さいたま地裁で「アドバンテスト」と従業員の男性が和解、持ち帰り残業の問題について
2025/11/20 労務法務, コンプライアンス, 労働法全般, メーカー

はじめに
半導体検査装置メーカー「アドバンテスト」(千代田区)に勤める40代男性が、労働時間として記録されなかった「持ち帰り残業」の残業代支給を求めていた訴訟で10月10日、さいたま地裁で和解が成立していたことがわかりました。解決金は400万円とのことです。今回は持ち帰り残業の問題について見ていきます。
事案の概要
報道などによりますと、アドバンテストでシステムエンジニア・製品開発エンジニアとして働いていた原告の男性は、2018年に持ち帰り残業による長時間労働が原因で精神疾患を発症し、10ヶ月間の休業を余儀なくされたとされます。
同社では当時厳しい残業規制があり、1月あたりの残業時間は「9時間まで」となっていたとのことです。しかし、男性が担当していたプロジェクトで大幅な遅延が発生しており、会社のPCを自宅に持ち帰っての残業で遅れを取り戻そうとしていたといいます。
男性の精神疾患発症時からさかのぼって半年間の残業時間は、ほぼ毎月100時間を超えており、多い月では200時間を超えていたようです。
男性は持ち帰り残業による未払い賃金の支払いを求め、さいたま地裁に提訴していました。
労働基準法の残業規制
労働基準法では、労働者の労働時間が厳格に規制されており、原則として1日8時間、週に40時間を上限としています。これを超えるには労使間で協定を締結して所轄の労働基準監督署に届け出る必要があります(36条)。これを一般にサブロク協定と呼びます。
サブロク協定を締結していれば従業員に残業をさせることができますが、これも無制限というわけではありません。2019年4月から施行された改正労基法では時間外労働に上限が設けられています。
労基法の上限では、原則として月45時間、年360時間となっています。臨時的な特別事情がない場合はこの上限を超えることができません。
臨時的な特別事情がある場合でも制限があり、年720時間、時間外労働と休日労働の合計が月100時間未満、また、2~6ヶ月平均のいずれの月でも1月あたり80時間以内でなければならず、時間外労働が月45時間を超えるのは年6ヶ月までとされています。
過労死ラインとは
過労死等防止対策推進法2条によりますと、過労死とは業務における過重な負荷による脳血管疾患もしくは心臓疾患を原因とする死亡、または業務における強い心理的負荷による精神障がいを原因とする自殺を指すとされています。
そして、厚生労働省の過労死による労災認定基準では、発症前1ヶ月間の時間外労働がおおむね100時間を超える場合、または発症前2~6ヶ月間における1ヶ月あたりの時間外労働がおおむね80時間を超える場合に、過労死ラインを超えたと判断されます。
この過労死ラインを超えている場合は、労災認定される可能性が高いと言えます。ただし、労災認定の際にはこれ以外にも、勤務時間の不規則性、出張を伴う業務、心理的・身体的負荷、作業環境などが総合的に考慮されます。そのため、過労死ラインを超えていない場合でも労災認定される可能性はあります。
持ち帰り残業の問題点
近年、労基法の改正や労働環境改善の流れを受けて、多くの企業が残業削減のため社内ルールの整備を進めています。しかし、会社での労働時間が短縮されても、業務量が減らなければ、労働者が自宅に仕事を持ち帰る事態になりかねません。
では、このような持ち帰り残業は、労働法上問題はないのでしょうか。持ち帰り残業が実質的に「労働時間」に該当する場合、労働基準法上の規制や残業代支払い義務の対象となることになります。
労働時間とは一般的に「使用者の指揮命令下に置かれている時間」を指し、その判断には使用者の関与の有無や業務性の程度などが基準とされます。使用者が当該業務を実質的に強いていたかどうか、進捗管理や時間的拘束の程度などから労働時間と判断される可能性があるのです。
最近の裁判例でも、会社での業務が終わらないため、自宅で業務を行ったケースにおいて、それが労働時間に該当すると認められた例があります(東京地裁令和2年3月25日)。
コメント
本件では、原告の男性が精神疾患を発症する前の6ヶ月間において、1月あたりの時間外労働はほぼすべて100時間前後、最も多い月では200時間を超えており、過労死ラインを大幅に上回っていました。しかし、これらは自宅で行っていた業務であるため、立証が困難であり、労基署による労災認定はされなかったとされています。男性はPCのログや作業履歴などをもとに地道な立証活動を行い、最終的に会社との和解に至ったようです。
このように、持ち帰り残業であっても実態として時間外労働と認定されることがあり、労基法の規制、労災認定、残業代支払いといった問題に発展することがあるといえます。
近年の厳格な労働時間規制は、労働者のライフワークバランスを改善することを目的としています。企業が残業時間を制限する際には、それに見合った業務量の調整も行うことが求められるでしょう。
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