QAで学ぶ契約書作成・審査の基礎第40回:ソフトウェアライセンス契約:総論
2023/01/15   契約法務, 知財・ライセンス, 著作権法

今回から, ソフトウェアライセンス契約について解説します。今回は, その第1回目として, 具体的な条項の解説に入る前に総論的なことを解説します。

【目 次】


(各箇所をクリックすると該当箇所にジャンプします)


Q1:ソフトウェア・ライセンス契約とは?


Q2:何故ソフトウェアはライセンス契約なのか?


Q3:ソフトウェアの流通形態と契約形態は?


Q3:シュリンクラップライセンス/クリックオンライセンスは有効?


 
 

Q1ソフトウェア・ライセンス契約とは?


A1: ソフトウェア・ライセンス契約とは, コンピュータプログラム(ソフトウェア)の提供元とその利用者との間で締結される, そのソフトウェアを利用する権利の許諾(ライセンス)に関する契約を意味します。

なお, 著作権法上は, 著作物の「使用」と「利用」を使い分けていると解する余地はありますが, ここでは, 両者を含め「利用」とします。

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Q2:何故ソフトウェアはライセンス契約なのか?


A1: 以下のような理由があります。

【解 説】


1. 歴史的理由

現在では, コンピュータ・プログラム(以下単に「プログラム」という)が著作権で保護されることは当然のことと認識されていますが, かつてはそうではありませんでした。

コンピュータ産業が最初に大きく発達した米国においても, 1960年代から1970年代にかけて, プログラムが著作権法で保護されるか否かが裁判等で激しく争われ, 漸く, 1980年の米国著作権法改正によりプログラムが著作権法で保護されることが明確化され, この論争に決着がつきました。[1]

これに対し, 我が国では, 1982年のスペースインベーダーパート2事件[2]で初めてプログラムを著作物と認める地裁判決が下されました。しかし, 同年の, 日本の大手電機メーカー社員が米IBMのOSに関する機密情報の産業スパイ容疑でFBIにより逮捕された事件等を背景に, 通産省(現経産省)は, 米国に比較し劣勢にあった日本のコンピュータ産業保護の観点から, 特別な法律(プログラム権法)により限定的にプログラムを保護する案を推進しました。

これに対しては, 米国から強い反対があり, また, 文化庁はプログラムを著作権法で保護する案を提出しており, 最終的には, 文化庁案に基づき, 1985年に改正著作権法が成立・翌年施行され, プログラムが著作物として保護されることが明確化されました。なお, 通産省のような各国ごとの特別法による保護では, 日本産プログラムの海外での保護を含め, 既に大多数の国が加盟していた, 著作物保護に関するベルヌ条約[3]のような国際的な保護や保護の国際調和が困難という問題がありました。[4]

筆者は, 1986に米国系のコンピュータ会社に転職しましたが, その当時から, 同社では, 米国の親会社と同様, ソフトウェアに関しては, ライセンス(利用権の許諾)という形で顧客と契約を締結していました。おそらく, 米国の他のコンピュータ/ソフトウェア企業およびその日本子会社も, それよりも以前から, 同様であったと思われます。

その理由としては, かつては, 米国においてさえ, プログラムが, 契約以外に如何なる法的保護を受け得るのかが明確でなかったことや, 更に, プログラムはいくらでも複製可能なので, 顧客から, ビジネスとして成り立つように, プログラムの対価を回収するには, それが利用可能な機器・範囲を制限する(例:1台のコンピュータに限定/利用目的を自社業務に限定する)ことが必要であり, そのためには, 契約が最も確実・有効な法的手段であったことがあったと考えられます。

日本のコンピュータ/ソフトウェア企業も, これに倣い, ライセンス契約という形が広まり, 今日に至っていると考えられます

2. 経済的な理由

前述の通り, 一般に, ライセンサーは, ライセンシーがソフトウェアを利用できる範囲・条件(例:利用可能機器, 同時利用可能ユーザ・機器の数・範囲, 利用可能期間等)を限定してライセンス料を設定します。これは, もしそうしなければ, ライセンシーがソフトウェアをいくらでも自由に複製・利用・第三者提供するかもしれず, ライセンサーは, 合理的な収益を得ることができず, ソフトウェアの提供をビジネスとして成立させることができないからです。しかし, 著作権法では, このようなソフトウェアの利用範囲・条件の限定がなされているわけではないので, これを法的に有効に行うには, 契約という手段によるしかありません

