特殊詐欺被害者が稲川会トップを提訴、暴対法と使用者責任
2025/04/10   労務法務, 訴訟対応, 民法・商法, 労働法全般

はじめに


 特殊詐欺事件の被害者9人が、指定暴力団稲川会のトップら3人を相手取り損害賠償を求め提訴していたことがわかりました。請求額は計約5700万円とのことです。今回は使用者責任について見直していきます。
 

事案の概要


 報道などによりますと、稲川会系組員を首謀者とする特殊詐欺グループが、2022年7月~23年4月、京都、大阪、群馬、三重などの80~90代の女性らに、息子やその上司などを装って現金をだまし取っていたとされます。グループ内では組員が暴力団内で高い地位にあることが伝えられていることなどから詐欺は暴力団の影響力を利用した資金獲得行為に当たり、稲川会の幹部らには暴対法上の使用者責任があるとしております。被害者9人は同会の総裁含む幹部ら3人を相手取り損害賠償を求め京都地裁に提訴しました。
 

使用者責任とは


 使用者責任とは、会社の従業員などが他人に損害を生じさせた場合、その従業員だけでなく使用している会社も連帯して損害を賠償する責任を負うというものです。本来従業員などが第三者に損害を生じさせた場合はその従業員自身が損害賠償の責任を負います。しかし民法715条1項では、「ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う」としております。他人を使用して利益を得ている者は、その他人によって第三者に損害を生じさせた場合の責任も負うべきという、いわゆる報償責任の法理が根拠とされます。また何らかの危険な行為によって利益を得ている場合、それによる損害も負担すべきとする危険責任の法理も根拠と言われております。従業員などを使用することで業務を拡大して利益を得ている以上、従業員による損害も会社が請け負うべきということです。
 

使用者責任の要件


 使用者責任の要件としては、(1)使用者と被用者の間に使用関係があること、(2)被用者が第三者に「事業の執行について」加害したこと、(3)被用者に不法行為が成立していること、(4)使用者に免責事由がないこととされます。まず使用者と被用者との間には使用関係が求められますが、これは実質的な指揮・監督関係があればよいとされます。正規、非正規、有期、無期等を問わず実質的に判断されます。労働法での労働者性と考え方は似ております。そして被用者の加害行為が事業の執行について行われる必要があります。これについても客観的に行為の外形から職務の範囲内かを判断するとされます(最判昭和40年11月30日)。このように被用者に一般的な不法行為責任(709条)の要件を満たすと使用者にも連帯して賠償責任が生じますが、使用者は被用者の選任・監督について相当の注意をしたこと、または注意をしても損害を回避できなかったことを証明すると免責されるとされております(715条1項ただし書き)。ただしこの免責は現在では認められた例はなく、事実上死文化していると言われております。
 

暴対法上の使用者責任


 上記のように使用者責任が認められるためには使用者と被用者の使用関係や事業の執行による加害、一般不法行為の成立要件などを立証する必要がありますが、暴対法ではその一部の立証の負担を軽減しております。暴対法31条の2によりますと、(1)指定暴力団員によって不法行為が行われたこと、(2)不法行為が威力を利用した資金獲得行為を行うに際して行われたものであること、(3)損害が当該不法行為によって生じたものであることを立証すれば、指定暴力団の代表者等の賠償責任が認められます。これは暴力団同士の抗争によって殉職した警察官の遺族が組長らを提訴した事例で最高裁が組長らの使用者責任を認めたという判決(最判平成16年11月12日)を受けて平成20年に暴対法が改正され導入されたというものです。暴力団組員の組織を背景とした不法行為から被害を救済することが趣旨と言われております。
 

コメント


 訴状によりますと、稲川会の暴力団員が自ら統括する詐欺グループに犯行を指示してお金をだまし取っていたとされております。これらの暴力団員が稲川会の威力を利用した資金獲得を行っていたと立証できれば稲川会の賠償責任が認められると考えられます。原告代理人は民事裁判で被害の回復を図るとともに、犯行グループの資金源を絶って被害の防止につなげたいとしております。以上のように他人を事業等のために使用している場合は、それによって生じた利益だけでなく、損害も負担しなければならない場合があります。なお使用者が被害者に損害を賠償した場合、損害の公平な分担の見地から相当と認められる範囲で被用者に求償することができます(715条3項、最判令和2年2月28日)。使用者責任の要件などと合わせて、従業員と第三者でトラブルが発生した場合などに備えておくことが重要と言えるでしょう。
 

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