東京高裁が「いいね」に賠償命令、誹謗中傷規制強化の動き
2022/10/21 IT法務, コンプライアンス, 刑事法, プロバイダ責任制限法

はじめに
ツイッターで自身を中傷する投稿に「いいね」を押されたことにより侮辱されたとして、ジャーナリストの伊藤詩織さんが衆議院議員の杉田水脈氏に220万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審で20日、東京高裁は55万円の賠償命令を出しました。「いいね」に賠償命令が出たのは初とのことです。今回は誹謗中傷への規制強化の動きを見ていきます。
事案の概要
報道などによりますと、元TBS記者の男性から2015年4月に性暴力を受けたと訴えていた伊藤さんに対し、ツイッター上で「枕営業の失敗」などと中傷する匿名投稿がなされていたとされます。かねてより伊藤さんを批判していた杉田氏はこのツイッター上での中傷コメントに「いいね」を押したとのことです。伊藤さんは杉田氏に対し、220万円の損害賠償を求め東京地裁に提訴していました。一審東京地裁は、「いいね」は“称賛”から“悪くない”まで幅広い肯定感情を表すとして請求を棄却しましたが、伊藤さんは東京高裁に控訴し、今回の判決となりました。伊藤さんは、かねてより、誰かを傷つけてしまわないか、「いいね」押す前に考えてほしいと呼びかけていました。
名誉毀損と侮辱
近年ネット上で他人を誹謗・中傷するコメントが増えていますが、これらは場合によっては名誉毀損または侮辱に該当することがあります。名誉毀損とは、「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損」することを言います(刑法230条1項)。これに対し侮辱とは、「事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱」した場合を言うとされます(同231条)。「公然と」とは不特定多数の者が認識しうる状態を言います。ネット上に投稿することや多数の集まる所で発言することが該当します。少数であっても広まる可能性があれば該当します。「事実の摘示」とは、「○○さんは窃盗の前科がある」「○○さんは不倫をしている」などといった具体的事実を含めた内容を示すことを言います。内容の真否は問いません。そして「名誉を毀損」するとは、社会的評価を下げることを言います。これに対し侮辱の場合は、事実を摘示せずに、「バカ」「アホ」「デブ」といった発言・投稿を言います。これは刑事だけでなく、民事における不法行為にも該当することとなります。
侮辱罪の厳罰化
上記のように、名誉毀損と侮辱罪の違いは「事実の摘示」すなわち具体的事実を示すことの有無の違いと言えます。ネット上では事実の摘示が含まれたものだけでなく、含まれていない誹謗中傷も溢れており、同様に被害者を傷つけるものと言えます。しかし刑法上ではこの両者には法定刑の上でかなりの格差がありました。名誉毀損の場合は3年以下の懲役もしくは禁錮、または50万円以下の罰金とされています。それに対して侮辱罪の方は「拘留または科料」とされていました。これは30日未満の拘留または1万円未満の科料という意味です。名誉毀損に比べ、侮辱罪は軽すぎるとの声がありました。また近年のネットにおける誹謗中傷の多さ、それによる有名人の自殺事件などを受け、2022年7月7日から改正刑法が施行され、侮辱罪の法定刑が1年以下の懲役もしくは禁錮、または30万円以下の罰金に強化されています。
「いいね」の侮辱該当性
ツイッターなどのSNSや、ヤフーニュースのコメント欄などには、いわゆる「いいね」ボタンがついています。これはコメントに対して賛同する意思を表すものとされます。これに対して近年、自ら誹謗中傷や名誉毀損的な投稿をしなくても、それに賛同の意を表しているものであることから同じく侮辱や名誉毀損に該当しないかが問われています。実際の事例として、あるSNSに第三者が投稿した被害者を侮辱・脅迫し、名誉を毀損する内容の投稿の「いいね」ボタンを押したとして損害賠償請求がなされたものがあります。この事例で裁判所は、SNS上の「いいね」機能は、つぶやきなどの発言に対して賛同の意を示すものにとどまり、名誉毀損的発言と同視することはできず、「いいね」タグをクリックしたことをもって不法行為責任を負うものではないとし、損害賠償や削除を求める法的義務は認められないとしました(東京地裁平成26年3月20日)。このように原則として「いいね」をクリックしただけでは違法とは認められにくいということです。
コメント
本件で東京高裁は、積極的に名誉感情を害する意図で「いいね」を押しており、限度を超えた侮辱行為で不法行為に当たるとし、杉田氏に55万円の損害賠償を命じました。杉田氏はこれまでも原告側に批判的な言動を繰り返しており、何度も「いいね」を押すという行為を重く捉えられたものと言われています。他人の投稿に「いいね」を押す行為を違法とされたのは今回が初とされます。これによって誹謗中傷コメントに安易に「いいね」を押す行為に一定の抑制力が働くものと期待されます。以上のように近年ネットであふれる誹謗中傷や侮辱コメントについては規制強化の動きが強まっています。侮辱罪の厳罰化や、発信者情報の開示手続きの簡略化など法的対応がしやすくなっています。自社が被害を受けた際にどのようなことができるのかを予め確認しておくことが重要と言えるでしょう。
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