ピーチ機内、マスク拒否男性に有罪判決/カスタマーハラスメント対応について
2022/12/19   コンプライアンス, 刑事法

はじめに


大阪地方裁判所は12月14日、航空機内でマスク着用を拒否し、傷害や威力業務妨害などの罪に問われていた都内の元大学非常勤職員の男に対し、懲役2年、執行猶予4年の判決を言い渡しました。

男は、格安航空会社ピーチ・アビエーションの運行する機内で、新型コロナウイルス感染対策で要請していたマスクの着用を拒否し、客室乗務員にけがを負わせたほか、機体を臨時着陸させて運航を妨げたとされています。

今回、大阪地裁は、男が機内で大声を上げるなどした行為が「航空法上の安全阻害行為」に当たるとして威力業務妨害罪の成立を認めました。その一方で、「暴行の程度は大きくない」として、乗務員に対する傷害罪の成立は否定し、暴行罪にとどまるとしています。

 

事件後にも別の店で迷惑行為


報道などによりますと、男はピーチの機内でマスク着用を拒否していたところ、近くの乗客から「気持ち悪い」「一緒に乗れない」といった言葉を言われ、憤怒。トラブルを受けて、CAからマスクの着用か席移動を求めれましたが従わなかったということです。

その後、CAが機長名で安全阻害行為の命令書を渡そうとした際には、「やれるならやってみろ」と煽りたて、CAの腕をはらいのけるなどしたとされています。当該航空機は当初、釧路発関西空港行きでしたが、トラブルのため新潟空港に臨時着陸しています。

男は公判の中で、「マスクの着用は民間信仰から始まり、政府がお墨付きを与えたことで、いわば”国教”になった」「マスクを着用していないとまさに非国民とされ、人権を与えられないかのようになりました」「私は無罪です。無実です。2020年にピーチ機内でマスクをつけなかったことを大変誇りに思います。」と主張していたということです。

男はこのピーチ機内の事案以外にも、マスクをめぐるトラブルを起こしています。

このピーチ事件の翌年、千葉県館山市の飲食店を訪れた男は店の従業員から「マスクをして下さい」とマスクを手渡された際、「オレはマスクをしねえ」と、その場に投げ捨てたとされています。さらに男は「早く天丼を出せ、出せ、出せ」と怒鳴りながら、顔を女性の顔の至近距離まで近づけたといいます。

女性は後ろに下がろうとした際に、転倒。経営者が退店を求めると、「客に対して何言うとんや、ボケ」と発言。仲裁に入った男性と揉み合いになり、店の壁に穴を開けています。

その後、男は駆け付けた警察官を殴ったとして、公務執行妨害罪で逮捕・起訴されています。

 

カスタマーハラスメントとは


今回のピーチの事例に限らず、顧客や取引先からの暴力や悪質なクレーム等の著しい迷惑行為、いわゆるカスタマーハラスメントの被害が問題化しています。

カスタマーハラスメントとして認められるケースとしては、企業の提供するサービスなどに落ち度がない時や、顧客からの要求がサービス内容などとは関連していない場合です。またどんな要求であっても、従う必要のないものとして「身体的・精神的な攻撃」「土下座」「不退去や居座り」「威圧的な言動」「性的な言動」などが挙げられます。

具体的な事例としては、今回のピーチでは、マスクの着用拒否が問題となりましたが、ある企業では、マスクを着用していない他の客に過度な注意をした客がいたり、執拗に換気や消毒を求められたケースもあったということです。

それ以外でも、店で大声を出すこと、複数部署にまたがり複数回問い合わせをすること、入手困難な商品の過剰要求、ネット上に従業員の名前を出した投稿をするなど、さまざまな事例が挙げられます。

