Q&Aで学ぶ英文契約書の基礎 第47回 - 責任制限条項(1):米国法上の損害賠償原則
2021/11/04   契約法務, 海外法務

 

今回と次回で、保証条項と同様に契約交渉事項となることが多い(損害賠償)責任制限(Limitation of Liability)条項に関し解説していきます。最初の今回は米国法上の損害賠償概念に関し解説し、次回以降で具体的な責任制限条項の例を挙げ解説します。[1]

米国法を取り上げるのは、米国流の契約が国際契約において事実上の標準となっており、責任制限条項の背景に米国法があるからです。

【目  次】


(各箇所をクリックすると該当箇所にジャンプします)


Q1: 米国法上の契約違反による損害賠償の基本的考え方は?


Q2: ハドレィ・ルールとは?


Q3: ハドレィ・ルール/通常・直接・特別・派生・結果・間接・付随損害/UCCの関係は?


Q4: 米国法上の損害賠償算定例は?


Q5: 逸失利益(loss of profit)=特別損害・派生(結果)損害・間接損害?


Q6: 米国法の損害賠償原則=日本の民法上の原則?


 

Q1: 米国法上の契約違反による損害賠償の基本的考え方は?


A1: 以下の通りです。

(1) 損害賠償の原則 [2]

米国契約法上、契約の一方当事者(以下「債務者」という)が契約に違反した場合に相手方当事者(以下「債権者」という)になされるべき損害賠償は、以下の利益の内、[期待利益の補償を原則としつつ個別事情に応じ適切と認められる]いずれかの利益の補償となります(リステイトメント[3]§344)。

(a)「期待利益」(expectation interest):債務が契約通り履行されたと仮定した場合に債権者が得たであろう利益の補償[日本法でいう「履行利益」の賠償]。(例)UCC 2-714(2)(保証違反の場合の損害賠償額):[商品が保証した通りであったと仮定した場合の価値]-[実際に引渡された商品の価値](第39回Q5【損害賠償請求】(2)参照)。

(b)「信頼利益」(reliance interest): 契約が締結されなかったと仮定した状態に債権者を復すための補償(例:債権者が契約履行を信頼して自己の債務の履行またはその準備のため支出した費用/他の取引機会の喪失)。

(c)「現状回復利益」(restitution interest):債権者が債務者に与えた利益(例:支払い済代金/提供済みサービス)の回復(返還)

 

(2) 損害賠償請求の条件[4]

 債権者が債務者に損害賠償請求するには、以下の全ての要件が満たされなければなりません。

①損害の確実性(certainty):合理的に見て賠償請求する損害に確実性があること(仮定的・不確かな(speculative)損害でないこと)(特に逸失利益の額に関し問題となることが多い)(リステイトメント§352[5])。

②損害の回避不能性(unavoidability):合理的に見て債権者がその損害を回避できなかったこと。すなわち、合理的にみて債権者が回避できた損害は賠償請求できない(リステイトメント§350[6], UCC 2-715(2)(a))。

③損害の予見可能性(foreseeability):賠償請求する損害が契約締結時点で予見可能(foreseeable)であったこと(リステイトメント§351[7])。

なお、日本の(改正)民法上は、「債務の不履行が...債務者の責めに帰することができない事由によるものである」場合、債権者は損害賠償請求できないとされています(415(1)但書)。しかし、米国法上、契約責任は無過失責任(厳格責任)とされ[8]、このような免責条件はありません

 

Q2: ハドレィ・ルールとは?


A2: 上記Q1③の「損害の予見可能性」の原則(Doctrine of Foreseeability)の起源となった、19世紀英国のハドレィ事件判決[9]で示された損害賠償範囲に関するルールで、米国法にも引き継がれています。

 【ハドレィ事件判決の要旨】


(1) 事件概要

 原告(債権者)は、壊れた製粉機のクランク・シャフトを他の場所で修理してもらうため、被告である運送会社(債務者)に運送を依頼したが、その運送が約束より遅れたため原告製粉工場の操業停止期間が延びたと主張しその間の逸失利益(工場操業利益)の賠償を求めた。

 

