Q&Aで学ぶ契約書作成・審査の基礎 第1回 – 作成・審査の意義等
2021/09/30   契約法務

 

今回から「Q&Aで学ぶ契約書作成・審査の基礎」というタイトルで執筆させていただく浅井です(プロフィールは末尾をご覧ください)。筆者(浅井)は, 企業の法務・知財部門で2017年まで40年間契約書作成・審査に携わりました。

本Q&Aシリーズでは, この知識経験をベースに, 企業法務担当者(新任・経験者双方含む)向けに契約書(国内契約)作成・審査の基礎を解説していくこととします。

大まかなスケジュールとしては, ①契約書作成・審査に関する総論, ②各種契約共通の部分・条項の解説, および, ③各種契約ごとの条項解説を考えています。

各種契約としては, 現時点では, 秘密保持契約, 売買契約・取引基本契約, 業務委託契約, ソフトウェア開発契約, その他知財関連契約, サービス規約(定型約款)等を考えています。

本Q&Aシリーズの狙いとしては, 契約書作成・審査のA,B,Cと, できれば実践につながる知識・ノウハウまでカバーできればと思っています。

今回は, ①の契約書作成・審査に関する総論の第1回で作成・審査の意義等を解説します。

なお, 本シリーズでは, 企業の法務部門・法務担当者(法務担当者が実質一人のいわゆる「一人法務」, 総務部等の中の担当者等も含む)を「法務部門」と総称します。

 

【目  次】


(各箇所をクリックすると該当箇所にジャンプします)


Q1: 何のために契約書を作成し審査するのですか?


Q2: 契約審査はどのような流れで行われますか?


Q3: 限られた法務スタッフでどの範囲まで契約審査すればよいですか?


Q4: 契約書の法務審査を社内ルール化するには?


Q5: 契約審査依頼を効率化するには?


Q6: 自社標準契約書(ひな型)の作成・利用をどう考えればいいですか?


Q7: 自社標準契約書(ひな型)の内容は自社に有利であればよいですか?


 
 

Q1: 何のために契約書を作成し審査するのですか?


A1:以下の通りです。

 (1)契約書を作成する目的

 契約(交渉・締結)または契約書には, 少しブレイクダウンすると以下のような機能があります。契約・契約書に以下の機能があること・果たさせることが契約書を作成する目的です。

①当事者間の交渉を通じその取引の条件(ルール)を形成する機能。(例)価格・引渡し条件を決める。従来ない形態の新規ビジネスの取引条件を決める。

法律上のルール(任意規定)を修正する機能民法には売買その他基本的な契約のルールが規定されており, 契約で規定していない事項については民法上のルールが適用されます。しかし, 民法上のルールが実際の取引の実情や契約当事者のニーズに合っていなければ, 多くのルール(任意規定)については, それと異なるルールを契約当事者間の合意で決めることもできます(民法521(2))。従って, その場合には, 契約にはこの②の機能があることになります。(例)売買目的物の担保責任期間の起算点を民法566条の「買主がその不適合を知った時」から目的物引渡し(または受入検査合格)の時に変更する。

③当事者間の交渉により形成された合意を文書に落とし込み確認する機能。-- 契約は口頭でも成立する[1]が口頭では言った言わないになる。また, 文書化する過程で両当事者の認識違い, 要合意事項の抜け等が明らかになり, 是正の機会となる。

④当事者間の契約成立・内容の証拠としての機能。-- 将来契約の成立・内容に関し紛争が生じた場合その証拠となる(最終的には裁判での)。

契約履行時のルール(当事者の行為規範)としての機能。(例)いくらでいつどこで引き渡すか。ライセンスされたソフトウェアはどのような範囲・条件で使用できるか等, 契約書を確認の上契約書の内容に従い行動する。

⑥上記③~⑤の結果としてトラブルを予防する機能

(2)契約書(案)を審査する目的

 契約書(案)を審査する場合と言うのは, 主に相手方作成の契約書案を審査する場合ですが, 相手方が作成した契約書である以上その内容が相手方にとり必要以上に有利, 逆に言えば自社にとり不当に不利になっている可能性があります。これをチェックし, もし問題があれば自社にとり受入れ可能な内容に訂正することが,法務部門による契約審査の目的(および必要性)です。

また, 法務部門は, 契約内容が独占禁止法その他法令に反しないよう審査しなければなりません(これは自社が最初に契約書案を作成する場合も同様)。

 

Q2: 契約審査はどのような流れで行われますか?


