【中国】商船三井の船を上海海事法院が差し押さえ、賠償未払を理由に
2014/04/21   海外法務, 海外進出, 外国法, その他

事案の概要

中国の上海海事法院(裁判所)は19日夜、商船三井の船を浙江省の港で差し押さえたことを発表した。これは1930年代の船の賃借をめぐる裁判において商船三井側に賠償命令がなされたのにも関わらず、支払いが行われなかったためとしている。中国側の報道によれば、1936年に中国の海運会社「中威汽船」が「大同海運」(現商船三井の前身の一つ)に対して1年間の期限で貨物船2隻を貸与する契約を結んだところ、当該船舶は日本軍に徴用された後、契約終了後も賃料未払のまま使用され44年までに沈没したとのことである。

戦時に生じた損害の個人に対する賠償について、連合国との関係においては1951年に日本が署名した「日本国との平和条約(サンフランシスコ平和条約)」第14条(b)より「戦争の遂行中に日本国及びその国民がとった行動から生じた連合国及びその国民の他の請求権」は在外資産処分等当該条約に別に定めがあるものを除いて放棄されているため解決済みとされる。ただし中華人民共和国はこの条約を批准しておらず、また「違法かつ無効」という見解も述べている。(注1)したがって中華人民共和国における賠償問題については1972年調印の「日本国政府と中華人民共和国政府の共同声明(日中共同声明)」を参照することになる。

日中共同声明第五条には「中華人民共和国政府は、中日両国国民の友好のために、日本国に対する戦争賠償の請求を放棄することを宣言する」とあり、個人請求権の放棄を明言している文言はない。しかし国内判例上(注2)では上記のサンフランシスコ平和条約の損害賠償請求権放棄の枠組みを「公表されている日中国交正常化交渉の公式記録や関係者の回顧録等に基づく考証を経て今日では公知の事実となっている交渉経緯等を踏まえて考えた場合」否定するものではないとして、個人請求権は放棄されたものとして解釈されている。

なお、本事案における船舶返還の不履行などの損害が戦時ではなく戦前に発生した、もしくは戦前に発生した部分もあると解釈される場合は上記請求権放棄とは別途問題となりうる。(戦前に既にあった権利から生ずる金銭債務はサンフランシスコ平和条約第18条(a)より「戦争状態の介在」が支払い義務に影響を及ぼさなかったものと解されるため)また、本事案は国内においては1974年に東京地裁で時効を理由に訴えを退けられている。

(注1)尖閣諸島問題に関連して中国外交部の洪磊報道官による発言(2013年5月30日の定例記者会見)
(注2)最高裁平成19年4月27日判決。また、この判決内では条約の名を冠さない「日中共同声明」の国際法上の法規範性を、前文において「日中共同声明に示された諸原則を厳格に遵守する旨を確認」する規定をしていることや中華人民共和国が創設的な国際法規範として認識していたことを踏まえ認めている。

コメント

日中間の政治的緊張を受けてか、中国では最近戦時賠償の蒸し返しに関する事案が多発している。本事案は実際に差し押さえという強行手段に及んだ点で顕著であるが、タイミング的に日米間安全保障連携への牽制であるという指摘は避けられないかもしれない。本事案は2010年に既に判決が確定しており、かつ日中戦争(1937-1945)勃発以前の契約に関する事案であるので、他の最近話題になっている労働者の戦時徴用をめぐる賠償請求とは性質を異にする点もあるが、政治的事情が司法に強い影響を与えているという感じは否めない。中国で経済活動を行うにあたってはリスク回避のために司法判断の動向も強く意識する必要があるだろう。他の戦時徴用事案とあわせて今後注視したい事案である。

関連条文

日本国との平和条約(サンフランシスコ平和条約)
第十四条
(b)この条約に別段の定がある場合を除き、連合国は、連合国のすべての賠償請求権、戦争の遂行中に日本国及びその国民がとつた行動から生じた連合国及びその国民の他の請求権並びに占領の直接軍事費に関する連合国の請求権を放棄する。
第十八条
(a) 戦争状態の介在は、戦争状態の存在前に存在した債務及び契約(債券に関するものを含む。)並びに戦争状態の存在前に取得された権利から生ずる金銭債務で、日本国の政府若しくは国民が連合国の一国の政府若しくは国民に対して、又は連合国の一国の政府若しくは国民が日本国の政府若しくは国民に対して負つているものを支払う義務に影響を及ぼさなかつたものと認める。戦争状態の介在は、また、戦争状態の存在前に財産の滅失若しくは損害又は身体損害若しくは死亡に関して生じた請求権で、連合国の一国の政府が日本国政府に対して、又は日本国政府が連合国政府のいずれかに対して提起し又は再提起するものの当否を審議する義務に影響を及ぼすものとみなしてはならない。この頃の規定は第十四条によつて与えられる権利を害するものではない。

日本国政府と中華人民共和国政府の共同声明(日中共同声明)
第五条
中華人民共和国政府は、中日両国国民の友好のために、日本国に対する戦争賠償の請求を放棄することを宣言する。

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