リクナビ内定辞退予想データ販売問題から見えてくる法務担当の役割について
2019/09/03   コンプライアンス, 民法・商法, 個人情報保護法

1.事案のあらまし

 リクナビは、会員登録者に対し企業情報の閲覧や説明会へのエントリーができるサービスを提供しており、このサービスは就活活動を行う学生にとって必要不可欠なものになっているといえます。
 今回、問題となった内定辞退率予測の情報は、就活生がリクナビサイト内で行った閲覧履歴やエントリー等から、AIを用いて当該学生の就活傾向を分析し、内定の辞退率を5段階で割り出すというものでした。日経新聞の報道によるところでは、この内定辞退率予測が「リクナビDMPフォロー」というサービス名のもと400~500万円ほどの価格で、トヨタ自動車などを含む38社に販売されていたとのことです。そのことが、就活生の採用の成否に影響を与えていたのではないかという疑念があり、波紋を呼んでいます。

2.形式的な同意取得の問題(個人情報保護法の規制に関係して)

 個人情報保護法では、紙媒体、電子媒体を問わず、個人情報を体系的に構成したものに含まれる情報を「個人データ」(同法2条6項)と定義しています。 そして、同法23条1項は「あらかじめ本人の同意を得ないで、個人データを第三者に提供してはならない。」として「個人データ」の第三者への提供を原則として禁じています。
 このような定めが存在するため、リクナビではプライバシーポリシーの内容に従い取り扱いをすることについて、利用規約で同意を取得することとしており、そのプライバシーポリシーの内容に個人データの第三者提供を記載していました。ところが、リクルートキャリアのプレスリリースによると2019年3月に「リクナビDMPフォロー」について言及した変更後のプライバシーポリシーが、画面上反映されていなかったことが原因で第三者提供の同意について取得していない状態となっていました。その結果として、第三者提供への同意を取得できなかった登録者約8000名近くの登録者データについても企業に提供することになってしまったとのことです。不注意によるものとはいえ、実際に8月26日には個人情報保護委員会からこの点について個人情報保護法の条項の違反があるとの勧告が発せられました。この事態を重く受け止めていたリクナビも是正勧告を待たずに「内定辞退率予測」情報の提供サービスの廃止決定を自社の会見で発表するに至りました。ただ、この個人情報保護法違反という問題点は、サイト仕様変更にともなう技術的なミスの側面が強く、法務部門が職務を怠ったとまでいうことはできないかもしれません。

3.真の理解に基づく同意取得の問題(改正民法「定型約款」に関係して)(個人情報保護法の規制に関係して)

 今回の問題に関してリクナビは同意を取得していた学生の個人データを「内定辞退率予測」として企業に提供した点には問題があると考えていないように思われます。しかしながら、本当に十分な理解のもとに同意があったといえるのできるのでしょうか。
 確かに、個人情報保護法では、どこまで丁寧な同意をとらなければならないかについての明確な法的定めが存在していません。そのため、形式的に同意を取得していれば、当然内容についても同意があったと一応は推定されると考えられます。しかし、どのような目的・手法で個人データを第三者提供されるかについて、個人が明確に理解していない状態で同意した場合には、後々にその同意が十分な理解に基づいていなかったとして、裁判により争われる可能性も十分に存在します。
 とくに利用規約における同意取得に関して、今後同様のケースが発生した場合には、改正民法で新設された「定型約款(548条の2以下)」にも注意が必要になると思われます。

(定型約款の合意)
第五百四十八条の二 定型取引(ある特定の者が不特定多数の者を相手方として行う取引であって、その内容の全部又は一部が画一的であることがその双方にとって合理的なものをいう。以下同じ。)を行うことの合意(次条において「定型取引合意」という。)をした者は、次に掲げる場合には、定型約款(定型取引において、契約の内容とすることを目的としてその特定の者により準備された条項の総体をいう。以下同じ。)の個別の条項についても合意をしたものとみなす。
一 定型約款を契約の内容とする旨の合意をしたとき。
二 定型約款を準備した者(以下「定型約款準備者」という。)があらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示していたとき。
2 前項の規定にかかわらず、同項の条項のうち、相手方の権利を制限し、又は相手方の義務を加重する条項であって、その定型取引の態様及びその実情並びに取引上の社会通念に照らして第一条第二項に規定する基本原則に反して相手方の利益を一方的に害すると認められるものについては、合意をしなかったものとみなす。