(2) 判示:損害賠償範囲の原則(ハドレィ・ルール)

 契約の一方当事者(債務者)が契約に違反した場合、相手方(債権者)に賠償すべき損害は以下の通りである。

①公正かつ合理的に見て、当該契約違反自体から、自然に(naturally)、すなわち、事物の通常の過程に従い(according to the usual course of things)生じたと考えられる損害言い換えれば、合理的に見て、契約締結時に当該違反の蓋然的結果(the probable result)として両当事者が予期し[リスクを引受けた[10]]範囲内の(in the contemplation of)損害

但し、契約締結時において特別事情(special circumstances)が債権者から債務者に告げられ、両当事者がその特別事情を認識した場合には、合理的に見て、当該違反の結果として生じかつ両当事者が予期した(contemplate)と認められる損害(当該特別事情のもとで当該契約違反から通常生じる(ordinarily follow)損害)も賠償の対象となる。

しかし、特別事情が債務者に全く認識されていない(unknown)場合、債務者が賠償すべき損害は、当該当事者の予期の範囲内で一般的(generally)で特別事情がない大多数の(in the great multitude of)ケースにおいて当該違反から生じる損害[上記①の損害]だけである。何故なら、その特別事情が認識されていれば、両当事者は、その場合における損害賠償に関し特別な定め(special terms)[例:損害賠償の制限]をしたかもしれないからである。

 

(3)判示:上記原則の本件への当てはめ

 契約(運送依頼)時点で債権者が債務者に伝えた事情は、運送物が製粉工場の壊れたシャフトであることと、債権者が製粉工場を経営する製粉業者であることだけだった。しかし、これだけでは、運送遅延により工場の操業利益が失われることにはならない。何故なら、[一般的に言えば、]工場に予備シャフトがあってそれを使えるかもしれないし、また、債権者は壊れたシャフトを[修理依頼のためではなく]その製造者に送り返したいだけだったかもしれない。更に、工場の他の機械の故障により同じ結果になったかもしれない。

本件では運送遅延が工場の利益喪失の原因となったことは確か[自然的因果関係あり]だが、大多数のケースではそうはならない。また、本件では運送遅延により利益喪失が生じるという特別事情は債務者に伝えられていない。

従って、当該利益喪失が、両当事者が契約締結時点で合理的に予期できた契約違反の結果と認めることはできない。

 

Q3: ハドレィ・ルール/通常・直接・特別・派生・結果・間接・付随損害/UCCの関係は?


A3:以下の通りです。[11]

 

(a) 通常損害・直接損害(general damage, direct damage)

 現在では、上記(2)-①の損害は general damage”(一般に「通常損害」と訳される)と呼ばれています。

通常損害は、違反自体から自然に(naturally)生じるので当然予見可能とされます。

通常損害の額は、一般的に、契約上合意された利益(履行利益)と債権者が現実に受けた利益との差額です。

UCC上は、「当該契約違反により生じた損害として、事物の通常の過程で(in the ordinary course of events)当該違反により生じる損害として合理的な方法で算定される損害」とされています(UCC 2-714(1))(第39回Q5【損害賠償請求】(1)参照)。

この“general damage”(「通常損害」)は“direct damage”(「直接損害」)とも呼ばれています。

 

(b) 特別損害・派生(結果)損害・間接損害(special damage, consequential damage, indirect damage)

 現在では、上記(2)-②の損害は、“special damage”(一般的に「特別損害」と訳される)と呼ばれています。

債権者は、契約締結時に債務者が特別事情を認識し特別損害を予見可能であったことを立証しなければなりません。

UCC上は、「売主が契約時点で知り得べき(had reason to know)特別の要求・ニーズ(particular requirements and needs)に起因する損害であって、買主が代替品調達その他によっては合理的に見て回避することができなった損害」が、“consequential damage”(一般的に「派生損害」または「結果損害」と訳される)として賠償請求可能とされています(2-715(2)(a))。

この“consequential damage”(派生損害・結果損害)は“special damage”(特別損害)と同義です。

UCC上は、更に、特に保証違反に関し、特別の事情から生じた,通常損害と異なる額の損害が賠償請求可能とされています(2-714(2)反対解釈)。

英文契約の実務上は、責任制限(Limitation of Liability)条項で頻繁に登場する“indirect damage”(間接損害)も“special damage”(特別損害) と同義です。

