軽井沢バス事故で有罪判決、業務上過失致死傷の要件について
2023/06/12   コンプライアンス, 刑事法

はじめに

 長野県軽井沢町で2016年1月に発生したスキーバス転落事故をめぐり業務上過失致死傷罪に問われた運行会社社長らの判決公判で長野地裁は8日、実刑判決を出していたことがわかりました。結果予見は可能であったとのことです。今回は業務上過失致死傷について見直していきます。

 

事案の概要

 報道などによりますと、2016年1月、軽井沢町で「イーエスピー」(東京)のスキーツアーバスがカーブを曲がりきれず道路脇のガードレールを乗り越え、横転しながら転落したとされます。この事故で運転手含め15人が死亡、26人が負傷したとのことです。現場付近の監視カメラでは制限速度時速50kmのところ、100km前後で走っていたと見られブレーキランプもほぼ点灯したままの状態であったとされ、運転手は大型バスの運転に不慣れでブレーキ操作を適格に行えていなかったと見られております。同社運行管理担当であった元社員荒井強被告(54)と同社社長の高橋美作被告(61)は業務上過失致死傷の罪で起訴されておりました。

 

業務上過失致死傷罪とは

 刑法211条によりますと、「業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、5年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金に処する。重大な過失により人を死傷させた者も、同様とする。」とされております。業務上の過失によって人を死傷させた場合の規定です。これに対し通常の過失傷害罪は30万円以下の罰金または科料、過失致死罪は50万円以下の罰金と「業務」性の有無で法定刑が大幅に加重されております(209条、210条)。業務従事者には通常よりも重い注意義務が課されているということです。なお以前は交通事故による死傷についても本条が適用されておりましたが、2007年に「自動車運転過失致死傷罪」(211条の2)が新設され、7年以下の懲役若しくは禁錮または100万円以下の罰金に加重され、その後2014年に自動車運転死傷行為処罰法が施行されてからはそちらに移管されております。

 

業務上過失致死傷罪の要件

 業務上過失致死傷罪の「業務」とは、人が社会生活上の地位に基づき反復・継続しておこなう行為であり、他人の生命・身体に危害を加えるおそれがあるものを言うとされます(最判昭和33年4月18日)。そして「必要な注意を怠り」とは「過失」を意味し、過失とは一定の業務に従事する者に要求される注意義務を怠ることを言うとされます。さらにこの注意義務とは結果予見義務と結果回避義務を言うとされております。結果の予見可能性を前提とした結果を予見する義務と、回避可能性を前提とした結果回避義務に違反して死傷の結果を生じさせてしまうことが過失に該当するということです。この注意義務はその業務に従事する通常の水準にある者の能力を基準とし、それぞれの具体的状況に即して決まると言われております。

 

会社の責任等

 会社の従業員が業務上の注意義務を怠って死傷結果を生じさせた場合、会社はどのような責任を負うのでしょうか。上記のように業務上過失致死傷罪は、死傷させた「者」と規定されており、この「者」は自然人を意味し、法人は含まれないと考えられております。そのため法人としての会社自体は業務上過失致死傷罪に問われることはないとされます。しかし別途、労働安全衛生法による罰則を受ける可能性はあると言えます。労働安全衛生法は事業者に対し、労働者の危険又は健康障害を防止するための措置を講じる義務を課しております(20条~25条)。これに違反した場合は6ヶ月以下の懲役または50万円以下の罰金が科される可能性があります。またそれらとは別に民事上の責任が生じることもあると言えます(民法709条、715条、労働契約法5条等)。

 

コメント

 本件で検察側は運行管理担当社員について、事業の収益拡大を優先して運転者教育を行わないなどずさんな運行管理を改めず、運行管理者としての責務を果たしていなかったとし、また社長についても、同社員に運行管理を任せ、責任感が欠如しており、ずさんな運行管理であることを認識しながら適切な指導を行わなかったと指摘しておりました。長野地裁は、結果を予見することはできたとした上で、収益を優先し輸送の安全確保を軽視し続けた結果であるとし高橋被告に禁錮3年、荒井被告に禁錮4年を言い渡しました。バス事業者としての結果予見義務と回避義務を怠ったと判断されたものと言えます。以上のように業務上過失致死傷罪はその事業者としての結果予見と回避義務を怠った場合に適用されます。従業員の運行管理や教育、安全配慮に不備はないか、今一度確認しなおしておくことが重要と言えるでしょう。

 

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