A2:一般的には以下のような流れが多いと思われます。

【契約審査の流れ】


自社担当部門(依頼部門)から法務部門に相手方契約書案審査依頼

②必要に応じ, 法務部門から担当部門にヒアリング(計画されている取引の内容・背景等)

法務部門内で契約書案チェック, 必要があれば修正案作成

④法務部門から修正案を依頼部門に提示

⑤依頼部門で問題なければ, その修正案を相手方に提示

(以後, 自社修正案に対し相手方から拒否・受入れ・再修正提案等のフィードバック。必要に応じ相手方と面談交渉)

最終合意(または合意不成立・交渉中止)

⑦取引自体の社内決済(権限規程等に基づく)⇒社印押印(または電子署名)申請⇒押印(電子署名の実行)。-- 相手方も同じ。

⑧締結済契約書(電子契約書)の保管

なお, 上記の流れにおいて, 必要に応じ(例:企業買収契約等の専門的知識・ノウハウを必要とする契約), 最初からまたは途中で外部弁護士に相談(契約書チェック自体の依頼を含む。以下同じ)をする場合があります。

また, 複数人から成る法務部門内部では, 通常, 依頼案件の割振り(担当者決定)⇒担当者による審査⇒上司等との相談/上司によるチェック・承認等がなされます。

 

Q3: 限られた法務スタッフでどの範囲まで契約審査すればよいですか?


A3: これは, 会社のニーズと法務部門の役割, 契約審査を担当する法務スタッフの人数・能力, 標準契約書の準備状況, 契約内容・金額等様々な要因により異なります

【解 説】


例えば, その会社に初めて法務担当者として採用・配属された一人法務の場合, 会社としてその担当者を採用・配属した理由がある筈です。それはもしかしたら既に係属中の裁判への対応かもしれません。その場合には, 先ずは会社のニーズであるその対応をしっかりこなさなければなりません。そうでなければ, 会社にとりその担当者の存在意義はありません。

会社がその他に契約書の審査も担当者に行わせたい場合, 実際にどこまでの範囲の契約を審査すればよいのかまたはすべきなのかは, ①その会社にどのような種類の契約があって, その内会社として最低限どの種類・範囲の契約について法務担当者による審査(以下「法務審査」という)をさせたいのか(および法務部門としてどこまで審査すべきか)等と, ②契約審査を担当する法務スタッフの人数・能力とによります。もし, その範囲が現状の法務スタッフの人数・能力を超えることが最初から予想される場合または実際にやってみて判明した場合は, 上司等と相談して法務審査の範囲を絞るか, または, 法務部門の増員を会社に求めなければなりません。

また, 法務担当者が外部弁護士と相談しながらであれば審査できるというのであれば, その相談(および必要に応じ外部弁護士の選任)を行うこととそれに伴う弁護士費用の支出(必要に応じ予算措置)について, 会社の承認を得なければなりません。

一方, 法務部門の役割の一つとして, 会社のビジネスの法的リスクを予防・軽減することがありますが, この観点からは, 少なくとも, 会社のメインビジネスや重要取引の契約は法務審査の対象にすべきであるということになります。

ただ, 会社のメインビジネスは, 通常, 同じタイプの継続反復される取引(自社の製品の販売またはサービスの提供)なので, そのための契約書は一般的にはひな型化・標準化できると思われます。従って, そのひな型化・標準化した契約書(以下「標準契約書」という)を一旦作成した場合には, それに変更等を加えない限り, 担当ビジネス部門の判断でそれを締結できることとすれば, 法務審査を省略できます

その他, ①例えば銀行取引約定書等でほぼ変更が不能(で社内主管部門がチェックすれば十分な)契約書, ②社内の決済権限規程等に定める一定金額以下の取引(で特段の法的リスクが想定されない取引)の契約書等も法務審査対象外とすることが可能でしょう。

上記により, ある程度, 法務部門による契約審査が固まった場合には, それを社内規程に規定するか, または, 少なくとも社内に周知すべきでしょう。

 

Q4: 契約書の法務審査を社内ルール化するには?


A4: 最終的には社内規程化, 最低限, 役員からの社内向けメールでの指示・周知等が必要です。

例えば, こちらのサンプルの「社用印章取扱規程」(第8条第2項)等, 社内規程によって, 契約書の法務部門による事前審査を社内ルールとして位置付けることが最も望ましいと言えます。

初めて法務担当者が採用・配属された段階では, このような社内規程はなく役員からの社内向けメールでの指示等しかないかもしれません。しかし, その場合でも, 契約書事前審査の必要性・有益性が社内で浸透した頃, その他タイミングを見て正式に社内規程に反映すべきでしょう。

なお, 電子契約については, こちらのサンプルの「電子文書署名規程」(第5条第1項)を参照して下さい。

この場合, 法務審査の範囲をどうするか(例:自社標準契約書以外は原則全部, 一定取引金額以上の取引その他一定種類の契約のみ等)を, 上記Q3で解説した通り, 契約審査を担当する法務スタッフの人数・能力等を考慮して決めなければなりません。

 

Q5: 契約審査依頼を効率化するには?


A5: 契約審査依頼書等, 書面で依頼を受け付けることが考えられます。

その会社に初めて法務担当者が採用・配属された段階では, 法務担当者の存在を知ってもらう, 依頼部門のビジネス・組織を理解する, 依頼部門との関係を構築する等のため, 社内面談(オンライン面談を含む。以下同じ)により口頭での依頼を受けることも有益かもしれません。

しかし, 依頼件数が増えてくれば, 第1段階は, 依頼部門に審査対象契約書を添付し依頼内容をまとめた文書(契約審査依頼書)(電子ファイルを含む)で依頼を受けるという効率化を考えるべきでしょう。また, リモートワークが常態化すれば, Webシステムでの依頼を含め, なおさらこのことが必要でしょう。

書面で依頼を受け付けることは, 特に従来にない新規ビジネスや複雑なビジネスの場合, 依頼部門にもビジネス計画や考えを整理してもらうことに役立ちます。

参考までにこちらに契約審査依頼書のサンプルを示します。

 

Q6: 自社標準契約書(ひな型)の作成・利用をどう考えればいいですか?


