東京学芸大准教授の解雇無効判決/裁判例から見る懲戒解雇
2023/12/25   労務法務, 訴訟対応, 労働法全般

はじめに


入試問題を漏洩したとして懲戒解雇された東京学芸大(東京都小金井市)の元准教授の男性が同大に対し地位確認などを求めた訴訟で東京地裁立川支部は21日、解雇を無効とする判決を出していたことがわかりました。社会通念上の相当性を欠くとのことです。今回は裁判例から懲戒解雇を見直していきます。

 



事案の概要


報道などによりますと、2021年1月23日、東京学芸大学は同大の大学院教育学研究科の入試で受験予定者1人に試験情報を漏らしたとして同研究科の男性准教授を懲戒解雇したとされます。元准教授の男性は試験実施前、受験予定の学生が研究室を訪問した際に、ある英語の専門書について、「これを勉強しておくとよい」と伝えたところ、試験ではこの専門書を和訳する問題が出題されたとのことです。同大は極めて悪質な行為として懲戒解雇としました。元准教授の男性は同大に対して地位確認などを求め東京地裁立川支部に提訴しておりました。

懲戒解雇の有効要件


解雇には懲戒解雇の他に普通解雇もありますが、労働契約法16条によりますと、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」とされております。また15条では懲戒に関して、「当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする」としております。解雇、懲戒のいずれにも客観的な合理性と社会通念上の相当性が求められ、それが認められない場合は濫用として無効とされるということです。また懲戒解雇の場合、就業規則に懲戒に関する事項が規定されていることも必要です。そして懲戒の対象となる労働者に対しては弁明の機会を与えるなど適正な手続きを履践することも求められます。

懲戒解雇に関する裁判例


(1)鉄道会社社員の痴漢行為による諭旨解雇

鉄道会社社員が勤務時間外に同社の運行路線で痴漢行為を行い諭旨解雇された事例が挙げられます。この事例で同社社員は電車内で5~6分にわたり、当時14歳の女性の臀部や大腿部を着衣の上から触ったとされ、罰金20万円の略式命令を受けたとのことです。この事例で東京地裁は、勤務時間外の私生活上の非行であっても企業秩序維持のため懲戒の対象となり得ることを認めつつ、当該行為の悪質性自体は高くなく、被害女性との示談や社会的関心の低さなどから解雇という最も重い処分で臨むことは相当ではないとしました。また処分の際の判断も、行為の態様や悪質性、地位、隠蔽の有無、日頃の勤務態度などを考慮することなく単に起訴の有無だけによったことや、弁明の機会を与えなかった点も不適切としました(東京地裁平成27年12月15日)。

(2)内部告発を理由とする懲戒解雇

会社の従業員が会社の行っていた不正を内部告発したことを理由に懲戒解雇した事例が存在します。この事例で東京地裁は、従業員の会社に対する誠実義務などから内部告発自体も懲戒事由に該当し得るとしつつ、正当な内部告発の保護の必要性から、内部告発の有効性について、告発内容の真実性、目的の公益性、手段・態様の必要性と相当性などを総合的に考慮すべきとしました。その上で会社の不正行為を信じるにつき相当な理由はあるものの、その目的が公益ではなく口止め料や自信の労働条件改善などであったとして公益性を否定し正当な内部告発には当たらず懲戒解雇を有効としました(東京地裁平成27年11月11日)。

(3)就業規則なく行われた懲戒解雇

資産運用コンサル会社と月給50万円で労働契約を締結したところ、その月に給与が支払われず、その点について会社に指摘したところ40万円に減額する旨伝えられ、当初の給与を請求したことに対して懲戒解雇された例があります。この事例では懲戒解雇された時点で就業規則に懲戒に関する規定が置かれていなかったとされます。裁判所は会社が懲戒を行うには、あらかじめ就業規則に懲戒の種別、事由を定めておく必要があり、就業規則での定めのない本件での懲戒解雇の意思表示は懲戒権の根拠を欠き無効としました(大阪地裁令和元年10月15日)。


コメント


本件で東京学芸大の元准教授の男性は研究室に訪れた大学院入試受験予定の学生に、「この本を勉強した方がいい」などと伝え、試験内容を漏洩したとされております。東京地裁は漏洩の事実を認定した一方で、出題範囲だけを示唆した程度に過ぎないとし、入試の公平性・公正性について実質的危険性を生じさせたとは言い難く、懲戒解雇は重きに失するとして無効としました。行為態様や入試への影響の大きさなどから勘案して、懲戒解雇処分は社会通念上の相当性を欠くと判断されたものと考えられます。以上のように懲戒解雇には客観的合理性と社会通念上の相当性が必要です。またそれらの判断は個々の事案ごとに細かく判断されることから裁判所での結論も見通しが立ち辛いと言えます。従業員に懲戒処分を検討する際には、事情を精査し、経緯や態様、普段の勤務態度なども踏まえ、弁明の機会も与えて慎重に進めることが重要と言えるでしょう。

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