3. 民法・著作権法等の規定適用の回避

(1) 民法の適用回避

ソフトウェアの提供条件について契約で取り決めなければ, その条件については民法が適用されることになります。ソフトウェアの提供は, 売買等, 民法の典型契約のいずれにも該当しないと考えられますが, ソフトウェアの有償での提供は, 同法第559条(有償契約への準用)により売買の規定の準用を受けます。[5]

従って, 例えば, ソフトウェアのバグ等の不具合に関して言えば, 民法566条と同166条1項により, ライセンシーは, ソフトウェアの不具合(品質に関する不適合)を知った時から1年内にその旨をライセンサーに通知すれば, その知った時から5年以内かつソフトウェアの提供から10年以内であれば, その不具合の修補(履行の追完)と損害賠償等を請求できることになります。

しかし, このようなことは, 私たちが市販のソフトウェアを利用している上でも日常的に経験しているように, ソフトウェアに何らかの不具合が生じるのは通常のことであること, その不具合が大小を問わずすぐに修正されるものではなく, また, そうすることはライセンサーにとって技術上困難またはビジネス上の合理性に合わないこと, むしろ, 多くのライセンサーがソフトウェアの不具合に関し保証を全否定しまたは保証内容や期間を厳格に制限していること, しかし, それでもなお, ソフトウェアは有用なものとして利用されていること等からすれば, 取引の実情に合わず, また, ライセンサーから見れば, ビジネス上受け入れることができない責任・リスクを負う結果となります

従って, このようなことから, ライセンサーにとっては, 自己の責任・リスクを制限するために, 民法の適用を回避して契約条件を定めることが必要になります。

(2) 著作権法の適用回避

ソフトウェアは著作物として保護され, 契約がなくても, その著作権侵害に対しては, 差止・損害賠償請求等による保護を受けます。

しかし, 前述の通り, 著作権法では, ライセンサーの価格設定戦略に沿った, ソフトウェアの利用可能範囲・条件の限定を行うことはできません。また, 例えば, ライセンサーとしては, そのソフトウェアが競合企業によりリバースエンジニアリングされ競合品を開発・販売されることは是非とも回避したいところですが, 著作権法(第30条の4第三号)によりリバースエンジニアリングが許容されていると解されているので, これを禁止するには契約によるしかありません(但し, このような契約による禁止の法的有効性が争われる可能性はあります[6])。

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Q3:ソフトウェアの流通形態と契約形態は?


A3: 以下の通りです。

(1) 初期の形態

かつては, ソフトウェアは, 大型のコンピュータ(ハードウェア)(IBMのメインフレーム等)の付属物として, 直接そのコンピュータおよびソフトウェアのメーカー(以下ソフトウェアの「提供元」という)や, その販売店/OEM/VAR/SIベンダ等から, 最終利用者(エンドユーザ)に提供されていました。

そして, 提供元とエンドユーザの間に, これら販売店等の第三者(以下「中間業者」という)が介在する場合, ソフトウェアのライセンスについては, 多くの場合, 次のいずれかの方法がとられていました。

①提供元が中間業者にサブライセンス権を与え, 中間間業者が, (サブ)ライセンサーとして, エンドユーザと, 提供元指定内容のライセンス契約を締結する。

②ライセンス部分のみ直接提供元がエンドユーザと契約を取り交わす。この際, 中間業者が, 提供元に代わり, 提要元指定のライセンス契約書を, エンドユーザに提出しその押印を得て回収することもある。

上記②の場合, 中間業者とエンドユーザの間で行われているソフトウェアを含む契約(注文・注文承諾を含む)をどう理解するかという問題がありますが, 一般には, 中間業者は, そのソフトウェアを提供元指定の条件で利用する権利(ライセンス権)をエンドユーザに販売していると解するのが自然でしょう。[7]

なお, 上記①, ②の他, 中間業者が提供元の代理人としてライセンス契約をエンドユーザと締結するという法律構成も考えられます。しかし, この法律構成は, 提供元からすると代理権付与から生じる法的リスク, 中間業者からすると売り上げとして代理手数料しか計上できない可能性があること等から, 少なくとも筆者の印象では, 利用は多くなかったように思います。