A6: 以下のような理由から積極的に作成し利用すべきです。

①自社のメインビジネス等, 反復継続して行われる, ある程度パターン化された取引については, 通常, どの相手方にも共通する, 自社としてあるべき契約条件が作れる筈です。

②そのような取引について毎回一から契約書を作成しまたは審査するのは, 非効率的で時間がかかりますし, 特に法務担当者が複数の場合, 契約条件・審査品質に不合理なばらつきがでやすく, 均質化・レベルの維持ができません。これは, 依頼部門, ひいては会社全体の損失です。適切な自社標準契約書(ひな型)があればこれを防止できます。

③Q3で解説した通り, 標準契約書に変更等を加えない限り, 担当ビジネス部門の判断でそれを締結できることとすれば, 法務審査を省略でき, これにより, 担当ビジネス部門と法務部門双方の負担を軽減できます

④勿論, 相手方企業との力関係・立場(または自社ビジネス担当者・部門のスタンス等)から相手方指定契約書案をベースに契約交渉しなければならない場合も多いでしょう。しかし, 自社標準契約書があれば, これをチェックリスト代わりに使いどこをチェックしどのように修正案を作成すればよいかを効率的に行うことができます

 

Q7: 自社標準契約書(ひな型)の内容は自社に有利であればよいですか?


A7: 自社に有利というよりも合理的で相手方にとっても受入れ易い内容を目指すべきです。

【解 説】


契約書の取り交わし(締結)は, 可能な限り早くなされることが望まれます。何故なら, どちらかの当事者の会社方針で契約書取り交わしが実際の取引開始の条件となっている場合には, その取り交わしが完了しなければ取引を開始できませんし, また, それを完了せずに取引を開始した場合には, その後に契約条件がまとまらず紛争が生じる可能性があるからです。

しかしながら, 実際には契約交渉に時間を要し取引を開始できないことや, 取引開始後に紛争が生じる場合があります。

その原因の一つとして, 最初の契約書案(イニシャルドラフト)を提示することとなった会社の標準契約書(ひな型)がその会社にとっては有利ではあるものの相手方にとり不合理に不利な場合があります。例えば, 契約違反を理由とする解除権がその会社だけにある条項などです。このような条項は, 相手方でも然るべき法務審査がなされれば, 双方平等にするよう求められることは明らかです。もしかしたら, 相手方で法務審査もされずにそのまま受入れられるかもしれませんが, その場合には相手方の契約厳守は期待できない可能性があります。

それなのに, 単に自社に有利というだけの理由で, 相手方を説得できる合理的理由もない規定を置くことは, 単にその契約案を作成した法務部門の自己満足に過ぎず, 法務部門の任務(その一つは会社のビジネスを支え推進すること)に反します

従って, 自社に有利というよりも合理的で相手方にとっても受入れ易い(または一見相手方に不利に見えてもその必要性を合理的に説明できる)標準契約書(ひな型)を作り, 無用な契約交渉・修正をなくして早期に締結できるようにすることを目指すべきです。

 

今回はここまです。

 

[2]                 

【注】

[1] 【口頭による契約の成立】 (参考) 民法522(2) 「契約の成立には, 法令に特別の定めがある場合を除き, 書面の作成その他の方式を具備することを要しない。」

[2]

==========


【免責条項】


本コラムは筆者の経験にもとづく私見を含むものです。本コラムに関連し発生し得る一切の損害等について当社および筆者は責任を負いません。実際の業務においては, 自己責任の下, 必要に応じ適宜弁護士のアドバイスを仰ぐなどしてご対応ください。

(*) このシリーズでは, 読者の皆さんの疑問・質問等も反映しながら解説して行こうと考えています。もし, そのような疑問・質問がありましたら, 以下のメールアドレスまでお寄せ下さい。全て反映することを保証することはできませんが, 筆者の知識と能力の範囲内で可能な限り反映しようと思います。

review「AT」theunilaw.com(「AT」の部分をアットマークに置き換えてください)


 
 

【筆者プロフィール】


浅井 敏雄 (あさい としお)


企業法務関連の研究を行うUniLaw企業法務研究所代表/一般社団法人GBL研究所理事


1978年東北大学法学部卒業。1978年から2017年8月まで企業法務に従事。法務・知的財産部門の責任者を米系・日本・仏系の三社で歴任。1998年弁理士試験合格(現在は非登録)。2003年Temple University Law School (東京校) Certificate of American Law Study取得。GBL研究所理事, 国際取引法学会会員, IAPP (International Association of Privacy Professionals) 会員, CIPP/E (Certified Information Privacy Professional/Europe)

【発表論文・書籍一覧】


https://www.theunilaw2.com/


 

 

 

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