東京地裁が「示現舎」に差止命令、表現の自由とプライバシーについて
2021/09/29 コンプライアンス, 民法・商法, その他

はじめに
川崎市の出版社が全国の被差別部落の地名リスト出版すると告知し、地名リストをネットに掲載した問題で、東京地裁は27日、出版と掲載の差止を命じる判決を出していたことがわかりました。賠償金は約480万円とのことです。今回は表現の自由とプライバシー侵害について見ていきます。
事案の概要
報道などによりますと、出版社「示現舎」(川崎市)は2016年2月、全国の被差別部落の地名を掲載した書籍を再販すると告知し、通販サイト「アマゾン」で予約受付を開始したとされます。同書籍は1935年に作成され、全国5367カ所の被差別部落の地名などが掲載された「全国部落調査」の復刻版とのことです。これに対し部落解放同盟と被差別部落出身者約230人がプライバシー侵害などを理由として出版差止と損害賠償を求め提訴しておりました。ネット上のリストは現在、一部削除されているものの、別のサイトで閲覧できるものもあるとされます。
表現の自由とその内容
憲法21条によりますと、集会、結社および言論、出版その他一切の表現の自由はこれを保障するとされており(1項)、検閲はしてはならず、通信の秘密はこれを侵してはならないとしております(2項)。この表現の自由は憲法が定める人権の中でも特に重要な権利に位置づけられており、民主国家の根幹をなすものと言えます。その表現の態様も様々で、街頭での演説やデモ行進、ビラ配布や書籍の販売、TVやラジオの放送、現代ではインターネットでの掲載も含まれることとなります。これらの表現行為は原則として憲法上保障されることとなりますが、それも絶対的に無制約に保護されるというものではなく、他の人権との関係などから一定の制限を受けることもあります。以下具体的に見ていきます。
表現と名誉・プライバシー
出版や報道といった表現活動にともない、しばしば問題となるのが個人の名誉権やプライバシー権との衝突です。プライバシー権については憲法は直接には規定しておりませんが、裁判例では「私生活をみだりに公開されないという法的保障ないし権利」と定義し、個人の尊厳を保つ上で不可欠なものとして人格権に包摂されるとされます(東京地裁昭和39年9月28日宴のあと事件)。またプライバシー侵害となるかは、その内容が私生活上の事実であり、一般人の感受性を基準として公開を欲しないのもであり、一般に未だ知られていないものであるかで判断されます。プライバシー権と名誉権は基本的に表裏一体の関係であり、プライバシー侵害があれば、同時に名誉権の問題にもなり得ますが、名誉権については名誉毀損との関係で処理されることが多いと言えます。
表現と事前差止
出版される予定の書籍などに、個人のプライバシーを侵害したり、名誉を毀損するといった内容が含まれている場合、裁判所に訴えることによって差し止めることができるのかが問題となることがあります。裁判所という国家権力によって事前に表現を規制することが、表現の自由を侵害しないかということです。この点について最高裁は、検閲を禁止している21条2項に鑑みて厳格かつ明確な要件のもとでのみ差止が認められるべきとし、その内容が真実でなく、またはもっぱら公益を図る目的でないことが明白であって、それにより被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被るおそれがある場合に差止が許容されるとしております(最判昭和61年6月11日、北方ジャーナル事件)。
コメント
本件では、全国の被差別部落の地名が掲載された書籍や地名リストのネット公開がプライバシー権を侵害するか、またそれを差し止めることができるのかが問題となっておりました。被告側はこれらの公開が禁止されると学問の自由や表現の自由が侵害されると反論していたとされます。東京地裁はプライバシー侵害を認め、地名公開により結婚や就職で差別や中傷を受けるおそれがあるとし、著しく回復困難な損害を受けるとして差止を認めました。また公益目的でないことも明白としました。以上のように憲法上保障された表現行為も無制約ではなく、個人のプライバシーや名誉権を侵害する場合には一定の要件のもと差止られる場合があります。自社が出版する場合だけでなく、他社の出版行為によって侵害を受ける場合についても予め対応を検討しておくことが重要と言えるでしょう。
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