Q&Aで学ぶ英文契約の基礎(17) -  完全合意・契約変更条項
2021/10/21   契約法務, 海外法務

この「Q&Aで学ぶ英文契約の基礎」第17回では、完全合意条項(Entire Agreement Clause)と契約変更条項(以下「完全合意条項」と総称)について解説します。[1]

 

Q1: 完全合意条項、契約変更条項とはどのようなものですか?


A1:  以下に例文を示します。
 

This Agreement (including the Exhibits constituting a part of this Agreement) and any other writing signed by the Parties that specifically references this Agreement constitute the entire agreement between the Parties with respect to the subject matter hereof and supersede all prior agreements, understandings and negotiations, both written and oral, between the Parties with respect to the subject matter hereof.


本契約(本契約の一部をなす添付別紙を含む)および特に本契約に言及し両当事者により署名された書面は、両当事者間の本契約に定める事項に関する全ての合意であり、書面または口頭を問わず、本契約に定める事項に関し両当事者間でなされた本契約以前の合意、了解事項および交渉事項に優先するものとする。


No modification of this Agreement shall be binding unless executed in writing by both Parties.


本契約のいかなる変更も、両当事者が書面した書面によらない限り、拘束力がないものとする。


【規定の趣旨】

この条項は、英米法(コモン・ロー)上のParol Evidence Rule(口頭証拠排除の原則)に基づいています。コモン・ロー上も、我が国の法律と同様、契約は一部の例外を除いて書面による必要はなく口頭によっても成立します。しかし、当事者が最終的かつ完全な契約書を作成した場合、口頭証拠排除原則によれば、当該契約書の内容と矛盾しまたはその内容を変更するような他の証拠(例えば口頭による別の合意)は裁判所で考慮されません

一方、我が国の法律上はこのような原則はないので、契約書以外の証拠により契約書の意味がそこに書かれている以外の意味に解釈されることがあり得ます。しかし、それでは、契約書解釈の予測可能性が損なわれます。

そこで、英文契約書では、英米法を準拠法にする場合のみならず、英米法以外の法律を準拠法とする場合もほとんどの契約書にこのような条項が含まれています。

【規定の説明】

①:この部分は、単純に"This Agreement"とされることも多いです。ここでは、(a) 念のために別紙も本契約に含まれること、および、(b)本契約と同時に特定の事項に関し付属契約・関連契約が別途締結されていることを前提としてそれらも"entire agreement"を構成することを明記しています。この(b)がない場合は単純に"This Agreement"として問題ありません。

②:この部分は"the entire and complete agreement"とされる場合もあります。どちらの表現も、本契約書が(本契約対象事項に関する)当事者間の最終的な合意でありかつ全ての合意を規定したものであることを意味しています。

③:この部分は"the entire agreement"が本契約の全ての主題(subject matter)、すなわち規定対象事項に関するものであることを意味しています。例えば、両当事者間に別の種類の取引があるのに、ここを"all matters between the Parties"等としてしまうと思わぬ結果となってしまいます。

④:この部分は、単に"the entire agreement"と言うだけでなく、その具体的意味として、本契約以前の合意等に優先し、とって代わるものであることを明記しています。英米法系の弁護士等には不要かもしれませんが、大陸法系の人または法務関係者以外には、この部分があった方が分かり易く疑問が生じません。

⑤:本契約が"the entire agreement"であるとして、本契約締結後、その内容変更はどうすればよいのか。ここでは、書面による合意が必要で口頭等による変更は無効であることを明示しています。この部分は完全合意の部分と別条項とすることもありますが、両者は論理的につながり易いので通常両方併せて規定します。"by both Parties"の部分は、より具体的に"by the authorized representatives of both Parties"とすることも多いです。

 

Q2: 完全合意条項にはどのようなメリットがあるのですか?


A2:  次のようなメリットがあります。

(1) 契約書の証拠としての機能および紛争予防機能を強化すること

特に国際取引では、最終的な契約書締結に至るまで、いく度もの交渉がしかも長期になされることがあります。もし、完全合意条項(以下「本条項」という)がなければ、契約後紛争が起き裁判等になった場合には、両当事者が交渉上のことであっても自社に有利であればこれを主張しまたは証拠として提出する可能性があります。この場合、相手方では担当者が退職しており反論材料も見つからないというようなことさえしばしば起こります。これは、契約書の基本的機能である証拠としての機能および紛争予防機能を損ねるものです。

反対に本条項があれば、契約書外の証拠を排除し(裁判で採用されない)、交渉経緯等をめぐる紛争を予防することができます。特に交渉経緯等が契約解釈に影響を及ぼし得る場合は重要です。

(2) 契約書の合意形成・確認機能を強化すること

本条項を設けた場合、契約書外の証拠は原則として排除される[2]ので、いきおい、両当事者とも、その取引の条件を必要かつ十分に規定しようとします。このことは、両当事者間の必要な合意形成とその確認を促進し、結果として、取引と合意解釈の予測可能性を高めます。

上記(1)、(2)は、文化的背景や考え方が異なる外国企業が相手の国際取引では、契約書に書かれた文言だけが頼りになることも多いので、特に重要になります。

 

Q3:完全合意条項は、日本法を準拠法とした場合でも有効なのですか?