 

(c) 付随損害(incidental damages)

 上記の他、UCC上、買主が適法に受入拒絶した商品の検査・受領・輸送・保管に要した合理的な費用/買主が代替品調達に要した商業上合理的な費用/その他[売主の]遅延その他当該契約違反に付随して(incident to)[買主に]生じた費用が“incidental damages”(一般的に「付随的損害」と訳される)として賠償請求可能とされています(2-715)。

ハドレィ・ルール上、損害賠償範囲の原則は上記(a),(b)の通りですから、“incidental damages”は通常損害または特別損害のいずれかに該当する(またはその中間の)損害であって、当該契約違反のより直接的な結果(例:商品が不適合のため無駄になったことによる損害/代替品購入費用)ではないもののその結果に「付随」して債権者に生じた費用(例:無駄になった商品の検査費用/代替品調達交渉に要した交通費)と思われます。

 

(d) 講学上の用語と英文契約上の用語

 講学上は“general damage”と“special damage”の用語が一般的のようです[12]。しかし、筆者の経験上、実際の英文契約(責任制限条項)では、“general damage”はほとんど見たことがなく、direct damage,” “consequential damage,” “indirect damage”が多く使われ、時々“special damage”も見かけるという印象です。

 

Q4: 米国法上の損害賠償算定例は?


A4: 以下に示します。

 

(1) リステイトメント§ 347(履行利益の一般的計算):①[債務が履行された場合の債権者にとっての債務の価値について,契約違反により生じた価値喪失]+②[当該違反から生じた付随・派生損害(incidental or consequential loss)その他損害]③[債権者が自己の債務履行が不要となったことにより回避できた費用・損失]

(2) UCC上、買主は、商品受入(acceptance)後、商品不適合を発見した場合、自ら代替品を調達することができかつ損害賠償請求も可能とされています(2-608, 2-711, 2-712(1))が、その場合の損害賠償の範囲は以下の通りとされています(2-712(2))。

①[代替品調達価格]-[当該商品の契約上の価格]+②[2-715に定める付随的損害・派生損害]-③[売主の契約違反の結果回避できた費用]

 

Q5: 逸失利益(loss of profit)=特別損害・派生(結果)損害・間接損害?


A5: そうとは限りません。

 

確かに、逸失利益は特別損害・派生(結果)損害・間接損害の問題として議論されることが多いのですが、常にそうであるとは限りません。例えば、債権者が常時一定の商品を仕入れそれを転売して利益を得る商人であり、債務者がその商品の供給者でその転売を従来から認識している場合、債務者による商品引渡義務違反から生じた債権者の転売利益の逸失は(その損害額が争われるとしても)、その種取引において、当該違反自体から、自然に(naturally)、すなわち、事物の通常の過程に従い(according to the usual course of things)生じたと考えられ、通常損害・直接損害として賠償対象となると考えられます。

これが、英文契約の実務上、ほぼ全ての責任制限(Limitation of Liability)条項で、“special damage,” “consequential damage,” “indirect damage”の排除とは別に”loss of profit”(逸失利益)が排除されている理由と思われます。

 

Q6: 米国法の損害賠償原則=日本の民法上の原則?


A6: 米国法および日本の民法(416)上の損害賠償、いずれの原則も、その起源はハドレィ・ルールであり[13]、賠償範囲は通常損害と予見すべきであった特別損害です。しかし、両者には以下のような違いがあります[14]

 

 

米国法(ハドレィ・ルール)


 

民法416条(判例・多数説)


 

(参考)CISG[15]74条


 

予見の主体

 

債務者だけでなく両当事者


 

債務者のみ


 

債務者


 

予見の時期

 

契約締結時


 

債務不履行時


 

契約締結時


 

予見の対象

 

損 害

 

特別事情

 

損 害


 

