行政裁量と司法審査の限界とは?―大阪市納骨堂訴訟に見る裁量権の判断基準
2025/05/07   行政対応, 行政法

はじめに

 大阪市淀川区の住宅街に建てられたビル型納骨堂に対し、近隣住民が市に経営許可処分の取り消しを求めた訴訟の差し戻し審で大阪地裁が先月25日、住民側の請求を棄却していたことがわかりました。裁量権の逸脱・濫用はないとのことです。今回は行政裁量について見直していきます。

 

訴訟の概要:住民の主張と裁判の経緯

 報道などによりますと、大阪市は2017年、大阪府門真市の宗教法人に納骨堂の経営許可を出し、同宗教法人は19年にビル型納骨堂を建設したとされます。
市は許可にあたり「300メートル以内の学校、病院、人家がないこと」「あったとしても付近の生活環境を著しく損なう恐れがなないこと」などの審査基準を設けていたとされ、住民側は300メートル以内に人家があると主張していたとのことです。

なお本訴訟では許可の適法性以前に住民に原告適格が認められるのかが争われ、最高裁がそれを認め地裁に審理を差し戻しておりました。

 

行政裁量とは何か:要件裁量と効果裁量の違い

 行政裁量とは、行政機関が法律に基づいて職務を遂行する際に、ある程度自由な判断や選択が許されている範囲や余地を言います。

本来行政には法律による行政の原理が働き、行政機関が行うすべての行為は法律の定めに則って行われることが望ましいとされます。しかし行政活動全てでそのように法律で定めてしまうと硬直化し、柔軟な対応ができなくなります。また全てにおいて法律等で予め定めておくことも現実性がありません。そこである程度は現場の判断に任せるべく、法律が緩やかに規定されている場合があります。それが行政裁量です。

そしてその行政裁量には要件裁量と効果裁量があります。要件裁量とは、法律の要件に該当するかどうかについての裁量を言い、効果裁量は法律の要件に該当していることを前提として、それに対する法律効果についての裁量を言います。たとえば公務員に懲戒処分をする際に、そもそも懲戒処分ができるのかという段階と、できるとしてどのような処分をするかといった段階に分けられるといった具合です。

 

自由裁量と覊束裁量:行政判断の幅と限界

 行政機関に裁量が認められる場合でも、その裁量はさらに自由裁量と覊束裁量に分けられると言われております。自由裁量は便宜裁量とも呼ばれ、行政機関に非常に広い判断の幅が認められている場合を言います。

たとえば法令に「公益上必要なとき」といった判断基準が曖昧で抽象的な場合や、「~することができる」などといった文言がある場合が典型例と言えます。一方で覊束裁量とは、法律が予定している基準がある裁量とされ、行政機関には一応の判断の余地はあるものの、条件を満たした場合は対応せざるを得ないような裁量を言います。この場合は判断基準が具体的で明確なものとなっており、行政機関の判断の余地が非常狭いと言えます。建築基準法に基づく建築許可などが典型例と言われております。

行政裁量は行政機関にどのような裁量を与えているのかによって、その処分に対する裁判所の判断・関与も異なってくると言えます。

 

司法審査の範囲:裁量の逸脱・濫用をどう判断するか

 それでは行政機関に裁量が認められる場合、裁判所はどのように判断するのでしょうか。行政事件訴訟法30条によりますと、「行政庁の裁量処分については、裁量権の範囲をこえ又はその濫用があった場合に限り、裁判所は、その処分を取り消すことができる」としております。

行政機関に裁量が認められる場合は、原則として行政機関の専門技術的判断や政策的判断などを尊重すべきであり、裁判所が事後的に行政機関に代わって判断し直すといったことはできないとされます。また行政機関にどの程度の裁量が認められているかによっても裁判所の審査の厳格さが変わってくると言えます。

判例でも、行政機関に広範な裁量権が認められている場合は、行政機関の判断の基礎に重要な事実誤認があるなど判断がまったく事実の基礎を欠くか、事実に対する評価が明白に合理性を欠くなど社会通念上、著しく妥当性を欠くことが明らかであるといった場合に裁量権の逸脱・濫用として違法となるとしております(最判昭和53年10月4日)。

 

コメント

 本件で大阪地裁は、納骨堂の経営許可は市の広範な裁量に委ねられており、市の判断が社会通念に照らして著しく妥当性を欠く場合に限り違法となるとした上で、市の判断に裁量権の逸脱、濫用があるとは認められないとしました。周辺住民の生活環境を著しく損なう恐れがないとした市の判断は事実誤認などはなく著しく妥当性を欠くものではないと判断されたものと考えられます。

以上のように行政関連の訴訟は行政にどの程度の裁量が認められるのかや、そもそも原告に提訴する権利が認められるのかといった問題があり、いずれも非常に複雑な判断を要します。また本件でも周辺住民の原告適格が認められるかという争点について最高裁まで行った後に一審大阪地裁まで差し戻されており、行政訴訟は相当な時間を要します。

行政による許可等が必要な事業を行う際にはこれらも踏まえて入念な準備をしておくことが重要と言えるでしょう。

 

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