(2) パソコンソフト登場後の形態

その後, MicrosoftのOSを始めとして, ハードウェアとは独立したソフトウェア製品が出現し, 家電量販店等を通じ, そのソフトウェアが記録された媒体(CD-ROM等)を梱包した箱(パッケージ商品)の形態でも流通するようになりました。

このようなパッケージ商品では, 上記(1)のようなライセンス形態をとることは困難なので, いわゆるシュリンクラップ・ライセンスの形態がとられるようになりました。このシュリンクラップ・ライセンスとは, 典型的には, そのパッケージ商品の外箱の裏側に, ライセンス契約の内容と, その外箱を包装している透明フィルム(shrink-wrap)を破り開封した時点で同契約に同意したものとみなす旨の記載を印刷しておく方式です。

この場合, 家電量販店等は, ライセンス権付きのソフトウェアパッケージをエンドユーザに販売していると解すべきでしょう。

(3) ダウンロード版の登場

現在では, Amazon等のオンラインショップ等でもソフトウェア製品が販売されており, その商品形態としては, パッケージ版だけでなく, ダウンロード版(オンラインコード版)もあります。パソコンの性能と通信速度が向上し, また, パッケージ商品のような製造・流通コストが不要であることから, 既にダウンロード版(オンラインコード版)が主流になっているようにも見え, この傾向は今後益々強まると予想されます

このダウンロード版(オンラインコード版)では, そのオンラインショップ等で商品を購入すると, 購入者に対し, プロダクトキー(英数字・記号の文字列)がオンライン上で発行され, または, そのプロダクトキーが印刷されたカード等が配送され, その後, 購入者が提供元のWebサイト上で, ユーザアカウントを作成し, そのプロダクトキーを入力をすると, 該当のソフトウェアが購入者のパソコン等にダウンロードできるようになります。この場合, ライセンス契約については, そのダウンロード開始前にそのWebサイト上で表示または閲覧可能にされ, ユーザが同意ボタンをクリックすることにより, 初めてダウンロードが可能となる仕組み(いわゆる「クリックオンライセンス方式」)がとられていることが多いと言えます。

このダウンロード版(オンラインコード版)の場合, Amazon等の中間業者は, 顧客に対し, それを購入すれば, 該当のソフトウェアをダウンロードし提供元からライセンスを受けて利用することができる権利を販売していると解すべきでしょう。

(4) SaaSの登場

現在では, MicrosoftのOffice 365という商品は, クラウド上で動くソフトウェアを提供する, 「SaaS」(Software as a Service)として提供されています。SaaSの場合は, ソフトウェアのライセンス契約というよりは, クラウドサービスの提供契約という形で提供されることが多く, 上記のダウンロード版(オンラインコード版)と同様, 提供元の作成・用意したサービスの契約条件に対し, オンライン上でユーザの同意が要求され契約が成立する方式がとられています。

MicrosoftのOffice 365等は, Amazon等のオンラインショップ等でも販売されていますが, この場合, Amazon等の中間業者は, それを購入すれば, 該当のサービスの提供をサービスの提供元から受けられるという権利を販売していると解すべきでしょう。

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Q3:シュリンクラップライセンス/クリックオンライセンスは有効?


A3: これら方式が考案された米国でも, また, かつては日本でも, その法的有効性について議論がありましたが, 日本では, 民法改正後は, 定型約款の成立要件を満たす限り, 契約として有効に成立すると解されます

【解 説】


民法(548条の2)によれば,

ライセンサーとライセンシー間のソフトウェアのライセンスが「定型取引」(ある特定の者[ライセンサー]が不特定多数の者を相手方として行う取引であって, その内容の全部又は一部が画一的であることがその双方にとって合理的なもの)に該当すること

ライセンサーの提示するライセンス契約の条項が「定型約款」(定型取引において, 契約の内容とすることを目的としてその特定の者[ライセンサー]により準備された条項の総体)に該当すること

ライセンサーとライセンシー間でそのライセンス(定型取引)を行う合意があること

ライセンサーとライセンシー間でそのライセンス契約の条項(定型約款)をライセンス(定型取引)に係る契約の内容とする旨の合意があるか, または, ライセンサー(「定型約款準備者」)があらかじめライセンス契約の条項(定型約款)をライセンス(定型取引)に係る契約の内容とする旨を相手方(ライセンシー)に表示していたこと。

の全ての条件を満たす場合には, 仮にライセンシーがライセンス契約の条項(定型約款)を全く読まないとしても, ライセンシーは, ライセンス契約の全ての条項について合意をしたものとみなされ, ライセンス契約が有効に成立することになります。

