パワハラ自殺で賠償請求を棄却、破産法の免責について
2023/02/17   労務法務, 訴訟対応, 労働法全般, 破産法

はじめに

 鹿児島県内の精神科院長であった男性医師からパワハラなどを受けて自殺に追い込まれたとして、元従業員の女性(当時32)の遺族が医師に慰謝料など約2200万円の賠償を求めていた訴訟で15日、鹿児島地裁が請求を棄却していたことがわかりました。自己破産によって免責されるとのことです。今回は破産法が規定する免責について見ていきます。

 

事案の概要

 報道などによりますと、亡くなった元女性従業員は2015年5月から鹿児島県内の精神科に勤務し、16年8月に自殺したとされます。女性の遺族は同院を経営していた院長の男性医師に「セクハラで性的自由が侵害され、依存性が高く、自殺企図の副作用がある薬を処方され、高圧的な態度や言動などで自殺に追いやられた」とし、セクハラやパワハラを受けていたと主張しているとのことです。遺族側は同医師に約2200万円の損害賠償を求め鹿児島地裁に提訴しておりました。医師側は安全配慮義務違反はあったが不法行為はないとして請求棄却を求めていたとされます。なお同医師は20年に診療報酬を詐取したとして詐欺罪が確定し、厚労省から業務停止3年と保険医登録取消の行政処分を受け、破産手続で免責許可を受けているとのことです。

 

自己破産とその手続

 自己破産とは、債務超過に陥り、返済が困難になった債務者を裁判所主導で財産精算し、生活の立て直しを図る制度です。破産手続に入り、債権者に通知がなされると債権者からの取り立てが止まります。裁判所に申立書を提出し、裁判所が債務者の支払い不能状態を確認すると破産手続き開始決定がなされます(30条1項)。ここで債権者に分配するほどの財産が無い場合は同時破産廃止となり破産手続きは開始決定と同時に終了することとなります(216条1項)。一定の財産が有る場合は破産管財人が選任され(74条1項)、破産者の財産調査や換価が行われることとなります。そして裁判所は債権者や破産管財人の意見を踏まえて、場合によっては審尋を経て免責不許可事由の有無を確認し免責の許可を出すこととなります(252条1項)。

 

免責手続き

 上でも述べたように破産手続きを申し立てた債務者は破産手続開始決定が確定した日から1ヶ月が経過するまで免責許可の申し立てをすることができます(248条1項)。なおこの免責許可の申し立ては「個人である債務者」に限られており、会社などの法人は申し立てることはできません。また現在では債務者が破産手続開始の申し立てをした場合は、反対の意思を表示しない限り、同時に免責許可の申し立てをしたものとみなされております(同4項)。免責許可決定が確定すると、破産者は配当を除いて破産債権についての責任を免れることとなります(253条1項)。免責許可決定の日から2週間程度経過後に官報に公告がなされます(10条1項)。この官報公告の翌日から起算して2週間以内に債権者等がこの免責許可決定に即時抗告をすることができます(9条)。この即時抗告による不服申立がなされず2週間が経過したときは免責許可決定が確定することとなります。

 

免責不許可と非免責債権

 この免責手続には不許可となる事由が定められております(252条1項各号)。具体的には、(1)破産財団価値減少行為、(2)不当な債務負担行為、(3)偏頗行為、(4)射幸行為、(5)詐術による信用取引、(6)帳簿等の隠匿等、(7)虚偽の債権者名簿提出行為、(8)説明拒絶・虚偽説明、(9)管財業務妨害行為、(10)7年以内に免責を受けたこと、(11)その他破産法違反行為となっております。債権者を害する意図で配当されるべき財産を減少させたり、手続を遅延させる目的でさらに不当な債務を負担したり、その他破産手続きを妨害するといった行為が挙げられております。なお偏波行為とは特定の債権者だけに不公平に弁済したりといった場合を言います。そしてこれらが無く免責許可が出る場合でも、一定の債権については免責されません。これを非免責債権と言い、253条1項各号によりますと、租税債権や悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権、故意または重過失により人の生命・身体を害する不法行為に基づく損害賠償請求権、その他夫婦間の扶助義務、婚姻費用、扶養義務、給与債務、罰金などが挙げられております。なおここに言う「悪意」とは故意を超えた積極的な害意と言われております。

 

コメント

 本件で鹿児島地裁は男性医師による女性従業員へのスマホでの叱責や関係解消を匂わすメッセージについて、「人格をいたずらに否定するものであり過失による不法行為に当たる」としたものの、自殺を誘引する危険性が高いものとは認められないとして故意や重過失を否定しました。同男性医師は自己破産しており免責許可も受けていることから、非免責債権に該当しない以上免責されるということです。なお原告側は控訴する方針です。以上のように個人が債務超過で自己破産した場合、免責不許可事由が無い限り免責許可がなされることとなります。この場合、悪質な不法行為や租税債権など以外は債務が帳消しになるということです。私人や顧客から悪質な迷惑行為を受けた場合など、どのような請求ができるのか、どこまで請求ができるのか、また相手が破産した場合、損害賠償債権は請求できるのかについて確認しておくことが重要と言えるでしょう。

 

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