【コラム】テレワークが労務管理にもたらす闇(前編)
2022/06/23   労務法務, 労働法全般

今なぜテレワークが問題なのか?


2020年からの新型コロナウイルス感染拡大の影響により、多くの企業でテレワークが常態化し、従来型の働き方(ここでは“リアルワーク”と呼ぶこととする)に取って代わっている。もっとも、今回のテレワークの普及は政府が推進する「働き方改革」の一環として、純粋な目的を持つ先進的なワークスタイルとして実施されたものではない。いわば、新型コロナ感染拡大防止策(以下“コロナ対策”)として、やむにやまれずテレワークを実施した企業が大多数である。

このように、やむにやまれず急遽常態化したテレワークだが、労働法上の取扱いに困難を抱えている。本来、テレワークもリアルワーク同様に労働法で認められた働き方として何ら相違ないもののはずだが、現実問題、労務管理の場面で既存の労働法に当てはめようとしたときに、難しさが生じる。

 

テレワークという働き方改革に潜むもの ~労働法に照らして~


(1)労働者の安全に関する雇用者の義務は?


最近はあまりに身近な言葉となった「セクハラ」、「パワハラ」といった一連のハラスメント群も出発点を同じくしているのだが、雇用者には労働者が心身共に健全に業務を遂行できる環境を整える義務、すなわち“安全配慮義務”がある。この点、自宅やテレワークオフィス等を就業場所とするテレワークでは、労働者個々の就業環境は基本的に全て異なる。加えて、テレワークで使用される就業場所は、労働者からすると心理的に立ち入って欲しくない領域であり、プライバシーの観点からも雇用者がその就業環境を感知しづらい状況にある。そのため、基本的に、雇用者はテレワークを行う労働者の就業環境に五感で触れることはできない。

このような状況下で、雇用者が労働者への安全配慮義務を果たせるものか?労働者によっては自宅にテレワークに適したスペースすらない者も相当数いると想定される。

 

(2) 労働時間管理は可能か?


さらに労働時間管理の問題もある。従前の労働法は労働者を時間で管理する建てつけで定められており、労働の内容で労働者を管理することは想定していない。私はこの点でテレワークが日本型雇用システム(いわゆる“メンバーシップ雇用”という、新卒一括で入社し、特定の職務設計をされることなく会社の命じるままに異なる職種間を異動し、定年や再雇用終了等で一斉に離職する。)にくさびを打つものとして、今後大きなうねりを生むものとなると考えている。

リアルワークでは、デスクや会議室等において、管理者が五感をフルに活用して労働者の勤務状態(良いコンディション・勤務態度で働けているか)を感知できる機会があるが、テレワークではそれらの機会の大半は失われる。コミュニケーションも、音声と二次元の映像、チャットやメールの文面文字のみの交流、交信となり対面方式によるコミュニケーションが存在しなくなるため、労働時間管理のために何か他のツールが必要となってくる。PCのオンオフのログ設定やその使用履歴をトレースするなどの方法もあるが、本人が就業時間中まんべんなく業務を行っていたかどうかという決定的な証拠にはならない。すなわちテレワークでは労働時間管理によるマネジメントにはある一定の限度があり、この点を改善する-すなわち労働時間に代わる何らかの指標を設けないことには労働の成果を図ることができないと思われる。

テレワークでは、オンライン画面で仕事ぶりを評価することになるため、リアルワークで毎日見ていた社員一人一人が仕事をしている姿(これが真実かどうかは後で述べる)が全く見えず、成果物はすべてオンラインのみで判断されることになる。すると朝定刻前の出社から夜の定刻後の退社まで会社で見ていた(見られていた)姿、それそのものが即ち成果の一部でもあると考えられていた現実が一切消滅し、オンラインでの業務報告等によって、成果(物)を出しているかどうかがドライに一目でわかってしまうのである。

