QAで学ぶ契約書作成・審査の基礎 20回  取引基本契約(所有権・危険負担, 支払)
2022/03/15   契約法務, 民法・商法

 

本シリーズでは第18回から取引基本契約について解説していますが(本シリーズ一覧はこちら), 今回は, 取引基本契約の所有権および危険負担の移転並びに代金支払に関する規定を解説します。また, 今回も, 最後に, 参考までに, 筆者が作成したコンピュータ取引に係る基本契約の対応部分を紹介します。なお, 各条項例は, 基本的には前回までに示した条項例からの続きです。

【目  次】


(各箇所をクリックすると該当箇所にジャンプします)


Q1: 所有権の移転と危険負担に関する規定は?


Q2: 代金支払に関する規定は?


Q3: コンピュータ取引に係る基本契約の例 


 

Q1: 所有権の移転と危険負担に関する規定は?


A1: 以下に例を示します。例1は買主の立場から, 例2は売主の立場から作成された規定です。
 

(例1—買主の立場からの規定:前回第19Q2の例1からの続き)


第5条(所有権および危険負担の移転)


1.本製品の所有権は, 検収時点で乙から甲に移転するものとする。但し, 特別採用の場合は甲乙間で当該本製品の引き取りに書面で合意した時点で移転するものとする。


2. 前項による所有権移転前に甲乙双方の責めに帰することができない事由によって本製品に生じた滅失, 損傷, 変質その他の損害は乙が負担し, その後に生じたこれら損害は甲が負担するものとする。


【解 説】


(第1項:所有権の移転時期)「所有権」とは, 有体物(動産・不動産)を自由に使用, 収益および処分をする権利(物権)(民法85, 206)であり, 民法上その移転は「当事者の意思表示[合意]のみによって[引渡・登記等は不要], その効力を生ずる」とされています(民法176)。量産品等の不特定物(当事者が個性を問わずに取引するもの)について当事者の合意がない場合は目的物が特定した時(例:売主が目的物を納入場所で買主に提供した時:民法401(2))に買主に所有権が移転します(昭和35年6月24日最高裁判決)。

現実の商品の売買では, 大きく分けて, ①引渡し(納入・受領)時点, ②受入検査を行う場合は受入検査時点, ③買主による代金支払完済時点のいずれかを合意する場合が多いと言えます。

上記規定例では本製品の所有権の移転時期を, 原則として検収(みなし検収を含む)時点, 特別採用の場合はそれに甲乙書面合意した時点で移転することとしています。(検収・特別採用については前回第19回Q1の例1参照)

なお, ここで売主から買主に移転するのは有体物に該当する本製品の所有権です。本製品にコンピュータソフトウェアが含まれ, そのソフトウェアが何らかの媒体に記録・格納された上で納品される場合, その媒体(有体物)の所有権は本規定により乙から甲に移転されますが, そのソフトウェアの著作権等が移転するわけではありません。

(第2項:危険負担の移転時期)売買契約において「危険負担」(の問題)とは, 売買目的物が当事者双方の責めに帰することができない事由(災害等)によって滅失等した場合, 買主は契約解除できる(すなわち売主が不利益=危険負担を負う)のか, それとも, 契約解除できず代金支払を拒否できない(すなわち買主が危険負担を負う)のかや, その危険負担が売主から買主に移転するのはいつの時点かなどに関する問題です。当事者間で別段の合意がない場合は, 民法により, 売買目的物の引渡し時点が危険負担の移転時点とされ, 引渡し後に滅失等が生じた場合には買主は契約解除できず代金支払も拒否できないとされています(民法567(1))。

上記規定例では, 危険負担の移転時期を所有権の移転時期と同じにしています。所有権という利益と危険負担という不利益の移転が同時である点では, 両当事者が納得し易いと思われます。

 

(例2—売主の立場からの規定:前回第19Q2の例2からの続き)


第5条(所有権および危険負担の移転)


1.本製品の所有権は甲から乙に代金が完済された時に移転するものとする。


2.本製品に生じた滅失, 損傷, 変質その他の損害に関する危険負担は, 売主が設置義務を負う本製品についてはその受入検査完了時に, 売主が設置義務を負わない本製品についてはその納入時に, 売主から買主に移転するものとする。


