日本郵船、米イージス艦事故遺族らとの損害賠償請求訴訟が再び控訴棄却
2022/09/27   海外法務, 訴訟対応

はじめに


大手海運会社、日本郵船株式会社(東証プライム上場)は、2022年8月18日、米国第5巡回区連邦控訴裁判所(以下、「連邦控訴裁判所」)にて再審理が行われていた、同社に対する損害賠償請求訴訟に関し、米国現地時間2022年8月16日に第一審原告らの控訴を棄却する判決が下された旨を発表しました。本記事では、今回の訴訟について解説いたします。
 

訴訟の概要


2017年6月17日、日本郵船がチャーターし運航していたコンテナ船が名古屋港から東京港に航行中、静岡県下田沖にてアメリカ海軍のイージス艦と衝突する船舶事故が発生しました。コンテナ船の乗員の人命に異常はなく、油濁も発生しませんでしたが、イージス艦の乗員7名が死亡する痛ましい事故となりました。

その後、米国現地時間2019年11月18日、本事故による死亡者の遺族7名ならびに本事故で負傷したと主張する乗組員およびその配偶者57名が、日本郵船に対する損害賠償を求め、米国ルイジアナ州東部連邦地方裁判所に提訴しました。

【損害賠償請求金額】
遺族7名:計7000万ドル(米国)+利息および費用等
負傷を主張する乗員ら57名:計:2億1700万ドル(米国)+利息および費用等

 

事故の経緯


運輸安全委員会が公表した報告書によりますと、本事故は、夜間、日本郵船が運航するコンテナ船が北東進中、イージス艦が南進中に起きたとされています。

報告書では、イージス艦が日本郵船運航のコンテナ船の北方を並走していた別の船に注意を向けて、日本郵船運航のコンテナ船の方の見張りを適切に行っておらず、針路及び速力を維持して航行。日本郵船運航のコンテナ船もまた、針路及び速力を維持して航行したため、両船が衝突したものと考えられるとしています。

また、イージス艦側が見張りを適切に行っていなかった原因として、イージス艦の右舷船首方に別の船が接近していたこと、日本郵船運航のコンテナ船のレーダー情報が確実に入手されなかった可能性が挙げられています。

さらに、日本郵船運航のコンテナ船が針路及び速力を維持して航行した原因として、自船が針路及び速力を保つ船舶であり、USS FITZGERALD に対する昼間信号灯の照射を行ったことから、イージス艦側が気付いて避けると思ったことによるものと考えられるとしています。その一方で、日本郵船運航のコンテナ船側としても、動作に自信が持てないときは、昼間信号灯の照射のみならず、警告信号の発信などの対策を行う必要があったとの指摘もされています。

なお、米海軍の副部長であるビル・モラン大将は、艦長と乗組員に対して信頼が失われたとして解任されました。艦長も衝突した際に船室に閉じ込められたものの、船員がハンマーを用いてドアを壊したことで救出されました。当時、脱出するのはかなり難しかったとも語っています。

 

訴訟の経過


2019年11月18日に提起された訴訟は、2020年6月4日(現地時間)に米国ルイジアナ州東部連邦地方裁判所により、対人管轄権の欠如を理由として“訴え却下”という決定が為されています。
その後、原告らは、2020年6月18日(現地時間)に米国第5巡回区控訴裁判所に対し控訴提起を行いましたが、2021年4月30日(現地時間)、に控訴を棄却する旨の判決が下されています。

これに対し、第一審原告らは、再審理を申立て、2021年7月2日(現地時間)、連邦控訴裁判所は本件の再審理を行うことを決定していました。そこから、連邦控訴裁判所は再審理を行って来ましたが、2022年8月16日(現地時間)、改めて第一審原告らの控訴を棄却する旨の判決を下しています。

 

コメント


今回の訴訟で第一審原告らの訴えがことごとく却下となった理由が「対人管轄権の欠如」とされています。対人管轄権は、米国法に特徴的な概念ですが、日本郵船は、法人登記地も主たる事業所も米国に置いておらず、その他、同社の本質的な本拠地が米国内に存在するとみなせるだけの事情もないため、日本郵船に対する対人管轄権は欠如していると判断されました。

日本企業にとって、米国の裁判所における訴訟は、地理的距離の遠さ・意思疎通の難しさ・慣習面の違い等により、費用面・精神面での負担が大きいのが特徴です。そのため、日本企業としては、出来れば米国での訴訟は避けたいと考えがちで、その辺りの心理を巧みに突いて、最初から和解での解決を念頭に、ひとまず米国裁判所に訴訟提起を行う原告もいるといいます。

こうした背景もあり、米国で訴えを提起された日本企業としては、早期に「訴えの却下」を勝ち取り行くことが定石の一つとされています。その意味で、日本郵船の訴訟戦略はうまく行ったという見方ができるかもしれません。

遺族等の気持ちを思うと、とても心苦しく、一日も早く悲しみが癒えて欲しいと願ってやみませんが、法務としては、事実に対して、自社が事故の責任をどの範囲で取るべきなのかを適切に主張することも必要になって来ます。臨床法務のシビアさを改めて痛感させられる事例となりました。

 

【関連リンク】
■船舶事故調査報告書(運輸安全委員会)
■米国第5巡回区が連邦裁判所が海事事件で外国人被告に裁判権を行使するためのテストを検討(Standard Club)

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