A3: はい、次の通り有効とした判決があります[3]

【東京地裁 平成7(1995)年12月13日判決、判タ938号160頁】

(事件の概要)英文株式売買契約書。準拠法は日本法。買主が、契約書に記載されていない買戻契約が成立していたと主張。以下の和訳の条項あり。

 

「本契約の用語は本契約の目的物に関する当事者の最終的な表現であり、以前又は同時のその他のいずれの契約を証拠として、これを否認してはならないと意図する。当事者はさらに、本契約はその用語の完全かつ排他的陳述を構成するものであること、及び本契約に取り入れられているすべての司法上、行政上又はその他の法的手続において、いかなる外部の証拠を導入してはならないことを意図する。」


(判示)
 

...... 右条項にその文言どおりの効力を認めるべきである。すなわち、本契約の解釈にあたっては、契約書以外の外部の証拠によって、各条項の意味内容を変更したり、補充したりすることはできず、専ら各条項の文言のみに基づいて当事者の意思を確定しなければならない。....


 

Q4:完全合意条項を規定する場合の注意点は何ですか?


A4:A1の【規定の説明】のドラフティング上の事項の他、その最終契約までになされた合意等で自社側として必要な事項は全てその契約に反映させなければなりません

【解  説】

完全合意条項により、最終契約までになされた全ての合意、提案、確認事項等(例:LOI、MOU、売主・請負人の提案書、品質・性能保証)が拘束力のないものとされます。従って、逆に言えば、これらの内、自社側として必要なものが全てその契約に反映されていることを確認し、もし反映されていない場合は再交渉して反映させなければなりません。国内の契約のように、途中で確認書を交換したからいいだろうというようなことは許されません。

 

Q5:完全合意条項は常に必要ですか?


A5:そうとは限りません。しかし、当事者が最終契約とするつもりの契約には事実上必須です。

【解  説】

例えば、最終(正式)契約に至る前の交渉段階における両当事者の意思を予備的に確認するためのLOIやMOU第5回で説明には、その性質上、完全合意条項はありません。この他、当然最終契約に規定されるべきだがまだ条件を詰めなければならない事項がある場合は、そのまま完全合意条項を入れてはなりません。

英文契約書では、その取引について盛り込むべき全ての合意を正式契約に反映し完全合意条項を置くことがスタンダードなプラクティスとなっているので、完全合意条項をあえて入れないで正式契約として締結するのはイレギュラーで、相手方も簡単には納得しないと思われます。

重要な点が未定なのになお正式契約として締結したい事情がある場合は、次善の策として、契約中にその事項について両者協議し別途定める旨の規定を入れた上で完全合意条項を置くしかありません。

 

「Q&Aで学ぶ英文契約の基礎」第17回はここまでです。次回は、契約譲渡制限条項(No Assignment)について解説します。

Q&Aで学ぶ英文契約の基礎」シリーズ一覧


                 .                  

【注       

[1] 【主な参考資料】 主に以下を参照した。

(a) 浜辺 陽一郎 「ロースクール実務家教授による英文国際取引契約書の書き方―世界に通用する契約書の分析と検討 第1巻(第3版」アイエルエス出版、2012年 p106~141

(b) 増田 史子「いわゆるボイラープレート("BP")条項の研究(第2回)完全合意条項」国際商事法務 Vol.47 No.4(2019) p.439-445

(c) 山本 孝夫「英文ビジネス契約書大辞典 〈増補改訂版〉」2014年 日本経済新聞出版社 p99~105

(d) 鈴木康之、小熊慎太郎「英文契約書における完全合意条項(Entire Agreement)の定め方」2019年年07月26日 Business Lawyers

(e) 山本 志織「法律事務所パラリーガルの英文契約書翻訳ノート」「第7回 英文契約書の分離可能性、完全合意、譲渡禁止」 2019年07月31日

(f) 近江法律事務所「完全合意条項」 H28.06

(g) UCC § 2−202  Final Written Expression, Parol or Extrinsic Evidence

[2] 【完全合意条項の外部証拠排除効】 但し、契約の曖昧な条項の意味を確定するため外部証拠を参照すること等は許される(増田 p440)。

[3] 【完全合意条項の日本法における有効性を認めた判例】 本文に記載した判決の他、東京地裁平成18年12月25日, 判例時報1964号106頁もある。

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【免責条項】 本コラムは筆者の経験にもとづく私見を含むものです。本コラムに関連し発生し得る一切の損害等について当社および筆者は責任を負いません。実際の業務においては、自己責任の下、必要に応じ適宜弁護士のアドバイスを仰ぐなどしてご対応ください。
(*) この「GDPR関連資格をとろう!Q&Aで学ぶGDPRとCookie規制」シリーズでは、読者の皆さんの疑問・質問等も反映しながら解説して行こうと考えています。もし、そのような疑問・質問がありましたら、以下のメールアドレスまでお寄せ下さい。全て反映することを保証することはできませんが、筆者の知識と能力の範囲内で可能な限り反映しようと思います。
review「AT」theunilaw.com(「AT」の部分をアットマークに置き換えてください。)

 

【筆者プロフィール】
浅井 敏雄 (あさい としお)
企業法務関連の研究を行うUniLaw企業法務研究所代表


1978年東北大学法学部卒業。1978年から2017年8月まで複数の日本企業および外資系企業で法務・知的財産部門の責任者またはスタッフとして企業法務に従事。1998年弁理士試験合格。2003年Temple University Law School (東京校) Certificate of American Law Study取得。GBL研究所理事、国際取引法学会会員、IAPP (International Association of Privacy Professionals) 会員、CIPP/E (Certified Information Privacy Professional/Europe)


【発表論文・書籍一覧】
https://www.theunilaw2.com/


 
 

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