(第1項:所有権の移転時期)この規定例では, 売主の立場から買主による代金完済時(代金全額の支払完了時)に所有権が移転するものとしています。これは逆に言えば, 代金完済時までは本製品納入後も売主が所有権を留保しこれを有するということです(但し所有権留保中も買主は本製品の利用・処分が制限されるわけではない)。その目的は, 買主が代金支払いを不履行または遅延した場合, 売主は契約を解除し自己の所有権に基づき本製品を買主から取り戻し代金回収不能による損害の軽減を図ることです。但し, もし, 買主が, 売買目的物を, 売主の所有権留保付きであることを知らない第三者に売却・譲渡した場合は, 民法第192条により即時(善意)取得が成立しその第三者に所有権が移転してしまいその時点で売主の所有権は失われる可能性があります。

所有権留保は買主に信用不安がある場合に特に有益ですが, 買主が信用力の高い企業であれば, 売主としても所有権留保にこだわる必要はあまりないでしょう(この場合, 所有権の移転時期を, 例えば, 第2項の危険負担移転時期と同じにしてもよい)。

(第2項:危険負担の移転時期)この規定例では, 前回第19回Q2の例2の規定を受けて, 売主が設置義務を負う本製品についてはその受入検査完了時に危険負担が移転することとしています。

一方, 売主が設置義務を負わない, すなわち納入しか行わない本製品については, ①売主が認識できるのは納入の時点だけであること, および, ②納入後本製品は買主の支配管理下に入ることから危険負担は納入時点で買主に移転するものとしています。

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Q2: 代金支払に関する規定は?


A2: 以下に例を示します。例1は上記Q1の例1の続き, 例2は同じく例2の続きという想定です。
 

(例1—買主の立場からの規定)


第6条(代金の支払)


1.甲が乙に支払うべき代金(本製品の価格および諸費用を含む。以下同じ)は, 該当する個別契約に定める通りとする。但し, 特別採用の場合は本製品の価格は甲乙間で書面で合意された引き取り価格とする。


2.甲は, 毎月末日までに受入検査に合格したまたは特別採用された本製品の代金および消費税額(地方消費税額を含む。以下同じ)を, 翌月末日までに乙が甲に事前に書面で届け出た銀行口座に全額振り込むことにより支払うものとする。


(第1項:代金の額)売買目的物の価格や別途送料等の費用がかかる場合の費用は, 個別契約(注文書・注文請書)に記載されているという想定です。但し, 特別採用の場合には本製品の価格は甲乙間で書面で合意された引き取り価格であることを規定しています。

(第2項:代金の支払い)企業間の取引では, この例のように, 一定の期限(締め日。ここでは毎月末日)までに納入または検収された売買目的物の代金の合計額を, その締め日を基準として一定期限(ここでは翌月末日)までに支払うことにしている例が多いと言えます。

代金の支払方法としては, 手形による支払もあるでしょうが, 現在では上記例のように銀行振込によることが多いのではないかと思われます。銀行振込の場合, 支払期限末日が売主指定銀行の休日等で振込実行ができない場合は, 買主はその前の, 当該銀行で振込が実行される営業日・時間帯に振込をしなければなりません(別段の合意があれば別)。

(下請法の適用がある場合)買主・売主の資本金の関係および両者間の取引内容(例:買主が販売する製品をその仕様を指定して売主に製造委託)により本取引に下請代金支払遅延等防止法(以下「下請法」)の適用がある場合[1], 支払期限は, 買主(親事業者)が売主(下請業者)の納入した製品などについて検査するかどうかを問わず, 買主が製品を受領した日から起算して60日(運用上は2か月でも可[2])の期間内において定めなければなりません(下請法第2条の2)[3]

手形払いの場合, 下請法(4(2)二)上, 割引困難な手形(一般の金融機関で割り引くことが困難な手形, 120 日を超えるいわゆる長期手形等[4])の交付が禁止されているのでこれに注意する必要があります。

