東京高裁が労災受給者の解雇を認容、「打切補償」とは
2016/09/13   労務法務, 労働法全般, その他

はじめに

労災保険の休業補償受給者に一定の賃金分をまとめて支払うことによって解雇が可能かが争われた訴訟の差し戻し控訴審で12日、東京高裁は解雇が有効との判決を言い渡しました。業務に関連する疾病で休業中の従業員の解雇を可能にする打切補償、労災受給者にも当てはまるのかを見ていきます。

事件の概要

原告の男性は平成9年4月1日から専修大学の入試事務員として働いていました。男性は平成14年3月頃から肩こり等の症状を訴えるようになり、平成15年3月に頸肩腕症候群と診断され同年4月から欠勤を繰り返すようになり、平成18年1月から長期欠勤に入りました。労働基準監督署は平成19年11月に業務上の疾病に当たるものと認定し、療養補償給付、休業補償給付の支給を決定しました。平成21年1月、被告大学側は長期欠勤が3年を経過したが症状の改善は見られないとして2年間の休職とし、休職期間が経過した23年1月に男性に復職を求めたが男性は職場復帰の訓練要求しておりました。大学側は復職は不可能な状態であると判断して同年10月に平均賃金の1200日分に相当する約1600万円の打切補償を支払い解雇しました。男性は解雇を無効とし地位確認を求める訴えを起こしました。一審二審は解雇は無効と判断しました。

労基法上の解雇制限

労基法19条1項によりますと、「使用者は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後30日間は・・・解雇してはならない」としています。業務上の疾病による休業中の労働者の身分保障をすることによって安定した療養を確保することを目的としています。ここに言う「業務上」の「負傷」「疾病」とは労災保険法上の労災と同じものと解されており、業務との因果関係が認められる負傷、疾病とされております。労災の場合は労働基準監督署長による労災認定を受ける必要がありますが、労基法19条の場合には特にそのような必要はなく、原則的には各事業所の就業規則等に基いて休業することになります。労基署の判断を経ていないことから後に業務上の負傷、疾病であるかが争われ、解雇無効確認や賃金支払請求等の訴訟に発展することもあります。

打切補償

このように業務上の負傷、疾病者は休業中は解雇できませんが、「使用者が、第81条の規定によって打切補償を支払う場合・・・においては、この限りでない」(同但書)として例外的に解雇ができる旨規定されております。81条では「75条の規定によって補償を受ける労働者」が療養を開始後3年経過しても治らない場合に平均賃金の1200日分の打切補償を行うことによって以後補償を行わなくてもよいとしています。そして75条は使用者に業務上の負傷、疾病に対する療養費等の負担する責任を定めております。つまり業務上の疾病者の療養費を負担している場合に、療養開始から3年経過すれば打切補償することによって解雇することができるということです。ここで問題となるのが本件のように労災給付を受けている場合です。雇用者から直接療養給付を受けているのではなく労災保険法により国から労災給付を受けている場合に「75条の規定によって補償を受ける労働者」に該当するかが問題となります。75条は事業者に給付責任を負わせているので、国が支払っている場合は要件を満たさないのではないかということです。

コメント

一審二審は原告は雇用主ではなく国から労災給付を受けている者は75条によって補償を受ける労働者に該当しないとして解雇は無効としていました。労基法の規定が労災保険法による労災給付について何ら触れていないことから、労災給付を受ける者も含まれると解することは困難であるとしています。これに対して最高裁は一転、解雇を有効としました。最高裁によりますと、労災保険法は労働災害に関して雇用主が負担すべき災害補償義務を雇用主に代って国が負担することにより雇用主の負担を軽減し、労働者の迅速かつ公正な保護を目的としていることから、75条の負担を国が代わりに行っても「補償を受ける労働者」に該当するとしています。一審二審は条文の文言を忠実に解釈しようとしたものであり、最高裁は両制度の趣旨に遡って解釈したものと言えます。このように打切補償による解雇に関して、労働者が労災給付を受けている場合に可能なのかという点に関して答えが出たことになります。これまでは20年以上にも渡って解雇ができなかった事例も存在しておりました。今後は労災受給者であっても打切補償により解雇が可能となるため、長期療養中の従業員を抱えている場合には以上の要件を吟味して対応を検討することが重要と言えるでしょう。

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