公立学校の教員に対する変形労働時間制の導入について
2019/11/07 労務法務, 労働法全般

1.はじめに
10月18日、教職員給与特別措置法改正案は公立学校の教員に「変形労働時間制」を適用できるように閣議決定されました。
この変形労働時間制の導入の可否が検討されるに至った背景には、教員の長時間労働を原因とする過労死があります。文部科学省の2016年度の調査では、中学校教員の約6割、小学校教員の約3割の残業時間が「過労死ライン」(おおむね月80時間超)を超えていました。また、精神疾患を患う教師が増加していることも問題となっています。
2.変形労働時間制とは
原則として1日の労働時間は8時間、1週間の労働時間は40時間までであるとされています(労働基準法32条1項、2項)。使用者が、同条所定の時間を超えて労働者に労働させた場合には、時間外労働として割増賃金を支払わなければなりません(同37条、労働基準法施行規則19条)。
変形労働時間制とは労働時間が週40時間、1日8時間を超えても時間外労働としては扱われないという制度です(労働基準法32条の2~32条の5)。変形労働時間制には、1ヶ月単位の変形労働時間制(労働基準法32条の2)、1年単位の変形労働時間制(労働基準法32条の4)、1週間単位の変形労働時間制(労働基準法32条の5、労働基準法施行規則12条の5)があります。
3.1ヶ月単位の変形労働時間制について
1ヶ月単位の変形労働時間制を導入するためには、労使協定又は就業規則その他これに準ずるものによる定めが必要です。1ヶ月単位の変形労働時間制にあたっては、どの日又はどの週に法定労働時間を超える労働をさせるかを特定しなければなりません(労働基準法32条の2)。
4.1年単位の変形労働時間制について
対象期間における総労働時間を平均して1週間あたりの労働時間が1週40時間を超えない場合に、特定された週に1週40時間、または特定された日に1日8時間を超えて労働させることができます(労働基準法32条の4)。
5.変形労働時間制以外の法制
変形労働時間制以外にも、労働基準法では、労働時間規制を柔軟化するために、フレックスタイム制(労働基準法32条の3)、事業所定労働のみなし労働時間制(労働基準法38条の2)、裁量労働のみなし労働時間制(労働基準法38条の3、4)があります。
6.変形労働時間制導入の際の利点と問題点
変形労働時間制を導入した場合、メリットとしては勤務時間の調整ができることで業務にメリハリができ、業務の繁閑に合わせて労働時間を調整できること、その結果残業代の節約になることが挙げられます。これは公立教員にも同じことが言えるでしょう。
しかし、変形労働時間制には、労働時間の計算が複雑化するため、間違いが生じやすいというデメリットもあります。
7.公立教員に変形労働時間制を導入した場合
文部科学省によれば、8月などの夏期休業中の勤務時間を短くするかわりに、通常時の勤務時間を長くすることで、業務の繁閑に合わせて労働時間を調整することを目的として変形労働時間制の導入を検討しています。既に私立中学校などでは導入されているところもあります。
公立教員に変形労働時間制を導入するにあたって、教員からは、トータルでの労働時間は変わらないことから長時間労働を認めることになる、長期休みになる前に倒れる教員が増える、部活動・行事の準備・研修などもあるのに本当に夏休みを確保できるのか、介護や子育て中の教員は困るなどの意見が出ています。
※参照:変形労働時間制は給特法の改悪 現職教員が反対署名(教育新聞)
また、「まず今の制度がきちんと実施されるようにしてもらいたい、制度があっても機能していない実態をまず改善することが先ではないか。変形労働時間制の関係に限らず、育児・介護等の事情がある教職員への配慮について十分でない状況がある。」との意見も出ており、「変形労働時間制」という新たな制度を導入しても、従来の制度のように定着しないのでは結局絵に描いた餅になってしまうのではないかという懸念もあります。
さらに、「最も効果があり、現場が望んでいるのは教職員定数の改善であり、強く打ち出すべき。新学習指導要領において新たに業務を増やすのであればそれに見合っただけの人を配置することが必要。教職員定数の改善により、授業の持ち時間数を減らし授業準備等の時間を確保できるようにすべき。」との意見も出ており、教員の増員や事務職員・部活動の指導員など教員以外の人員を増やすことで教員一人あたりの勤務負担を軽減していくことが望まれます。
※参照:
「新しい時代の教育に向けた持続可能な学校指導・運営体制の構築のための学校におけ
る働き方改革に関する総合的な方策について(答申素案)」に関する意見募集の結果に
ついて(平成31年1月18日中央教育審議会初等中等教育分科会資料2-1)
8.コメント
教員の長時間労働が問題とされるなか、政府は働き方改革の目玉として教員の変形労働時間制の導入を掲げています。文部科学省は、学校における働き方改革の目的を「教師のこれまでの働き方を見直し、自らの授業を磨くとともに、日々の生活の質や教職人生を豊かにすることで、自らの人間性や創造性を高め、子供たちに対して効果的な教職活動を行うことができるようになること」としています。
※参照:
「学校における働き方改革の取組状況について文部科学省資料1」
新しい時代の教育に向けた持続可能な学校指導・運営体制の構築のための学校における働き方改革に関する総合的な方策について(答申)【概要】(平成31年1月25日中央教育審議会)
教員の長時間労働の改善は教員のワーク・ライフ・バランスを整えることになり、ひいては子どもたちに対する教育の質を高めることにもつながります。
働き方改革推進法により、民間企業では、勤務時間の上限を法定し、罰則によりこれを遵守される仕組みとなりました。今後、これまで以上に労働者の働き方について柔軟な選択肢が増えていくでしょう。そこで、民間企業についてもそれに向けた整備を行っていくことがのぞまれます。
一方で、教員についても働き方改革の一環として変形労働時間制の導入の可否が検討されています。しかし、まずは教員の業務量の絶対量を減らさなければ抜本的な改革にはならないのではないかと思われます。また、十分な検討がなされないまま変形労働時間制を導入しても、通常時の長時間勤務を容認することになり、かえって教員の長時間労働を招く結果となることも考えられます。
民間企業についても、変形労働時間制を導入する場合には、違法な長時間労働を助長することのないように注意する必要があります。
教職員給与特別措置法改正案は今後臨時国会で議論される見込みです。変形労働時間制の導入の可否については臨時国会での十分な審議が必要なようです。
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