厚生労働省がまとめたデータによりますと、カスタマーハラスメントを経験した企業を業種別にみると、旅行や映画館、フィットネスジムや家事代行といった「生活関連サービス業、娯楽業」が25.1%と最も高く、次いで「電気・ガス・熱供給・水道業」は23.3%、「不動産業、物品賃貸業」22.6%、「卸売業、小売業」21.9%と続きました。

厚労省 令和2年度 厚生労働省委託事業 職場のハラスメントに関する実態調査 報告書

 

企業方針を明確に


カスタマーハラスメントの判断基準は、業種や各企業の文化・哲学等により異なります。

ただ、どの企業においても活用できる基準として、(1)要求内容に妥当性があるか、(2)その要求を実現するに当たっての態度や手段が社会通念に照らして相当な範囲内であるかどうかという2点を挙げられます。

これら2点をベースとして、企業としてカスタマーハラスメントの判断基準を明らかにし、カスタマーハラスメント発生時の考え方や対応を統一化しておく必要があります。

その上で、従業員からの相談窓口の設置、カスタマーハラスメントに遭遇した際の対応・手段の整理、カスタマーハラスメントへの対応策の研修などを実施することが有効とされています。

なお、カスタマーハラスメントを受けた従業員に対して雇用主が適切な対応を行わない場合、雇用主側が損害賠償責任を負う可能性があります。

甲府市の公立小学校の教諭が、家庭訪問時に児童宅の飼い犬に足を噛まれ、加療2週間の怪我を負った事案では、教諭が児童宅側の治療費の支払いの申出を固辞したものの、同席していた教諭の妻が「そうは言っても補償はありますよね?」と発言、これを脅迫と感じた児童の母は、恐怖から寝込んでしまったといいます。これに対し、児童側の父と祖父が学校を訪れ「地域の人に教師が損害賠償を求めるとは何事か」と非難。「強い言葉を娘(児童の母)に言ったことを謝ってほしい」などとして謝罪を求めていました。

教諭は校長からも促され、その場で謝罪、さらに校長は、「翌日に本件児童宅を訪問し、児童の母に謝罪するよう」指示したとされています。

教諭は、校長からのパワハラが原因でうつ病を罹患し休業することになったとして、市や県に対して損害賠償請求訴訟を提起しました。判決では、

・教諭が、犬唆み事故に関しては、過失のない全くの被害者であること
・教諭が、本件犬の占有者・管理者である児童の保護者に損害賠償を求めることは、権利の行使として何ら非難されるべきことではないこと
・校長自身が、犬唆み事故は公務災害には該当しないと認識していた中で、児童の保護者への損害賠償請求を批判することは、泣き寝入りの強要であり明らかに不当であること

などと指摘。校長の指導・指示は、「職務上の優位性を背景に、職務上の指導等として社会通念上許容される範囲を逸脱し、多大な精神的苦痛を与えたものといわざるを得ない」として、県と市の損害賠償責任を認めました。

【参考リンク】
甲府市職員措置請求に係る監査結果

 

コメント


いざカスタマーハラスメントに直面した場合、相手の勢いに押され、「その場さえ収まればそれでよい」と、近視眼的な判断を下してしまいがちです。その結果、“話の通じにくいカスタマー”ではなく、“話の通じる自社の従業員”に犠牲になってもらう(悪者になってもらう)という対応に逃げたくなるのも人間心理だと思います。

しかし、上述のように、従業員を適切に守らない場合、雇用主側が損害賠償責任を問われるリスクがあります。さらに、そこまでの事態に至らない場合でも、従業員の心身の不調による休業、士気の低下による退職者の続出などのおそれもあります。

SNS等の発達で、カスタマー側が、こちらの対応の様子を動画撮影しアップロードしたり、文字情報で拡散したりといったケースも増えて来ています。それだけ、カスタマーへの対応はデリケートなものとなって来ていると言えます。

カスタマーハラスメントへの対応指針を丁寧に整理しつつ、カスタマーハラスメントに対応する従業員へのケアについても十分な配慮を行うことが大切です。

 

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