渋谷区のパートナーシップ条例がもたらしうるもの
2015/11/06 法務相談一般, 民法・商法, その他

11月5日に渋谷区は結婚に相当すると認めたカップルに対してパートナーシップ証明書の発行を始めました。渋谷区のパートナーシップ条例(以下「本条例」とする)は「LGBT」(レズビアン、ゲイ、両性愛者、トランスジェンダーの略)」と呼ばれる性的マイノリティーに対する性的差別を禁止し、その社会的地位の向上を企図した日本初の条例です。今回は本条例が付与する具体的な利益、問題点とその影響を紹介したいと思います。
1 本条例が付与しうる具体的な利益
①区内の賃貸住宅の入居の便宜
従前の渋谷区営住宅条例は入居者の資格として、「現に同居し、又は同居しようとする親族(婚姻の届出をしないが事実上婚姻関係と同様の事情にある者その他婚姻の予約者を含む。以下同じ。)があること」と規定し、LGBTのパートナーは当該「親族」に該当しないとされました。しかし本条例によりパートナーシップ証明書を得るとLGBTのパートナーは「同居しようとする親族」に含まれる運用が予想されます。また本条例は第8条でLGBTに対する差別的取扱を禁止をしているので、LGBTであることのみを理由とした入居に関する差別的取扱いをした紹介業者や大家は区長による勧告をうけてもなお是正しない場合に名称公表の対象となりえます(本条例第15条)。
②区内の医療機関での対応改善
医療機関は重大な事故が被害者に生じた場合、LGBTのパートナーは家族でないため家族以外は面会謝絶といった措置をとられたり、手術に家族の同意を求めたりするときもLGBTのパートナーは家族に含まれないため手術の同意を求められない対応をされがちでした。しかしLGBTに対する差別的禁止を規定した本条例により、パートナーシップ証明を得たものはLGBTのみを理由とした取扱は本条例に違反しうるため、硬直的な対応をする医療機関での対応の改善が期待されます。
③福利厚生の拡充
本条例は第7条において手当等の就業条件における差別的取扱を禁止しています。そこで例えば就業規則において事実婚者を福利厚生の対象者としているにもかかわらず、パートナー証明書を受けている者の就業条件についてLGBTのみを理由とした差別的取扱をすることは本条例に違反しうることになります。結果就業規則の改定等により就業規則の処遇改善が期待されます。
2 考えられる問題点
①差別にあたるケースと効果が不明確
本条例は差別的取り扱いを禁止しているものの差別的取り扱いに当たるかは個別・具体的なケースによるところが大きく、本条例で差別的取り扱いの例示等の解決基準とりうる素材がありません。また結果的に差別と認定されても法的効果が労働基準法と異なり不明確(労働基準法13条は同法に定める労働条件に達しない労働条件は無効)であるため法的救済となるかは不透明です。
②法的強制力が弱い
本条例に違反し区長による勧告を受けると行政上、本条例第15条で区による調査・勧告ひいては名称公表等の対象となることがあり、民事上も不法行為(民法709条)に基づく損害賠償請求ができる可能性があります。しかし本条例は罰則を設けておらず制度上実効性に欠け、公表も区長の裁量事項であるため運用次第では名目上の規程にとどまることが考えられます。
③保護の範囲が狭い
判例はあくまで法律婚を日本の家族制度の大原則としているため、LGBTの保護範囲は判例が法律婚の原則を崩さない限り法離婚と比べれば限定的な保護しか受けられません。たとえば重要な権利である遺言の対象になりえても相続権がないこと、所得税や相続税の配偶者控除の税制優遇措置の対象でなく、公的年金制度における第3号被保険者制度や健康保険制度における被扶養者制度などの社会保険における制度的優遇措置は受けられません。
3 影響
①企業の対応に変化
ライフネット生命は11月4日から死亡保険金の受給対象を同性のパートーナーまで広げることを発表。保険会社が親族要件の対象を一部緩和したものとして注目されます。
またKDDIはパートナーシップの証明書を受けた同性カップルに対し携帯電話の家族割りサービスの適用を検討する方針を示している。
②他の自治体へ波及
都内では世田谷区が、他県では神奈川県横浜市や兵庫県宝塚市がパートナーシップ条例の検討に入り東京都の桝添知事も同条例の支持を表明しています。
4 小活
本条例は法的強制力がない等問題点も少なくありませんが企業の対応に変化が生じたり、他の自治体が導入を件としていることをみると本条例が制定されたことの社会的影響は大きいといえます。条例の内容やあるべき制度設計は今後の社会の動向によって左右される部分が大きいですが、世界的なLGBTに対する差別禁止の風潮を追い風として制度化された一つの社会規範となりうる可能性を秘めているといえます。
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