市販のソフトウェア製品のライセンスとそのライセンス契約の条項が, 上記①, ②の要件を満たすことは, 一般に肯定されていますし, ③の要件は, ライセンシーのソフトウェアのパッケージ購入行為やダウンロード行為により満たされ, 更に, ④の要件は, シュリンクラップ方式では, パッケージの開封, または, 外箱上の記載による表示だけでも, クリックオン方式では, 同意ボタンのクリック, または, ダウンロード前にライセンス契約の条項を表示していることだけでも, 満たされる可能性があります

従って, 上記の四要件を満たす限り, シュリンクラップ/クリックオンライセンスによる契約は有効に成立すると考えられます。

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今回はここまでです。

 

「QAで学ぶ契約書作成/審査の基礎」シリーズ:過去の回


 

[8]

【注】

[1] 【米国におけるソフトウェアの法的保護の歴史】 (参考) Adam Mossoff "A Brief History of Software Patents (and Why They’re Valid)" September 18, 2013, Center for Intellectual Property x Innovation Policy Antonin Scalia Law School / George Mason University

[2] 1982年のスペースインベーダーパート2事件】 (参考) 伊藤雅浩「著作権法によるプログラムの保護 東京地判昭57.12.6(昭54ワ10867) スペースインベーダーパート2事件」 2018-10-17

[3] 著作物保護に関するベルヌ条約】  (参考) 「文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約パリ改正条約(抄)」 公益社団法人著作権情報センター

[4]1985年の著作権法改正】 (参考) (1)栗原潔「なぜ, ソフトウェアは著作権で保護されているのか?」2014年09月08日, IT media. (2) 文化庁 著作権審議会第6小委員会「(コンピュータ・ソフトウェア関係)中間報告」昭和59年(1984年)1月- 「第2章 コンピュータ・ソフトウェアの著作権制度による保護に関する諸問題」.

[5] 【ソフトウェアの提供に関する法律構成】 賃貸借の規定を類推適用する説もあるが疑問であるし, 圧倒的に大多数の場合, ライセンス契約が締結されるので, あまり実益のある議論ではない。 (参考) 伊藤 雅浩, 久礼 美紀子, 高瀬 亜富「ITビジネスの契約実務〔第2版〕」2021/10/18, 商事法務(以下「伊藤他」という) p. 103~104

[6] 【契約によるソフトウェアのリバースエンジニアリング禁止の有効性】 (参考) 伊藤他p. 111「…この点は, 統一的かつ明確なルールがあるわけでは[ないが, ...]禁止規定が一律に無効になるというのではなく, 禁止行為を行ったユーザに対して債務不履行責任を問えるが, 著作権を行使することはできないというのが基本的な考えとなろう。」

[7]中間業者とエンドユーザの間の取引の法的構成】 (参考) 伊藤他p. 188脚注4) 「この場合に[中間にいる]パートナーがエンドユーザに販売している目的物がな何なのかが問題になり得るが, ベンダ[提供元]が提供する[クラウドサービスのような]サービスないしソフトウェアを使用できる権利(ソフトウェアの記録媒体が存在する場合には, その所有権を含む), といった程度に捉えておけば足りると思われる。」

[8]

==========


【免責条項】


本コラムは筆者の経験にもとづく私見を含むものです。本コラムに関連し発生し得る一切の損害などについて当社および筆者は責任を負いません。実際の業務においては,自己責任の下,必要に応じ適宜弁護士のアドバイスを仰ぐなどしてご対応ください。

 

 

【筆者プロフィール】


浅井 敏雄  (あさい としお)


企業法務関連の研究を行うUniLaw企業法務研究所代表/一般社団法人GBL研究所理事


1978年東北大学法学部卒業。1978年から2017年8月まで企業法務に従事。法務・知的財産部門の責任者を米系(コンピュータ関連)・日本(データ関連)・仏系(ブランド関連)の三社で歴任。元弁理士(現在は非登録)。2003年Temple University Law School (東京校) Certificate of American Law Study取得。GBL研究所理事, 国際商事研究学会会員, 国際取引法学会会員, IAPP  (International Association of Privacy Professionals) 会員, CIPP/E  (Certified Information Privacy Professional/Europe)

【発表論文・書籍一覧】


https://www.theunilaw2.com/


 

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