(相殺に関する規定)上記規定例では入れていませんが, 売主の代金債権回収等の観点から, 以下のような規定を置くことが考えられます。

甲および乙は, 相手方に対し金銭債権を有する場合, 相手方に書面で通知することにより, いつでも, 当該債権と相手方に対する金銭債務とを, それらの弁済期を問わず, 対等額で相殺できるものとする。


民法上, 相殺は「双方の債務が弁済期にあるとき」, すなわち, 自分の債(相手方の債)も相手方の債(自分の債)も弁済期になければできません(民法505(1))。但し, 上記のように予め合意し規定することにより, 両債権が本来の弁済期にあるか否かを問わず(自分の債務の期限の利益については元々自由に放棄できる:民法136(2)), 相殺できることとすることは可能です。しかし, このような規定を入れることは, 相手方が同意しないことが多いでしょう。また, 代金債権回収の目的であれば, 契約違反時等における期限の利益喪失条項(第10回Q2参照)である程度目的が達成可能です。

(下請法の適用がある場合)下請法の適用がある場合には, 同法第4条第2項第1号により, 買主(親事業者)が売主(下請事業者)に対し売買目的物の製造に必要な原材料等を有償支給している場合に売買目的物の代金支払期日前に当該代金から当該原材料等の対価を控除(相殺)等することは禁止されているので, 上記規定例に以下のような但書の追加が必要です。

 

但し, 甲は, 乙に本製品の製造に必要なものを有償支給した場合, 当該本製品に対する代金支払期限より早い時期に, 当該本製品代金の額から当該有償支給の対価を相殺し控除することはできない。


(遅延損害金に関する規定)売買契約の買主の代金支払債務(金銭債務)の不履行(支払遅延または不払い)については民法第419条では法定利率(現在年3%)による損害賠償が規定されています(第15回Q2参照)。但し, 売主の立場から以下のように民法の法定利率を超える遅延賠償を定めることも可能です。
 

甲が代金の支払いを遅延した場合, その支払期限翌日から完済に至るまで年14.6%の割合による遅延損害金を乙に支払うものとする。


「年14.6%」というのは, 国税通則法(60(2))に定める国税の延滞税の割合(および次の下請法の適用がある場合の買主の支払遅延利息の利率)で, この利率を用いる例が多いと言えます。但し, 買主はこのような高率の遅延賠償をなかなか受け入れないでしょう。また, 反対に, 買主から売主の納入遅延等に対し代金の額を基準にして同率の遅延賠償の定めを提案されたような場合, 売主はいわばやぶへび状態に陥る可能性もあります。

(下請法の適用がある場合)本取引に下請法の適用がある場合, 親事業者(買主)は,下請代金の支払を遅延した場合, 給付(売買目的物)受領日から起算して60日を経過した日から年14.6%の遅延利息を支払わなければなりません(下請法第4条の2, 規則)。

(例2—売主の立場からの規定)


第6条(代金の支払)


1.甲が乙に支払うべき代金(本製品の価格および送料・設置料金その他諸費用)は, 該当する個別契約に定める通りとする。


2.乙が設置義務を負う本製品については, 甲は, 毎月末日までに受入検査が完了した本製品の代金および消費税額(地方消費税額を含む。以下同じ)を, 翌月末日までに乙が甲に事前に書面で届け出た銀行口座(以下「振込口座」という)に全額振り込むことにより支払うものとする。


3.乙が設置義務を負わない本製品については, 甲は, 毎月末日までに納入された本製品の代金および消費税額を, 翌月末日までに振込口座に全額振り込むことにより支払うものとする。


(第1項:代金の額)特別採用はしない(製品の保証(不適合)責任の問題として取り扱う)という想定です。

(第2項・第3項:代金の支払い)売主が製品の設置・動作確認を行う場合と納入しか行わない場合に分けて規定しています。

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Q3: コンピュータ取引に係る基本契約の例


A3: 以下に, 参考までに, 筆者が作成した基本契約のサンプルの内今回取り上げた項目を含む部分を示します。コンピュータメーカー(日本ABC)がその標準製品であるコンピュータ製品の取引のため作成したひな型という設定です。
 

