化粧を理由に乗務禁止は不当、判例から見る性同一性障害
2020/09/07   労務法務, 労働法全般, その他

はじめに

性同一性障害のタクシー運転手(60)が、化粧を理由に乗務を禁止されたのは不当であるとして、勤務先タクシー会社を相手取り賃金の支払い等を求めていた訴訟で、大阪地裁は月18万円の支払いを命じていたことがわかりました。性同一性障害であることは採用時に伝えられていたとのことです。今回は性同一性障害について見ていきます。

事案の概要

 読売新聞によりますと、2018年11月からタクシー会社「淀川交通」(大阪市淀川区)にタクシー乗務員として勤務する男性は2020年2月、化粧を理由に乗務から外されたとのことです。同運転手は戸籍上は男性ですが、自身が自認する性別は女性で、採用時に性同一性障害である旨は申告済みとされます。しかし面談した上司から「化粧はない」「治らんのでしょ。病気やねんから」などと言われ乗務禁止となりました。運転手は同年3月に賃金の支払いを求める仮処分を大阪地裁に申し立てました。会社側は男性が化粧をすると不快感を抱く乗客が多いとしています。

性同一性障害とは

 性同一性障害とは、生物学的な性別と自身が認識する自己の性別に不一致が生じる一種の医学的な疾患と言われております。生物学上および戸籍上は男性であるにもかかわらず、自認する性は女性で、男性の格好をして男性として生きていくことに重大な苦痛を伴う状態を言います。その逆も同様です。治療法は主に、①精神療法、②ホルモン療法、③外科治療があります。性同一性障害を有する人の社会的環境や心理的状況は容易なものではなく、就業に関しても相当な困難を伴うと言われております。

性同一性障害と法規制

 性同一性障害に関しては2003年7月に性同一性障害特例法が成立し翌年2004年7月16日に施行されております。同法によりますと、①20歳以上であること、②現に婚姻をしていないこと、③現に未成年の子がいないこと、④生殖腺がない又は永続的に機能を欠く状態であること等の要件のもとに家庭裁判所の審判で法律上の性別を変更することが認められております(3条1項)。また名前に関しても戸籍法の定めるところにより家庭裁判所の審判で変更が可能です(107条の2)。しかし労働関係に関する法規制は現時点では存在しません。しかし男女雇用機会均等法や厚労省の指針で同性や性同一性障害者に対してもセクハラの対象と扱われており、また労働契約法で職場環境配慮義務の適用を受けるとされております(3条4項)。

性同一性障害に関する裁判例

 性同一性障害に関する事例として次のようなものがあります。採用後に性同一性障害の診断を受け家裁の審判によって女性名に改名が認められた生物学上男性の従業員が、配転に際して女性の格好で勤務したいこと、女性トイレおよび女性更衣室を使用したいことを申し入れ、拒否された場合は配転も拒否するとし、会社側は配転命令違反、女装での出勤を禁止する業務命令に違反したことなどを理由に懲戒解雇した事例で裁判所は、性同一性障害の者の事情に鑑み、配転命令違反や服務命令違反は解雇に相当するほどの重大かつ悪質なものとは言えないとしました(東京地裁平成14年6月20日)。また経産省内で性同一性障害である職員が女性トイレの使用を認めるよう行政措置を要求したが拒否された事例で、裁判所は自己が自認する性別に即した生活を送ることは重要な法的利益であり国の配慮義務を認めたものもあります(東京地裁令和元年12月12日)。

コメント

 本件で大阪地裁は「性同一性障害の人にとって、外見を可能な限り女性に近づけるのは当然の欲求」とし「化粧で業務上の支障が生じると認める根拠もない」としてタクシー会社側に月18万円の支払いを命じました。近年裁判所では性同一性障害に理解を示す判決が多く出ており、たとえば女装して出勤することや女性トイレを使用することで生じる同僚従業員や取引先、顧客の感じる違和感や嫌悪感、トラブル発生の危惧といったことを理由とする処分一定の理解は示されるものの合理的根拠が薄いなどとして否定されることが多いと言えます。また裁判所では社内での講習や啓蒙活動による理解を促すことで徐々にそのようなトラブルも減少していくものと指摘しており企業側の対応を求めております。今後労働法分野での法整備も行われる可能性もあると言えます。社内に性同一性障害の従業員がいるいないにかかわらず、社内や取引先等の理解を深めていくことが重要と言えるでしょう。

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