電通事件 社長、違法残業認める
2017/09/23   労務法務, 労働法全般

はじめに

 大手広告会社電通が違法残業があったのに必要な防止措置を採らなかったとして労働基準法違反の罪に問われていた事件の初公判が22日東京簡裁で開かれ、山本社長は同社の行為が違法な残業にあたることを認めました。公判は同日結審し、10月6日に判決が下される予定です。略式起訴された刑事事件が不相当として正式裁判となるのは稀でありその意味でも本公判は注目を浴びています。

事案の概要

 事件の発端は新入社員の女性が電通の女子寮で自殺していたことです。自殺した女性は2015年4月に電通に入社し、インターネット広告を担当するデジタル・アカウント部に配属されました。同年10月以降、業務が増え、起訴状によれば10月から12月の間に、電通本社の部長3人が同女性を含む社員4人に対し、労使協定により定められた1か月の残業時間の上限を最大で約19時間超えて働かせたとされています。これに対し、検察当局は7月、電通を労働基準法違反で略式起訴しました。しかし、略式起訴で事件は終わるとの大方の見方とは反対に、裁判所は「略式起訴は不相当」として、正式裁判を開くことに決めました。

労働基準法による規制

(1)労働基準法の規定
 会社などの使用者は、労働者を1週間で40時間、1日に8時間を超えて労働者を労働させてはならないのが原則です(労働基準法32条)。ただし、労働組合などを通して労使間で書面による協定(36[サブロク]協定)を結び、これを労働基準監督署に届け出ることで、上記の法定労働時間を延長することができます(同法36条)。一般的には1週間の場合は15時間、2週間は27時間、4週間は43時間、1か月で45時間、2か月で81時間、3か月で120時間、1年間で360時間が延長限度になります。そして、これに反して上限を超えた労働をさせた場合には、6か月以下の懲役または30万円以下の罰金に処せられることになります(同法109条)。

(2)労働基準法違反により刑罰を受けるまでの流れ
 上記のような違反があった場合でも、直ちに逮捕・起訴となるわけではなく、まず、労働基準監督署の立入調査と是正勧告がなされます。
 立入調査とは、従業員からの通報などで、労働基準監督官が会社に立ち入り、社長や関係者へのヒアリング、事業所に入っての従業員の勤務実態の把握、労働関係帳簿の確認などをするものです(労働基準法101条、102条)。ありのままの会社の状態を確認するために、監督官は原則として予告なしでやってきます。なお、監督官の臨検を拒む、妨げる、尋問に答えない、虚偽の陳述をする、帳簿書類を提出しない、虚偽の帳簿書類を提出するといった行為をした場合には、30万円以下の罰金刑が課されることになります(同法第120条)。
 立入調査をした上で、法令違反があった場合は労働基準監督官が是正勧告書を交付します。法令違反ではないが改善の必要があると判断された場合には指導票が交付されることになります。残業代に関する是正勧告の場合、未払いの賃金を過去に遡って支払うよう指導されます。また、労働時間に関しては従業員の健康を損なうことに直結する可能性が高いことから、重点的に指導されます。調査の結果、使用停止等命令書が交付される場合もあります。これは施設や設備の不備や不具合で、労働者に緊迫した危険があり、緊急を要する場合に交付されます。
 これらの手続を経てもなお是正勧告に従わない場合や是正勧告では問題がおさまりきらないと監督官が判断した場合に、会社および会社の社長や上司などが書類送検されることになります。

違法残業に関する最近の刑事事件

(1)縫製会社社長逮捕の例
 岐阜県の縫製会社社長が2014年12月から2015年8月まで、中国人技能実習生の女性4人に最低賃金約165万円の時間外手当約310万円を支払っていなかった上、労基署の調査に対して、虚偽の賃金台帳を提出するなどして調査妨害を行っていたという事件です。これに対し、岐阜県労働基準監督署は、賃金不払い及び調査妨害の容疑で同社長及び、技能実習生受入れ事務コンサルタントの担当者を逮捕しました。
 労働基準監督官が労働基準法の違反者を逮捕するケースは非常に珍しく、インターネットやメディアでも一時期話題になりました。

(2)スーパーマーケット運営会社の裁判例
 大阪市鶴見区のスーパーマーケット運営会社が、2014年9月から2015年2月まで、労使協定を結ばないまま本社業務本部所属の男性4人に労働時間の上限を超える時間外労働をさせた上、労働基準監督署から11年間で31回も是正勧告を受けていたのに労働環境を改善していなかったとして起訴された事件です。同社社長が起訴内容を認めていたため即日結審となり、求刑通り罰金50万円の判決が下されました。
 この事件も今回の電通事件と同様、略式起訴からはじまり大阪簡裁が略式起訴不相当と判断したため、正式裁判となったものです。
 

おわりに

 電通事件を皮切りに違法残業問題は大きく話題となっており、今後規制が強化されていくことが予想されます。企業においては、過労事件や労働者からの通報が起きないよう良好な労使関係を作り上げるとともに、労働基準監督署の立入りがあっても自信を持って適法性を主張できるようにしておく必要があります。立入調査や是正勧告に対しては、資料の提出や是正報告書の作成など指示に従って誠実な対応をすれば刑事罰を受ける可能性は低いといえます。そのためにも、上限を超える残業を予定した規定となっていないかといった36協定の見直し、その日のうちに終わらせなければならないが1人で行うと10時間はかかるというような残業を前提とする業務を分担するなどして1人の負担を減らすといった労働環境の改善を図ることが求められるでしょう。また、調査妨害や勧告の無視は刑事上も問題となるということも肝に銘じておかなければなりません。

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