第5条 所有権および危険負担の移転


1.本製品の所有権はお客様から日本ABCに代金が完済された時に移転するものとします。


2.本製品に生じた滅失, 損傷, 変質その他の損害に関する危険負担は, 日本ABCが設置義務を負う本製品についてはその受入検査完了時に, 日本ABCが設置義務を負わない本製品についてはその納入時に, 日本ABCからお客様に移転するものとします。


 


第6条  代金の支払


1.お客様が日本ABCに支払うべき代金(本製品の価格および送料・設置料金その他諸費用)は, 該当する個別契約に定める通りとします。


2.日本ABCが設置義務を負う本製品については, お客様は, 毎月末日までに受入検査が完了した本製品の代金および消費税額(地方消費税額を含む。以下同じ)を, 翌月末日までに日本ABCがお客様に事前に書面で届け出た銀行口座(以下「振込口座」という)に全額振り込むことにより支払うものとします。


3.日本ABCが設置義務を負わない本製品については, お客様は, 毎月末日までに納入された本製品の代金および消費税額を, 翌月末日までに振込口座に全額振り込むことにより支払うものとします。


 

今回はここまでです。

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「QAで学ぶ契約書作成・審査の基礎」シリーズ:過去の回


 

[5]                 

【注】                                   

[1] 【下請法の適用がある場合】 (参考) (1) 公正取引委員会・中小企業庁「ポイント解説 下請法」(以下「ポイント」) p 1~, (2) 公正取引委員会サイト「令和3年 11 月 下請取引適正化推進講習会テ キ ス ト」(以下「テキスト」)  p 4~

[2] 【下請代金支払期限の「60日」以内】テキスト p 44以下の「● 月単位の締切制度」に次の通り記載されている。「下請代金は,下請事業者の給付の受領後 60 日以内に支払わなければならないところ,継続的な取引において,毎月の特定日に下請代金を支払うこととする月単位の締切制度を採用している場合がある。例えば,「毎月末日納品締切,翌月末日支払」といった締切制度が考えられるが,月によっては 31 日の月(大の月)もあるため,当該締切制度によれば,月の初日に給付を受領したものの支払が,受領から 61 日目又は 62 日目の支払となる場合がある。このような場合,結果として給付の受領後 60 日以内に下請代金が支払われないこととなるが,本法[下請法]の運用に当たっては,「受領後 60 日以内」の規定を「受領後2か月以内」として運用しており,大の月(31 日)も小の月(30 日)も同じく1か月として運用しているため,支払遅延として問題とはしていない...なお,検収締切制度を採用する場合,検査に相当日数を要する場合があるが,検査をするかどうかを問わず,受領日から 60 日以内において,かつ,できる限り短い期間内に設定した支払期日に下請代金を支払う必要があることから,検査に要する期間を見込んだ支払制度とする必要がある。」

[3] 【下請代金支払期限】 (参考) 小田 勇一「下請事業者に対する代金はいつまでに支払う必要があるか(支払遅延の禁止)」2021年02月16日, Business Lawyers

[4] 【割引困難な手形】 (参考) 「令和3年 11 月 下請取引適正化推進講習会テ キ ス ト」公正取引委員会サイト  p 77~79

[5]

【免責条項】


本コラムは筆者の経験にもとづく私見を含むものです。本コラムに関連し発生し得る一切の損害などについて当社および筆者は責任を負いません。実際の業務においては,自己責任の下,必要に応じ適宜弁護士のアドバイスを仰ぐなどしてご対応ください。

 

 


【筆者プロフィール】


浅井 敏雄  (あさい としお)


企業法務関連の研究を行うUniLaw企業法務研究所代表/一般社団法人GBL研究所理事


1978年東北大学法学部卒業。1978年から2017年8月まで企業法務に従事。法務・知的財産部門の責任者を日本・米系・仏系の三社で歴任。1998年弁理士試験合格 (現在は非登録)。2003年Temple University Law School  (東京校) Certificate of American Law Study取得。GBL研究所理事, 国際商事研究学会会員, 国際取引法学会会員, IAPP  (International Association of Privacy Professionals) 会員, CIPP/E  (Certified Information Privacy Professional/Europe)

【発表論文・書籍一覧】


https://www.theunilaw2.com/


 

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