なお、米国法の予見の主体・時期・対象が上記の通りであるのは、以下の理由によると思われます。

(理由)米国法上、契約は、両当事者の意思の合致だけでなく相互に約因(相手方の約束または履行(作為・不作為))が交換取引(bargain)されなければ成立しません(リステイトメント1, 17,71)。そして、この交換取引の対象には、損害賠償責任を含め、両当事者間のリスクの負担(引受け)も含まれる[16]

従って、米国法上、契約違反により債務者が負うべき損害賠償の範囲は、契約締結時に当該違反の蓋然的結果として両当事者が予期しリスクを引受けた範囲内の損害となる。

 

今回はここまです。

「Q&Aで学ぶ英文契約の基礎」シリーズ一覧


 

[17]                 

【注】

[1] 【本稿の主な参考資料】

(1) 樋口 範雄 「アメリカ契約法第2版 [アメリカ法ベーシックス] 」 2008/5/9, 弘文堂(「樋口契約法」)

(2) 宮崎淳「英国契約法における損害賠償の範囲画定基準について」1994.02, 創価法学(「宮崎」)

(3) Michael L. Pillion, Benjamin Klaber “Contract Corner: Limitations of Liability—Damages” March 12, 2015, Morgan, Lewis & Bockius LLP.(「Michael他」)

(4) 樋口 範雄「アメリカ不法行為法 第2版 (アメリカ法ベーシックス 8) 」2014/10/14, 弘文堂(「樋口不法行為法」)

(5) Glenn West "Do You Really Know What “Consequential Damages” Means?" May 19, 2020, JD Supra, LLC(「Glenn」)

[2] 【米国契約法上の損害賠償の原則】  (参考) 「樋口契約法」p 63-76

[3] 【リステイトメント】 Restatement (Second) of Contracts of 1981(契約法第2次リステイトメント)。“Restatement”は、米国における契約に関するコモンロー(判例法)の現状を分析し、おおよその共通事項を裁判官・代理人弁護士等に知らせることを目的として法典の形にして注釈をつけたものである。次の参考資料に契約法第2次リステイトメントの条文の一部が掲載されている。The Northwestern School of Law of Lewis & Clark Law School Professor Douglas "Contracts I Outline: Fall Semester 2017". 本稿(注を含む)中のリステイトメント(およびUCC)の訳・解釈は筆者によるものである。

[4]損害賠償請求の条件】 (参考) 「樋口契約法」 p 305-316

[5] 【リステイトメント§352(損害賠償の制限としての不確実性)】 合理的な確実性(reasonable certainty)をもって証明できる額を超える損害については賠償請求できない。

[6] 【リステイトメント§350(損害賠償の制限としての回避可能性)】

(1).(2)に定める場合を除き、被害当事者(injured party)が不当なリスク・負担・屈辱感を受けることなく回避できたであろう損失は賠償請求できない。

(2). 被害当事者は、損失を回避するために合理的な努力をしたがそれが不成功に終わった場合には、その努力の限度内で賠償請求を妨げられない。

[7] 【リステイトメント§351(予見不能性およびそれに関する損害賠償に関する制限)】

(1).違反当事者(the party in breach)が契約締結時点で違反から生じる蓋然性がある(probable)結果として予見(foresee)する理由(reason)がなかった損失は賠償請求できない。

(2).以下いずれかの違反から生じた損失は、違反の蓋然性ある損害として予見可能である。

(a)事物の通常の過程で生じた(in the ordinary course of events)損失。

(b)事物の通常の過程を超えるが、違反当事者が知る理由があった特別事情の結果として生じた損失。

(3).裁判所は、当該事情のもとで不相当な補償(disproportionate compensation)を避けるために必要と判断した場合、逸失利益(loss of profit)の賠償の除外、信頼利益のみの賠償その他の方法により、予見可能な損失(foreseeable loss)の賠償を制限することができる。

[8] 【米国法上の契約責任=無過失責任(厳格責任)】 「樋口契約法」 p 67, 222

[9] 【ハドレィ事件判決】 Hadley v Baxendale 9 Exch. 341, 156 Eng. Rep.145.(Court of Exchequer, 1854) 判決文

