悪意の商標出願への対応
2016/02/10 知財・ライセンス, 商標関連, 商標法, その他
1 悪意の商標出願
「悪意の商標出願」という言葉を聞いたことはないだろうか。この言葉の定義は商標法上にはないが、一般的には、他人の商標が当該国・地域で登録されていない事実を利用して、不正な目的で当該商標を出願する行為を指す。出願する権利を有しない者が出願を行い、その権利を取得してしまうという、いわゆる冒認出願に近い概念であり、これに包摂されるものと捉えても差し支えないだろう。
悪意の商標出願としては、以下の事例が挙げられる。
(1) 外国で周知の商標が日本国内で登録されていない場合に、当該周知商標の所有者に高額で買い取らせたり、外国の権利者の国内参入を阻止したり、国内代理店契約を強制したりする等の目的で先取り的に出願したものと認められる事例
(2) 商標の出願経緯に社会的相当性が欠けていると認められる事例
(3) 他者からの許諾料や譲渡対価の取得のみを目的として行われる、いわゆる商標ブローカーなどによる濫用的な商標出願・登録と認められる事例
なお、悪意は様々な要素で判断されることとなるが、商標の周知の程度、不正な目的の意図及び出願人と他の者との関係の有無がその判断の上で重要な要素となっている。
2 特許庁の取り組み
悪意の商標出願は近年世界各国で発生しており、大きな問題となっている。その背景には、インターネットの普及により企業の情報を容易に入手できるようになったことが指摘されている。この問題に対応するため、特許庁は、日米欧中韓の商標五庁(TM5)の協力取組みにおいて、日本がリードして取り組んでいる「悪意の商標出願対策プロジェクト」の一環として、2013年から現在まで合計3回、「悪意の商標出願セミナー」を開催している。
3 日本での対応①
日本においては、商標法上の複数の条項が悪意の商標出願に適用できると考えられており、その中でも主に、公序良俗に反する商標登録を認めない法4条1項7号と、他人の周知商標と同一又は類似で不正の目的をもって使用する商標の登録を認めない4条1項19号が、悪意の商標出願への対応に用いられている。
商標審査基準によれば、以下の出願が法4条1項19号に該当する出願とされている。
(1) 日本国内で登録されていない外国で周知の商標について、当該周知商標の所有者に高額で買い取らせる目的の出願
(2) 日本国内で登録されていない外国で周知の商標について、当該周知商標の所有者の日本市場への参入を阻止する目的での出願
(3) 日本国内で登録されていない外国で周知の商標について、当該周知商標の所有者に代理店契約を強制する目的の出願
(4) 日本全国内で周知の他人の商標と混同するおそれがなくても、当該周知商標の出所表示機能を希釈する目的での出願
(5) 日本全国内で周知の他人の商標と混同するおそれがなくても、その名声を毀損する目的での出願
4 日本での対応②
仮に悪意の商標出願による登録が行われてしまった場合でも、商標登録付与の異議や無効審判を請求することができ、悪意の商標を無効にすることができる。
また、特許庁では、審査の的確性及び迅速性を向上させるため、情報提供制度を実施している。この制度は、特許庁に係属している商標登録出願について、誰でも(匿名可)情報提供することができるというものである。提供された情報は審査の参考とされるため、悪意の商標出願による登録を事前に防止し、将来的に異議や無効審判を行う手間を省くことに役立てることができると期待されている。
5 コメント
悪意の商標出願に対する日米欧中韓の各国における制度・運用を比較すると、悪意が判断される時期や審査基準の有無など様々な部分で違いがある。各国の制度・運用の理解を深めるためには、まず自国の制度・運用を十分に知る必要があると考え、今回の記事では日本での対応に関する記載にとどめた。
海外進出する際には、自社の商標を守るための予防策や商標を登録された場合の法的措置をあらかじめ研究しておくことがいまや必須となっていると思われる。日米欧中韓の商標五庁(TM5)の協力取組みが進展し、悪意のある商標出願に対する有効な対策が打ち立てられ、商標防衛策に関する企業の負担が軽減することを期待したい。
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