どこの会社でも実に多い現象であると思うのだが、出社してPCを見、会議にも多く出席していながら、実際は成果物らしきものをほとんど出していない社員は多くいる。それでもリアルワークの場合は他人の目に触れているだけで、仕事をしている(ように見える)と判断される場合が多かったと思うが、テレワークになると日々の成果がガラス張りになるため、「仕事をしているように見えていたが実は成果を上げていない社員」の存在が明確になってしまうのである。

結局のところ、日本型メンバーシップ雇用では極めて重視されていたヒューマンスキル、例えばリーダーシップに代表される統率力、メンター制度のようなOJTに基づく部下の面倒見やムードメーカーが醸し出す職場の雰囲気作り等、仲間意識を共有できるさまざまな場面で重宝されていたスキルが発揮される機会は、テレワーク下では大きく減じられてしまうと言える。

 

(3)デジタル化に伴うリストラとの関連は?


近年、少なくない大手企業が、業績好調にも関わらず、将来的なAIやRPAの導入による自動化を見据えて人件費に見合わない中高年社員に対し希望退職を募るケースが見られる。テレワーク下では、その判断基準として、テレワークがあぶり出す、「真に成果を挙げている社員かどうか」という基準が用いられると言われている。

一般的に日本は労働法上、社員に退職を求めることは非常に困難であると言われている。リストラを行う際に対象者を選抜すること、そして、その対象者を説得することが鬼門となるのであるが、さらに、例えば整理解雇の場合には被解雇者選定についての客観的合理性として法令上で求められている要件を満たす必要がある。その点から考えると、テレワークではほとんど全ての記録が保存できるので、勤務成績や会社への貢献を判断する上で他の社員との比較を含めた合理的な判断がしやすくなるとも言える。

 

今後の懸念


テレワークは、通勤の負担がなくなることで、やはり、労働者に時間的余裕ができるし、さらに肉体的負担も減らしている。もはや、テレワークゼロの働き方に戻ることは困難であろう。実際、中途採用市場において、テレワークの可否が、転職先を決めるうえでの求職者の大きな関心事になってきていると聞く。もっとも、私の拙い経験より言わせて頂くと、マネジメントや関係性の醸成という観点から、やはりある程度は従来型のリアルワークを残すことが望ましいと考える。例えば週3・4日テレワークで週1・2日リアルワーク等の組み合わせはどうであろう。一方、テレワークを単なるオプションとしての働き方に位置付けることには反対である。コロナ対策以前のように日本型メンバーシップ雇用から見ればテレワークはヒューマンスキルが評価されにくい実績型であり、従来からのリアルワークを慣例とする流れもあって、ある程度の強制力がないと定着しにくいと考えられる。したがって、単なるオプションに留めるのではなく、ある程度テレワークを選択することを義務づける方式がよいと考える。今後はその普及に伴い、労働法令も改定されていくと予想される。

今後に向けて、解決すべき課題は少なくないとは言え、テレワークは働き方改革の一環として、将来的に積極的に取り入れてゆかねばならないワークスタイルである。今後はテレワーク実施に関し、より適切な環境が整備されてゆくことになるであろう。多くのトライアル&エラーを繰り返してでも、テレワークが新しい働き方として発展・定着してゆくことを願うばかりである。

 

 

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本コラムは著者の経験にもとづく私見を含むものです。本コラム内容を業務判断のために使用し発生する一切の損害等については責任を追いかねます。事業課題をご検討の際は、自己責任の下、業務内容に則して適宜弁護士のアドバイスを仰ぐなどしてご対応ください。

 

【筆者プロフィール】
丸の内の世捨て人


建設系の会社の法務部門に通算20数年在籍し、国内・海外・各種業法・コンプライアンス関連などほぼ全ての分野に携わった経験を持つ。事業部門経験もあり、法務としてもその重要性を事あるごとに説いている。米国ロースクールへの留学経験もあり、社内外の人脈も広い。


 

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