(参考) (1) 「樋口契約法」 p 290-295, (2)「宮崎」 p 4-9

[10] 【“in the contemplation of”の意味 】 「樋口契約法」 p 313-316:『ハドレィ・ルールは一般に予見可能性ルールとよばれてきたが、誤解を招く可能性がある。むしろ、当事者が考えていた範囲(within the contemplation of parties)の賠償に限定されるという意味で、「当事者の勘案ルール」とでもよぶのがふさわしい。.....飛行場までタクシーに乗った客が、予定の飛行機に乗り遅れると100万ドルの取引を失う...場合に、一般に運転手がそのようなリスクまで引受けて客を乗せるわけはない.......賠償の範囲は、当事者が[単に]予見可能だった範囲に限られるのではなく、当事者が予めそのリスクを引受けていた範囲に限られる』。

[11]通常損害(general damage)=直接損害(direct damage)/特別損害(special damage)=派生・結果損害(consequential damage)=間接損害(indirect damage)】 「樋口」p 292では、ハドレィ事件判決の損害は、一般に、通常損害(general damage)、特別損害(special damage)と呼ばれるとする。一方、「Glenn」では、同じハドレィ事件判決の損害に関し、“The first limb (a) become known as “direct” or “general” damages, and the second limb (b) became known as “special” or “consequential” damages...”とする。更に、「Michael他」は“Direct damages, also called “general damages”.... Consequential damages are also commonly referred to as “indirect damages” because they arise indirectly from a breach...”とする。従って、上記の通りの関係と考えられる。

通常損害(general damage)と直接損害(direct damage)が同義と理解されている理由には、以下(1),(2)のように、ハドレィ事件判決で通常損害を示す“the damages.... arising naturally, i.e., according to the usual course of things, from such breach of contract itself...”の“naturally”が“directly”と同義的または交換可能なものとして使われていることもあると思われる。

(1) Sullivan v. O'CONNOR, 363 Mass. 579 (1973), 296 N.E.2d 183判決(損害賠償に関する著名な米判決の一つ):(裁判官から陪審員への説示)“..she[原告] could recover the damages flowing directly, naturally, proximately, and foreseeably from the defendant's breach of promise.”

(2) 英国商品売買法(Sale of Goods Act (1893)) 第51条(引渡し不履行による損害)(2) “The measure of damages is the estimated loss directly and naturally resulting, in the ordinary course of events, from the seller's breach of contract.”

なお、UCCは、英国商品売買法をモデルに制定された1906年統一売買法(Uniform Sales Act)をベースに修正を加えたものである。

【“direct damage(直接損害)”の“direct(直接)”の意味】 「樋口不法行為法」(p 130,156-166)によれば、ある者の過失からある損害が生じた場合、不法行為法上、その者に当該損害に対する賠償責任を負わせるには、その過失と損害の間に事実的因果関係(actual causation, cause in fact)だけでなく法政策的な判断として法的因果関係(legal causation, proximate cause)がなければならない。そして、この法的因果関係を画する基準としては、現在は、損害がその過失により生ずることが一般に予見可能であり、かつ、同様の状況におかれた通常人なら回避・軽減すべきリスク(損害)であること(言い換えればそのリスクをとることが不合理であること)とする「予見可能テスト(またはリスクの範囲テスト)」が通説である。しかし、かつては、「直接結果テスト(direct cause test)」、すなわち、過失と損害の間に、独立の原因が介在し損害との直接性が切断されるか否かの基準によっていたとする。従って、この「直接結果テスト(direct cause test)」における“direct(直接)”とは、過失と損害との間に他の独立の原因が介在していないことを意味する。

このことから推察すると、“direct damage(直接損害)”とは、かつては、過失または契約違反から、他の独立の原因の介在なく、直接生じた損害を意味していたが、現在では、上記の通り、“general damage(通常損害)と同じ意味を有することになったということではないか。

【日本法上の「直接損害」/「間接損害」】 日本では「直接損害」・「間接損害」という用語は法令上用いられていないと思われる。講学上は、会社法および不法行為に関連して「直接損害」・「間接損害」という用語が用いられることもあるようである。しかし、これら講学上の用語の「直接」・「間接」は、加害者から見て損害を蒙った者が加害の直接の相手方か否かという主体的関係を表すために用いられており、上記のように、過失または契約違反と損害の因果関係について用いられているわけではない。(参考)齊藤雅俊『「直接損害」の謎に迫る』 2017年10月17日。

