出張費不正受給を理由とする解雇が無効に/懲戒解雇の要件について
2022/02/22   労務法務, 労働法全般

はじめに

 出張費の不正受給を理由に懲戒解雇されていた日本郵便の元社員の男性が解雇無効と未払い賃金分の支払いなどを求めていた訴訟で札幌高裁は解雇を無効とする判決を出していたことがわかりました。悪質性が顕著とは言えないとのことです。今回は懲戒解雇の要件について見直していきます。

 

事案の概要

 報道などによりますと、原告の男性は日本郵便の北海道支社で広域インストラクターとして勤務していたとされます。男性は2015~16年の間に100回以上にわたって、社用車で出張していたにもかかわらず、公共交通機関を利用したものと偽って出張費を請求し52万1400円を不正に受給していたとのことです。また私的に利用するためのクオカード分も宿泊費に上乗せしていたとされます。これにより男性は日本郵便から懲戒解雇とされました。男性は処分は相当性を欠いており無効であるとして地位確認と未払い賃金分約1800万円の支払いを求め提訴しておりました。なお不正受給した分については既に同社に返還済みとのことです。

 

懲戒解雇への規制

 解雇についてはこれまでも取り上げてきましたが、今回は懲戒解雇について見ていきます。懲戒解雇とは一般に会社秩序を乱す行為等を行った従業員を解雇する場合を言います。懲戒解雇の明確な要件や基準は法令では定まっておりませんが、他の解雇と同様に解雇権濫用の法理が適用されます。労働契約法16条では、「解雇は、客観的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして無効とする」としております。また懲戒処分の一種でもあることから15条も適用され、「当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして」判断されることとなります。また一般的にはどのような行為を行った場合に懲戒処分を受けるのか、懲戒事由について予め就業規則に明記しておくことが必要と言われております。どのような犯罪行為に対しどのような刑罰が適用されるのかを明示しておく罪刑法定主義に近い考え方と言えます。

 

懲戒解雇の手続きと有効性

 懲戒解雇するためには上記のように就業規則で定めておくことが必要ですが、それ以外にも一般に次のような手続きを踏む必要があると言われております。(1)まず問題行為を調査し懲戒事由に該当するかを調査します。(2)当該従業員に弁明の機会を与えます。(3)懲戒解雇通知書を作成し、当該従業員に懲戒解雇を伝えます。(4)社内で懲戒解雇の旨を発表し、(5)失業保険の手続きなどを行います。なお普通解雇と異なり労基署により解雇予告除外認定を受けた場合は30日前の予告や手当の支払いは不要となります。そして懲戒解雇事由となる例として、横領などの業務上の地位を利用した犯罪行為、重大な経歴詐称、長期間の無断欠勤、セクハラ・パワハラ行為、懲戒処分を受けても改善しないなどとされます。

 

懲戒解雇に関する裁判例

 懲戒解雇が有効と認められた例として、度重なる無断早退や会社機器の私的利用、上司への暴言を行った例(大阪地裁平成13年8月24日)、下請け業者から約1800万円にのぼるリベートを受け取っていた例(名古屋地裁平成15年9月30日)、職場のパソコンで出会い系サイトに大量のメールを発信していた例(福岡高裁平成17年9月14日)、勤務時間中に上司に無断でほぼ一日中職務を放棄していた例(東京地裁平成11年11月30日)などが挙げられます。一方で解雇が無効であるとされた例として、勤務中に株取引を行っていたものの注意を受けてから行わなくなった例(東京地裁平成15年9月19日)、パワハラ・セクハラを行っていたとされるものの、業務上の指導に含まれるものもあり反省を示していたとされた例(前橋地裁平成29年10月4日)、業務上のミスにつき反省の意思がないとして解雇されるも配置換えや適切な指導がなかったとされた例(大阪地裁平成8年9月2日)などが挙げられます。

 

コメント

 本件で原告の男性は1年半の間に100回におよぶ出張費の不正受給を行っていたとされます。しかし一方で受給した金銭は他の郵便局員との懇親会で使用されていたことや過去にも同様の事例が発生していたなど会社側も管理がずさんであったとされます。札幌高裁はこれらの点を踏まえて悪質性が顕著とはいえず懲戒権の濫用としました。以上のように懲戒解雇を行うには多くのハードルを超える必要があります。就業規則での定め方やその適用にあたっては公平で公正なものでなくてはならないとされており、また過去に遡って適用したり、関与していない従業員に連帯責任を負わせるといったことも合理性や相当性が否定されることとなります。重要員に規則違反行為などがあった場合には、感情的にならず冷静に調査の上、懲戒解雇だけでなく普通解雇の要件についても同時に検討し、手続きを履践していくことが重要と言えるでしょう。

 

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