もあり、一方、仲裁も長期化する傾向にあると言われており、一概には言えません。

 

Q2:そうすると、紛争解決手段としては常に仲裁を選択すべきですか?


A2: そうとは限りません。自社が権利者側である場合や自社の方が提訴する側になる可能性が高い場合、米国の裁判制度等を利用した方が有利なときもあります。

 

【解 説】 米国の裁判にはディスカバリー、陪審制度、懲罰的損害賠償等、権利者(例:特許・ソフトウェアのライセンサー)側や提訴する側にとり、証拠入手が容易で高額賠償を得やすい制度があります。従って、自社が知的財産の権利者である場合や自社の方が相手方を提訴する側になる可能性が高い場合、米国での裁判の方が有利と考えることもできます。米国での裁判は、弁護士費用を含め多額の費用を要することがありますが、重要な知的財産や規模の大きい取引の場合、その費用を考慮してもなお米国での裁判が有利ということがあり得ます。

 

Q3:紛争解決を裁判で行う場合、裁判管轄条項のドラフティング上何か注意すべきことはありますか?


A3: 裁判の対象範囲および裁判所を適切に特定し、更に、通常は、専属管轄とすることを明記すべきです。

 

【解 説】 裁判所の特定と専属管轄の明記については前回のA2の条項例等を参照して下さい。裁判の対象範囲については、米アップル社(「アップル」)と島野製作所(「島野」)(アップルにパソコン部品納入)との間の次の裁判管轄条項に関する2016年の中間判決(「本判決」)があります。[5]

 

(アップル・島野間の裁判管轄条項) (原文英語。日本語は訳)

 

 

If there is a dispute between the parties, .........  either  party  may  commence  litigation  in  the  state  or  federal  courts  in  Santa  Clara  County,  California.


両当事者の間で紛争が生じた場合、......... いずれの当事者も、カリフォルニア州Santa Clara Countyの州裁判所または連邦裁判所で訴訟を提起することができる。


The parties irrevocably submit to the exclusive jurisdiction of those courts and agree that final judgment in any action or proceeding brought in such courts will be conclusive and may be enforced in any other jurisdiction ........


両当事者は、これら裁判所の専属的管轄に同意し(この同意は取消し不能とする)、また、これら裁判所に提起された訴訟または手続において下された終局的な判決・決定は最終的なものであり、......... 他のいかなる法域においても執行できることに合意する。


....... The terms of this Section apply whether or not the dispute arises out of or relates to the Agreement, unless the dispute is governed by a separate written agreement.


....... 本条の規定は、書面による別段の合意のない限り、当該紛争が本契約から生じたかまたは本契約に関連するか否かを問わず適用される。 


 

(判決の要旨)

・ 改正民事訴訟法(2012年施行)(「改正法」)で新設された第3条の7は、国際的裁判管轄の合意に関し、次の通り定める。

1.当事者は、合意により、いずれの国の裁判所に訴えを提起することができるかについて定めることができる。

2.前項の合意は、一定の法律関係に基づく訴えに関し、かつ、書面でしなければ、その効力を生じない。

(第3項以下省略)

・ 本契約は改正法施行前に締結されたから、改正法の第3条の7は本契約に直接適用はされない。しかし、同条第2項 [および改正前からある国内の裁判管轄合意に関する第11条第2項(上記第2項と同じ)] の趣旨である、管轄合意の当事者の予測可能性を担保する必要性は、改正法施行前になされた合意についても等しく認められる。

・ 従って国際的裁判管轄の合意は、改正法の施行前に締結されたものについても、条理上、「一定の法律関係」に関して定められたものでなければならない。

・ この点、本裁判管轄条項は、同条項が適用される条件を「両当事者間に紛争が生じた場合」とのみ定め、しかも、「当該紛争が本契約から生じたかまたは関連するか否かを問わず適用される」とする。これは、その対象とする訴えについて、原告・被告間の訴えであるという他に何らの限定もしておらず、同条項は「一定の法律関係」に基づく訴えについて定めたものと認めることはできない[6]。本件条項は、条理上要求される方式で定められたものであるとは認められず、無効である。

 

(まとめ)

上記の通り、我が国の裁判所は、本裁判管轄条項のような、その契約とは関係がない両当事者の紛争(例:その契約に関係ない、他の契約や特許に関する紛争)をも対象とし得る条項は、我が国民訴法上無効であるとしました。