従って、日本の契約書でしばしば見かける「....直接損害に限り損害賠償できる」との規定は(英文契約からヒントを得たものであろうが)その意味が明確でないように思われる。「...契約違反から直接生じた損害...」なら、上記と同様介在原因がないという意味のようにも思われるが、そうだとしても、それが日本法上如何なる意義を有するのかはなお明確ではないように思われる。もし、逸失利益等を確実に排除したいのであれば、そのことを明示するしかないのではないか。

[12] 【講学上の用語としての“general damage”/”special damage”】 例えば、「樋口契約法」(p 292)ではハドレィ事件判決の説明で「通常損害(general damages)」、「特別損害(special damages)」の用語を用いている。

[13]【民法416条の起源】 「宮崎」(p. 2,3)は、日本の民法第416条は、民法立法過程での法典調査会における穂積陳重委員の陳述からハドレィ事件判決に由来することが明らかだが、判例・通説は、同条に、ドイツ法の相当因果関係説を接合したものとする。

[14] 米国法の損害賠償原則と日本の民法上の原則】  (参考)(1)「宮崎」p 26, (2) 法務省「民法(債権関係)部会資料5-2 民法(債権関係)の改正に関する検討事項(1) 詳細版」 p 41

[15]【CISG】 「国際物品売買契約に関する国際連合条約」(外務省の和訳), “United Nations Convention on Contracts for the International Sale of Goods”(英文(正文の一つ)テキスト).  (参考) 田中恒好, Adam NEWHOUSE 「日本法と米国法の観点からのウィーン売買条約(CISG)(その5・完)」 立命館法學 2013(1) p.404-411, 425-429

[16] 【契約・約因・リスク負担】 (リステイトメント1)契約とは....約束であって、その違反に対し法が救済を与えまたは...その履行を義務として認めるものをいう。(リステイトメント17(1)).....契約の成立には、交換(exchange)と約因(consideration)への相互同意がなされる交換取引(bargain)がなければならない。(リステイトメント71)約因が成立するには、履行(作為/不作為/法律関係の形成・変更・解消)または反対約束が交換取引(bargain)されなければならない。このように、米国契約法が約因の交換取引を伴う約束のみを契約として法的に保護する理由は、それによる財の交換取引の促進が資本主義経済上必要有益だからと思われる。そして、契約が交換取引である以上、その交換の対象には、経済的利益のみならずその取引履行に伴う損害賠償その他のリスクも当然含まれると解される。(以上参考)「樋口契約法」 p 16-21, 82,83, 216~.

[17]

==========


【免責条項】


本コラムは筆者の経験にもとづく私見を含むものです。本コラムに関連し発生し得る一切の損害等について当社および筆者は責任を負いません。実際の業務においては、自己責任の下、必要に応じ適宜弁護士のアドバイスを仰ぐなどしてご対応ください。

(*) このシリーズでは、読者の皆さんの疑問・質問等も反映しながら解説して行こうと考えています。もし、そのような疑問・質問がありましたら、以下のメールアドレスまでお寄せ下さい。全て反映することを保証することはできませんが、筆者の知識と能力の範囲内で可能な限り反映しようと思います。

review「AT」theunilaw.com(「AT」の部分をアットマークに置き換えてください。)


 
 

【筆者プロフィール】


浅井 敏雄 (あさい としお)


企業法務関連の研究を行うUniLaw企業法務研究所代表/一般社団法人GBL研究所理事


1978年東北大学法学部卒業。1978年から2017年8月まで企業法務に従事。法務・知的財産部門の責任者を米系・日本・仏系の三社で歴任。1998年弁理士試験合格(現在は非登録)。2003年Temple University Law School (東京校) Certificate of American Law Study取得。GBL研究所理事、国際取引法学会会員、IAPP (International Association of Privacy Professionals) 会員、CIPP/E (Certified Information Privacy Professional/Europe)

【発表論文・書籍一覧】


https://www.theunilaw2.com/


 

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