「地域限定正社員」普及へ
2018/03/06   労務法務, 労働法全般

1 はじめに

 厚労省は若者雇用促進法に基づく指針を3月中に改定し、「地域限定正社員制度」の普及に乗り出す方針です。本稿では、地域正社員の概要とそのメリット・デメリットについて検討していきます。

2 地域限定正社員とは

 正社員とは一般的に、使用者と期間の定めのない労働契約を締結し、フルタイムで働く労働者を指します。正社員として採用された労働者の多くは、定年までの長期の雇用を約束される代わりに、企業に配置転換や残業を命じられることがありました。 
 地域限定正社員とは、一定の地域内での配属や異動を条件に契約する正社員のことをいいます。使用者と期間の定めのない労働契約を締結する点は同じですが、勤務地・職種・労働時間のいずれか(または複数)をあらかじめ決めた上で雇用契約を締結する点に特徴があります。
 労働条件は、使用者と労働者の双方の対話のもとに決定されます。労働契約法3条2項は労働契約について、「就業の実態に応じて、均衡を考慮しつつ締結し、又は変更すべき」としています。地域限定正社員は一般正社員と比べて上記3点の面において差があるため、一般正社員との処遇には差があるのが現状です。厚労省が行った企業アンケート(「『多様な形態による正社員』に関する研究会報告書」平成24年)によると、限定正社員の賃金水準については「正社員の8~9割」とする企業が多いようです。

 地域限定正社員には、以下の3種類があります。
 ①地域限定正社員:異動や転勤を伴わない形態の正社員
 育児・介護など家庭の事情により転勤が困難な労働者にニーズがあります。
 小売業・サービス業等、人材の確保に課題を抱える企業での活用の動きがみられます。

 ②職務限定正社員:仕事内容が限定されている正社員
 医療福祉分野など資格が必要とされる職務、金融業における投資部門等、専門的分野での活用が広がっている形態です。

 ③勤務時間限定正社員:労働時間があらかじめ決定されている正社員
 家庭の事情により長時間の労働が困難な労働者にニーズがあります。

3 地域限定正社員の制度趣旨

 一般正社員として雇用される場合、企業から命じられる配置転換や残業などにより、ワーク・ライフ・バランスを欠くことがあります。パート・アルバイト等の非正規社員として雇用される場合、この問題点は克服されますが、非正規社員は原則として契約期間が区切られており、雇用不安があります。
 限定正社員は、正社員と非正規社員の中間的な位置づけとして、労働者のワーク・ライフ・バランスと雇用の安定を両立する為、政府が推進しているものです。
 
*ワーク・ライフ・バランス
国民一人ひとりがやりがいや充実感を持ちながら働き、仕事上の責任を果たすとともに、家庭や地域生活などにおいても、子育て期、中高年期といった人生の各段階に応じて多様な生き方が選択・実現できること
 参考:内閣府ホームページ

4 メリット

 (1) 労働者側のメリット
 労働政策研究・研修機構が就職活動を始めた大学生に調査したところ、72.6%が地域限定正社員を検討していることが明らかになりました。このような求職者側のニーズと、勤務地・職務・労働時間を限定した仕事を用意して能力を生かしてもらうという企業側の意向が一致すれば、労働者のワーク・ライフ・バランスが保たれます。
 地域限定正社員は正社員と非正規社員の中間的位置づけとして運用されています。非正規社員にとっては、地域限定正社員を目指すことで、モチベーションの向上につながります。
 
 (2) 使用者側のメリット
 平成25年4月、労契法が改正され、有期労働契約における無期転換ルールが制定されました。労契法18条は、「同一の使用者との間で、有期労働契約が通算で5年を超えて反復更新された場合、労働者の申込により、無期労働契約に転換する」としています。改正部分の施行は平成25年4月1日であり、平成25年4月1日以降の契約が対象となります。契約期間が1年の労働者の場合、平成30年4月から無期転換申込権を得ることになります。この権利を行使された場合、使用者は申し込みを承諾したとみなされるため、断ることは出来ません。
 参考:Work Life Fun

 そこで、企業としては、無期転換申込権を行使された際の受け皿として、限定正社員制度を活用することが考えられます。限定正社員であれば、正社員の8~9割程度の賃金で労働者を雇用することが可能となると考えられます。
 また、求職者に多様な働き方を提示することで人材確保の窓口を拡げ、その後定着させることが出来れば、結果的に企業の持続的発展につながります。

5 デメリット

 (1) 労働者側のデメリット
 労働者側は、一般正社員との処遇の差を懸念しています。地域限定正社員を検討している者は多いものの、「ぜひ応募したい」と答えたのは25%にとどまります。「一般正社員との処遇の大きな差がなければ応募したい」とした学生は、全体の48%に上ります。
    
 (2) 使用者側のデメリット
 使用者側は無期転換申込権を行使された際の受け皿として地域限定正社員制度を運用することができますが、契約満了による雇止めは出来ないことになります。
 地域限定正社員も正社員であるため、労契法16条が適用されます。労契法16条は、判例が積み重ねてきた解雇権濫用法理が条文化されたもので、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」としています。

6 今後の展望

 人生設計は人によって様々であり、状況によっては、従前の勤務が難しくなることがあります。地域限定正社員制度は、ワーク・ライフ・バランスを実現するための1つの方策になりますが、普及には様々な課題が残されていると言えます。
 地域限定正社員になった場合の待遇面を開示する、具体的なキャリアプランニングを提示する等で求職者側に安心感を与えるなどで、労働者側のデメリットは回避できます。無期転換申込権の行使については、制度が運用されてまだ間もないという状況であり、今後の状況を見極めていく必要があります。無期転換後の社員に訴えられないために今からできることとしては、解雇権濫用法理が形成されていく過程の判例を調べ、どのような正社員に対する解雇が違法とされたのかの概要を知ることが挙げられます。

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