ギグワーカーと労働法制(後編)
2021/12/11   労務法務, コンプライアンス, 労働法全般, 外国法, IT

1) はじめに


本コラムは、ビジネスの現場で法務担当者が本当に役立つためにしたらいいか、という視点で様々なノウハウをお伝えしています。今回は「ギグワーカーと労働法制」の後編として、労働政策として議論されているギグワーカーの保護の必要性やその内容、そして発注者(委託者等)に課されうる義務の展望について解説します。

 

2) ギグワーカーは「労働者」ではないため労働法制上の保護を受けられない


ギグワーカーは、一般的には発注者との個別の業務委託契約にもとづき、単発業務の受託者として、発注者から独立して仕事の遂行を担う立場として整理されてきました。ところが、「独立」という言葉とは裏腹に、実際には、以下のような状況に置かれているギグワーカーが存在することも事実です。
・いつも同じ発注者から仕事を請けて報酬を得ている(経済的に従属している)
・発注を受ける立場として相対的に交渉力が弱い
・契約書に具体的な業務の条件について記載のない状態で業務を実施している
・1つの仕事に長時間拘束される
・労働環境が十分に整備されず安全衛生の不十分な環境で働かざるを得ない
・会社の従業員のようなふるまいを要求される

このような、およそ「独立」という響きからはほど遠いギグワーカー達であっても、職安法上の「労働者」の要件となる人的従属性や指揮命令関係を満たさないような運用の下で働いています。そのため、企業に勤務する会社員、すなわち労基法上の「労働者」のように各種労働法制上の保護を受けることはありません。

 

3) ギグワーカーの保護に向けた動き


このように労働上のリスクを負っているギグワーカーが、インターネットを介したシェアリングエコノミーの担い手として、そして2018年の働き方改革関連法案成立による各種労働法の保護強化の影響を受けた企業のコスト削減手段として、「労働者」に代替するリソースとして活用されているという背景から、厚生労働省は、ギグワーカーの労務リスクに対処するための法的な保護を整備すべく政策上の議論を進めています。
具体的には、「雇用類似の働き方に係る論点整理等に関する検討会」において、保護対象者の範囲、要件、保護内容について議論されています。政策の内容や法改正への影響については、現時点で定まっているものではありませんが、少なくとも、従来の「労働者」とは別の概念として「雇用類似就業者」という新しいカテゴリを設け、発注者から「不本意な契約を受け入れざるを得ない状態」を強いられているギグワーカーについて、発注者に何等かの義務を課す形で救済する方向性となっています。

 

4) 発注者やプラットフォーム事業者への影響


ギグワーカーの救済手段については、前述の検討会にて様々な類型や課題が洗い出され、業界団体へのヒアリングなども実施されているところですが、おおよその方向性として、ギグワーカーへの発注者である「委託者」にあたる立場の事業者に対して、以下の義務を課すことが示されています。
・募集条件の明示
・契約条件の明示
・報酬の確実な支払
・労働環境(安全衛生・労災等)の整備
また、苦情、ハラスメント相談窓口の設置、紛争解決制度、スキルアップ支援といった補完的な行政観点の支援も併せて検討されています。
留意点として、これらの義務が課されることとなりそうな「委託者」とは、仕事の発注者(ギグワーカーにとっての納品先・サービス提供先)だけでなく、ワーカーと発注者を仲介する立場に過ぎなかったオンラインのプラットフォーム事業者まで指すケースも今後は生じうる、ということになります。特に、オンラインで単発業務のマッチングができるプラットフォームにおいては、発注者が個人であるケースも多く、個人ベースのやり取りにおいては上記のような手当が十分に実現されないことや、プラットフォームを用いて発注者が発注するにあたり、事実上発注仕様をプラットフォーム事業者が指定し発注形態に大きく関与している場合が問題視されています。上記のようなケースが認められる場合には、プラットフォーム事業者に対しても、「委託者」に準じる形で義務が課される流れとなる可能性が高いと思われます。

