長時間労働で自殺の医師に労災認定、自己啓発と労働時間について
2023/08/21   労務法務, 労働法全般, 医療・医薬品

はじめに

 神戸市の病院に務めていた26歳の男性医師が2022年に自殺した問題で労基署は長時間労働による精神障害が原因だったとして労災認定していたことがわかりました。1ヶ月の時間外労働時間は207時間に及んでいたとのことです。今回は自己啓発や自己研鑽と労働時間について見ていきます。

 

事案の概要

 報道などによりますと、神戸市の「甲南医療センター」(東灘区)で医師として勤務していた高島さん(当時26)は2022年5月に神戸市内の自宅で自殺しているのが見つかったとされます。高島さんは2019年から研修医として勤務し、2022年4月から消化器内科で診療おこなっていましたが、第三者委員会の調査では死亡する1ヶ月前の時間外労働は207時間、直前3ヶ月平均でも165時間に上っていたとのことです。これに対し病院側は、医師には自己研鑽の時間も含まれており、タイムカードの打刻の時間が全て労働時間ではなく、労働と自己研鑽の境は極めて難しいとしております。

 

労働法と労働時間

 労基法では1日の労働時間を8時間、週40時間とし(32条)、これを超えて時間外労働をさせるには会社と労組で協定を締結して労基署に届け出る必要があるとしております(36条)。また時間外労働には割増賃金が発生するなど(37条1項)、労働法令では労働時間に該当するか否かが非常に重要となってきます。また休憩時間が労働に該当するかなど、実際の紛争でも労働時間該当性は争点になることが多いと言えます。それではどのような場合に労働時間に該当すると言えるのでしょうか。労働法実務では労働時間とは、「使用者の指揮命令下に置かれている時間を言い、使用者の明示または黙示の指示により労働者が業務に従事する時間は労働時間に当たる」とされます。

 

労働時間に関するガイドライン

 上記のように労働時間とは使用者の指揮命令下に置かれている時間を言いますが、厚労省のガイドラインでは、使用者の指示により業務に必要な準備行為や業務に関連した後始末を事業場内で行った時間も労働時間として扱わなければならないとしております。使用者の指示があった場合には即時に業務に従事することを求められており、労働から離れることが保証されていない状態での待機、参加することが業務上義務づけられている研修・教育訓練の受講、使用者の指示により業務に必要な学習等を行っていた時間も同様とされております。またこれら以外でも使用者の指揮命令下に置かれていると評価できる場合も労働時間として取り扱うとされております。なお指揮命令下に置かれている否かについては、客観的に見て労働者の行為が使用者から義務付けられ、または余儀なくされていた等の状況の有無等から個別具体的に判断されます。

 

医師の研鑽についての取扱い

 高い職業倫理と一人ひとりの患者に常に最善を尽くすことが求められる医師の自己研鑽については労働時間該当性についての基準や共通認識がない現状を鑑み、厚労省から「医師の研鑽の類型と労働時間の基本的な考え方(案)」が示されております。新治療法や新薬についての勉強は診療の準備行為や後処理として行う場合は労働時間に該当し、自由意思に基づいて業務上必要がなく、上司の指示なく行う場合は該当しないとされます。自ら行う手術や処置等についての予習や振り返りも同様とされます。学会や院内勉強会への参加も同様に自由意思に基づき業務上必要ない行為を所定時間外に上司の指示なく行う場合は該当しないとされます。その他臨床研究に関する診療データの整理、症例報告の作成、論文執筆、大学院の受験勉強についても同様とされます。

 

コメント

 本件で病院側は、医師は本人の自主性の中で自己研鑽あるいは発展を目指すという職業的特徴があるとし、労働か自己研鑽かの境は極めて難しいとしております。しかし西宮労基署は長時間労働によるうつ病が原因であると認定しました。上記のように業務上の必要性や上司の指示もなく、自由意思に基づいての研鑽であれば業務に該当しない可能性は高いと言えますが、本件では業務上必要な業務、または黙示的な指示など従事を余儀なくされた業務と判断されたのではないかと考えられます。以上のように労働時間に該当するかは労働契約や就業規則の規定のしかたではなく、会社の指揮監督下に置かれているかで決まります。自己研鑽や自己啓発であっても、それが本人の自由意思に基づいたものと客観的に認められない場合は労働時間と判断される可能性があります。従業員に資格の取得や研修の参加を推奨している場合は実質労働となっていないかを見直しておくことが重要と言えるでしょう。

 

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