従って、このような条項によりある国(日本または外国)の裁判所の専属管轄を規定していたとしても、日本または日本と同様の立場をとる国の裁判所に訴訟が提起された場合にはその裁判管轄条項は無効と判断されてしまうことになります。

一方、対象となる紛争等の範囲を次のように規定することは一般的ですが、このような規定は日本の民訴法に照らしても有効と思われます。

"any dispute, claim or controversy between the Parties arising out of or related to this Agreement"

「本契約から生じたまたは本契約に関連する両当事者間のいかなる紛争、請求または意見の相違(も)」

 

「Q&Aで学ぶ英文契約の基礎」第13回はここまでです。次回以降も仲裁について解説します。

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「Q&Aで学ぶ英文契約の基礎」シリーズ一覧

 

                 .                  

【注

[1] 【主な参考資料】 主に以下を参照した。

(a) 浜辺 陽一郎 「ロースクール実務家教授による英文国際取引契約書の書き方―世界に通用する契約書の分析と検討 第1巻(第3版」アイエルエス出版、2012年 第11章 p264~339

(b) Jurist August2019 / number 1535 「特集 国際商事仲裁・調停の基礎」 p14~46

(c) 山本 孝夫「英文ビジネス契約書大辞典 〈増補改訂版〉」2014年 日本経済新聞出版社 p155~177

(d) 長島・大野・常松法律事務所「アジアビジネス法ガイド」アジア各国編(原稿執筆時点の最新版)

(e) 小池未来「いわゆるボイラープレート(“BP”)条項の研究⑤~準拠法条項・裁判管轄条項」国際商事法務(2019年8号)Vol.47, No.8, p991~999

[2] 【インドにおける裁判】 長島・大野・常松法律事務所「アジアビジネス法ガイド インド編」(2019年9月) p75

[3] 【インドネシアにおける裁判】 長島・大野・常松法律事務所「アジアビジネス法ガイド インドネシア編」(2019年9月) p59

[4] 【ICC仲裁規則に基づく仲裁申立ての方法】 ICCサイト 【質問2.1】参照

[5] 【アップル島野事件中間判決】 東京地判平成28年2月15日中間判決(平成26年(ワ)19680号損害賠償等請求事件。(参考資料) 前田葉子 「米アップル社と日本の製造会社との間の米国デラウェア州裁判所を専属管轄とする紛争解決条項を無効と判断した判決について」 シティユーワ法律事務所 CY Newsletter Vol. 7, 2016. 3. 11、呂佳叡、和田尚子 「アップル・島野訴訟中間判決と合意管轄」 12016/9/15, SOFITC 判例ゼミ2016(第3回)

[6] 被告(アップル)は、この点に関し、本件訴えは、[正に] 本契約に関する訴えであるから、本件訴えについて(限定して考えれば)本条項を適用することは原告の予測可能性を害しない旨主張。これに対し判決は、「 本件条項はその内容において一定の法律関係に基づく訴えについて定めたものと認めることはできないところ、このことは、具体的事案において実際に原告の予測可能性を害する結果となるかどうかとは関わりがない 」とした。

==========

本コラムは著者の経験にもとづく私見を含むものです。本コラム内容を業務判断のために使用し発生する一切の損害等については責任を追いかねます。事業課題をご検討の際は、自己責任の下、業務内容に則して適宜弁護士のアドバイスを仰ぐなどしてご対応ください。

(*) この「Q&Aで学ぶ英文契約の基礎」シリーズでは、読者の皆さんの疑問・質問等も反映しながら解説して行こうと考えています。もし、そのような疑問・質問がありましたら、以下のメールアドレスまでお寄せ下さい。全て反映することを保証することはできませんが、筆者の知識と能力の範囲内で可能な限り反映しようと思います。

review「AT」theunilaw.com(「AT」の部分をアットマークに置き換えてください。)

 

 

【筆者プロフィール】
浅井 敏雄 (あさい としお)
企業法務関連の研究を行うUniLaw企業法務研究所代表


1978年東北大学法学部卒業。1978年から2017年8月まで複数の日本企業および外資系企業で法務・知的財産部門の責任者またはスタッフとして企業法務に従事。1998年弁理士試験合格。2003年Temple University Law School (東京校) Certificate of American Law Study取得。GBL研究所理事、国際取引法学会会員、IAPP (International Association of Privacy Professionals) 会員、CIPP/E (Certified Information Privacy Professional/Europe)


【発表論文・書籍一覧】
https://www.theunilaw2.com/


 
 

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