尼崎市、市民46万人の個人情報入りUSBメモリーの紛失に関し調査報告書を公表
2022/12/02 契約法務, 民法・商法, 下請法, 個人情報保護法

はじめに
兵庫県尼崎市は11月28日、今年6月に業務委託先の会社関係者が市民約46万人の個人情報入りのUSBメモリーを紛失した件に関する調査報告書を公表しました。報告書では、受託側が、業務委託契約に盛り込まれていた、無断再委託等の禁止・セキュリティ対策基準のクリア・USBメモリの運搬等に関するルールを認識していたにも関わらず、実際には遵守されていなかったことが指摘されています。
事案の概要
6月21日、尼崎市より住民税非課税世帯への臨時給付金事務を委託されたBIPROGY株式会社の関係社員が、コールセンターでデータ移管作業を行うために持ち出した尼崎市民約46万人の住民基本台帳データ等を保存したUSBメモリを紛失しました。USBメモリは6月24日に発見されたものの、紛失中に市民の個人情報が流出したのではと危惧されていました。
尼崎市は、7月1日に「尼崎市USBメモリー紛失事案調査委員会」を設置して以来、調査を進めて来ましたが、今回、個人情報漏洩は確認されなかったと発表しました。
尼崎市とBIPROGYとの業務委託契約の内容
調査報告書によると、尼崎市はBIPROGYとの業務委託契約で、以下の内容を合意していたといいます。
(1)第三者に再委託する際は、尼崎市の事前承認を要すること
(2)今回の取引における催告・請求・通知・報告・申出・届出・承認及び解除は、必ず書面にて行うこと
(3)再委託先となる予定の者に対し、契約で求められている水準の安全管理措置が講じられることを事前確認し、書面により尼崎市に提出すること
それにも関わらず、BIPROGYは、尼崎市の事前または事後の承認を得ることなく、別事業者に再委託または再々委託を行っていたとされています。そして、今回、USBメモリを紛失したのは、BIPROGYの再々委託先の従業員でした。
BIPROGYによる無断再委託・再々委託の実態
今回公表された調査報告書では、BIPROGYによる無断再委託・再々委託の実態について詳細に記されています。
・再委託先・再々委託先の従業員らに対し、自身がBIPROGYの従業員でないことを尼崎市に言わないよう口止め
・再委託先・再々委託先の従業員らにBIPROGYのメールアカウントを付与し、尼崎市職員とメールのやり取りに使用させる
・再委託先・再々委託先の従業員らに対し、メール文面上、BIPROGYの従業員であるかのように名乗らせる
こうしたカモフラージュにより、尼崎市職員は、無断で再委託・再々委託が行われていた事実を知らなかったとのことです。
業務委託契約のトラブルは少なくない
今回の尼崎市の事例に限らず、業務委託契約にまつわるトラブルは少なくありません。業務委託契約とは、本来は自分の会社で行う業務を他の会社に委託する際に締結する契約です。この業務委託契約には、“請負契約”と”委任契約”の2種類があり、指揮命令関係や報酬の発生の仕方が異なります。
○請負契約
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○委任契約
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労働者とみなされる場合には、以下のケースが考えられます。
• 勤務場所・時間が指定される
• 委託側が業務での指揮監督が強い
• 受託側の報酬額が一般従業員と同じ場合や、仕事の成果ではなく働いたこと自体に対しての場合、時間給・日給になっている場合
• 給与所得として源泉徴収されている
• 就業規則・服務規律の適用がされる
• 退職金制度、福利厚生制度が適用される
業務委託契約のトラブル類型
以下が業務委託契約でしばしば起こるトラブル類型になります。
・ 雇用と業務委託の線引きが曖昧となっての労務トラブル
・ 納品期日・検収期間の認識の違い
・ 解除条件を満たさない中での一方的な契約解除
・ 契約解除時の清算
・ 追加業務の発生時の報酬
・ 無断での再委託、再々委託
・ 社外秘情報の流出
・ 偽装請負:正社員を解雇し請負契約に切り替え、正社員と同じ労働条件を課すこと
・ 二重派遣:派遣労働者をまた別の場所へ再派遣すること
※偽装請負、二重派遣は労働者派遣法によって禁止されています。
契約を締結する上での注意点
業務委託契約におけるトラブルを回避するための注意点をみていきます。
・契約種類の明確化
業務内容や委託方法を契約書に細かく記載すること、契約に至るまでに受託者と認識を合わせ、話し合いをしていくことが重要です。その上で、契約内容に沿った運用が為されているかを、適宜確認する必要があります。特に、雇用との線引きを明確にすることが大切です。
・報酬額、支払いのタイミング
○請負契約の場合
成果物の納品後、何ヶ月後に支払いをするか。一括か、分割か、などの記載があると尚いいでしょう。仮に成果物が完成前に一部支払いをしている場合には、納品後に残額を払うなど明記する必要があります。
○委任契約の場合
取り決めた金額、支払い期日を明記しましょう。
・有効期間や解除、更新条項の設定
中途解約でのトラブルを避けるため、納期前や契約の途中で解約する場合のペナルティや条件を記載することが重要です。ただし、請負契約の場合に注意が必要です。契約書に特段記載がなければ、民法641条が適用され、委託者はいつでも契約解除可能です。しかしこの契約解除により受託者が被る損害賠償が発生することがあります。
コメント
近年はクラウドソーシングでの業務委託も増加し、企業が顔の見えない相手と仕事を進めるケースが増えて来ました。リモートワークの拡大で、この傾向はさらに加速すると見られています。それだけに、業務委託契約にまつわるトラブル事例は今後も増加すると予想されます。
尼崎市のケースでは、しっかりとリスクヘッジが為された適切な契約が結ばれていたようですが、それでも、トラブルを避けることはできませんでした。ある意味、契約法務のみでの予防の限界とも言えるかもしれません。特にセンシティブな情報を取り扱う取引の際は、信用できる取引先の選定、実効性のある情報管理体制の監査などを行う必要がありそうです。
【関連リンク】
尼崎市 USB メモリ―紛失事案に関する調査報告書
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