 

5) カリフォルニアの判例


ギグワーカーの保護を巡る先行事例として、UberとLyftのドライバー保護に関する事例をご紹介します。カリフォルニアでは、2020年1月1日に、独立ワーカーを保護するAssembly Bill 5(通称AB5)という法案(※1)が成立しました。この法案は、労働法制上の保護を受けられないギグワーカーを、プラットフォーム事業者の従業員として扱うなどによって保護することを目的としています。2020年8月9日には、州高等裁判所がUberとLyftに対して「ドライバーをただちに労働法の保護を受けられる労働者として扱うことを命令することを求める申立て(2020年5月に行われたCA州司法長官による申立て)」を認める仮処分を下しました。この仮処分については、その後UberとLyftからの異議申立てが認められたことにより期限が延長され(仮処分の発効期限がごく短期であったため、その間にUberとLyftが全てのドライバーを雇用することはビジネス上困難であり、もしこの仮処分が発効すればいずれも事業を即時に停止するとCEOがコメントしたことにより、カリフォルニアの独立ドライバーの生活がいきなり危機に晒されるリスクが生じました。この状況を踏まえ、裁判所も期限延長に応じることとなったようです。)、いまだ発効に至ってはいません。今後は、11月のCA州民投票により「ギグワーカーを独立した請負業者として分類する法案(※2)」が可決されるか否かによって、これらの仮処分の行方やUber,Lyftの今後の事業戦略に影響を与えそうです。

※1
AB5は、2018年4月20日にDynamex Operations Westとロサンゼルス最高裁判所で争われた基準を体系化したものです。この裁判では、独立したワーカーと言えるためにはどのような要件を満たす必要があるのか、という点が争われ、以下の要件(通称ABCテスト)のいずれも満たす場合のみを自営業者として認めるという基準が示されました。AB5にも同じ基準が採用されています。
A: The worker is free from the control and direction of the hiring entity in connection with the performance of the work, both under the contract for the performance of the work and in fact; (契約及び実態において業務履行に関して使用者の指揮監督下にないこと)
B: The worker performs work that is outside the usual course of the hiring entity’s business; and(使用者の通常の事業の範囲外の業務を遂行すること、及び)
C: The worker is customarily engaged in an independently established trade, occupation, or business of the same nature as that involved in the work performed.(使用者のために実施した業務と同じ性質の業務を独立した取引、職能、事業として普段から継続して実施していること)
【参考情報】
・CA州ホームページhttps://www.dir.ca.gov/dlse/faq_independentcontractor.htm
・ケース情報:Dynamex Operations v. Superior Court 2018, 4 Cal. 5th 903 (Case No.S222732)

※2
Prop 22と言われ、食事のデリバリーをするワーカーやドライバーをAB5法の適用対象から除外することを定める法案です。
【参考記事】
https://www.businessinsider.com/what-is-proposition-22-california-gig-workers-uber-lyft-2020-8

 

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本コラムは著者の経験にもとづく私見を含むものです。本コラム内容を業務判断のために使用し発生する一切の損害等については責任を追いかねます。事業課題をご検討の際は、自己責任の下、業務内容に則して適宜弁護士のアドバイスを仰ぐなどしてご対応下さい。

 

【筆者プロフィール】
高橋 ケン


慶應義塾大学卒。


大手メーカー法務部にて国際法務(日英契約業務を中心に、ビジネス構築、社内教育、組織再編、訴訟予防等)、外資系金融機関にて法人部門の企画・コンプライアンス・webマーケティング推進業務を経験。現在、大手ウェブ広告企業の法務担当者として、データビジネス最前線に携わる。


企業の内側で法務に携わることの付加価値とは何か?を常に問い続け、「評論家ぶらない」→「ビジネスの当事者になる」→「本当に役に立つ」法務担当者の姿を体現することを目指す。


シンプルに考えることが得意。


 

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