 民法548条の2第1項では、定型約款について合意があったものとみなす原則が規定されています。これに対し、同条2項はこの原則が否定される例外規定であり、「内定辞退率予測」情報の第三者提供を行うことを規定したプライバシーポリシーに従うとの利用規約は、「相手方の権利を制限…する条項で…相手方の利益を一方的に害する」と評価することができ、合意がなかったものとみなされる可能性があります。そして、合意がなかったとなれば、個人情報保護法23条1項違反として、裁判で争う場合に敗訴する可能性もないとは言い切れないでしょう。

4.同様の問題に対して法務担当者のとるべき対応

 前述のようなリスクを避けるには、まず同意を取得する企業側としては、本人が同意するか否かを判断をするために必要と考えられる内容を明確に示すことが必要です。今回のリクナビによる「内定辞退率予測」のような個人データの利用方法は、多くの登録者にとって想定外であったはずです。閲覧履歴が内定辞退の予測のデータとして使用され、自分の関与できないところで「内定辞退率」も決められてしまうため、そのような使われ方をすると明確に理解していたのならば、同意をしなかった登録者も少なからず存在したと考えます。リクナビとしては、形式的な同意をとることに終始せず、実質的に真に登録者の理解を進めたうえでの同意をとるような配慮が必要であり、そのような努力をしていればここまで問題にはならなかったと思われます。
 具体的には、「閲覧履歴などをAIを利用して分析した結果生じたデータを個人が特定できる形で利用企業に提供する可能性があります」といった文言を利用規約に入れていれば、今回リクナビが販売していた「内定辞退率予測」情報のように、個人データが第三者提供される可能性をユーザー側へと明確に示せすことができたと思われます。
 さらに踏み込んだ対応としては「相手方の権利を制限…する条項で…相手方の利益を一方的に害する」というクリティカルな条項については、全体とは個別にピックアップしつつ、それらの条項について個別の同意にチェックを入れない限りサービスを利用できない形式にしておく、といった対応をとることが考えられます。また、同意をとる画面に「解説やQ&Aを用意しておく」といった対策を行うことも考えられます。利用規約の同意を取得するにあたっては、このような工夫を行うことで、548条の2第2項において「第一条第二項に規定する基本原則に反し」たものとされないようにすべきである考えます。

5.まとめ

 たしかに、利用規約の文面において「サービス利用時にどのような問題が生じるか」についてを細かく説明すればするほど、利用者はサービス加入を尻込みしてしまう可能性があることも否めないでしょう。そのため、企業側が利益を追求すること自体は悪くないのですが、結果として不十分な説明のままでも形式的な同意さえ取得すればいいという態度に出てしまいがちです。
 しかし、今回のリクナビのような問題がひとたび起きてしまえば、その企業に対する信頼が低下し、かえって企業の利益を損なうことにつながりかねないことも考慮しなければなりません。とすれば、企業としては無用なリスクを避けるために、利用者の本心からの同意を取得するための、丁寧かつ十分な情報提供を行うのが望ましいと思います。
 今回問題となった個人情報保護法の規制の場面では、SNSの普及により世界のだれとでもつながることができるようになったことと同時に、個人情報の重要性に対する意識も高まっている社会の風潮を考えて、ビジネスチャンスの背後にあるリスクの大きさを軽視しないことが重要になるでしょう。社員全員が、事業に関連する様々な法的規制を意識した上で活動を行っているわけではありません。しかし、企業活動が利益を追求するものである一方で、法的規制に違反してしまい、そのことが原因で企業のイメージが傷ついてしまうケースも見られます。そういった企業活動に潜む法的リスクを発見し、その解消に向けた対応や体制の構築に率先して取り組むことが、企業内の法務担当者の存在意義なのだと考えます。

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