【コラム】法務のエキスパートとなるために必須な周辺知識
2021/12/20   法務部組織

1.法務と周辺知識


私が現在の会社に入社した頃はまだ安定成長時代であり、モノづくりを基盤とするビジネスモデルが主流をなしていた。それ故にモノづくりは国内で行い、まず新人はモノづくりの原点から学ぶべしという基本的構想の下に全員が事業所(工場)に配属されていた。事務系で直接製造現場の仕事とは無関係な部門でも無論、各新人は工場に配置され、制服も作業着で業務に当たっていた。

その後、本社に移動し営業等の仕事に携わったが兎に角、最初から法務へ配属等ということはなかった。法務(のみではないが)はこのように工場を含めたいくつかの実業部門を渡り歩き、その中で本人の希望や会社からの適正判断により人材が配置されていた。

したがって法務の全員が(人によりその種類の違いこそあれ)既にいくばくかの実業経験者であり、法務に携わりながらも自身の持つ実業経験との連携で業務を行うことができていた。ある書籍で読んだが、「どのような分野でも一流の専門家は実務の最前線を知らなければ、その専門性は受け入れられることはない。」とあった。専門知識は研究をし、更なる深い専門性を身に着けるためにだけあるのではなく、それを利用して実際に発生している問題を解決するためにある。
したがってその専門家自らもその対象となる実業のことを身にもって経験することは大いに必要であると言われている。

私が多くの事業部門の人間に対し、このことについて聞いたところ、ほぼ全員が、「法務は一度や二度は実業部門を経験した人間でなければやらせるべきではない。」と言っていた。しかしながら、今の時代は一般の事業会社であっても法務部門には新入社員等を含め、実業経験が皆無の人間が配置されて当然という慣例がある。

その是非は本題ではないので割愛するが、そうではあっても実業経験とは別に「周辺知識」として各種の他職種に関する知識が必要であると考えられる。代表的なものは「経理」、「人事」「労務」、「労働安全」等である。これらの知識の有無により法務としても活躍のフィールドが大きく異なってくる。むろんこの周辺知識の分野は実務経験まで持たなくてもよく、中級程度の知識があれば十分であると思われる。たとえばダンピング(廉価販売)に関する原価計算の知識、M&Aにおける財務諸表やファイナンスに関する知識、過剰労働や事故が発生した時の労働安全規則に関する知識である。

 

2.目的志向


常日頃思うことなのだが、どんな分野でも漠然とただ知識を詰め込もうとしてもなかなか身につかない。そこで限定された内容でよいから、目的を定めることがよいと考える。たとえば「ベトナムの税制はグローバルスタンダードの考え方とどこが異なるのか?」、「米国の訴訟手続きの唯一無比の特徴は何なのか?」「今回の会計基準の改訂が契約書にどういった変化をもたらすのか?」といったところ等である。

こうしてこれらのポイントで照準を定めればその回答の発見も早いであろうし、資料を読む時の読解も進むであろう。一例として諸外国からの日本に対するダンピング(廉価販売)提訴に至っては法律知識などごく限られた範囲のものでよく、それよりは極めて広範な原価計算の知識が要求される。ある程度知識がついた時にはじめてわかるのであるが、つまりは「理解するため、よりよい提案をするため」に知識は必要であり、その種類をたまたま便宜上、法律とか財務或いは他の分野等というように便宜上分類しているに過ぎないことに気づく。

特に大企業では「総務、人事、労務、経理、法務等」専門部署毎に業務の細分化が行われているため、あたかもそれらが皆、全く異なったそれぞれ相互不可侵の分野であるが如き印象を持つ場合もあるが、本来はもともと混沌とした玉石混交の集合体から便宜に応じて分類していったといった作業の賜物に相違ないと思われる。特に今日のように社会の急激・迅速な変化により法務問題も高度化しつつある中にあっては、法務として周辺知識に関するリテラシーによって、その処理能力に大きな差が出てくるという時代が到来しているような気がしてならない。

 

3.シナジー効果との比較


既に述べた周辺知識は本来の法務知識との関係において、シナジー効果を生むものであるという考え方も可能であるように思われる。しかし私としてはこの捉え方に対しては、いささか疑問を感じている。元来シナジー効果の意味は、互いに異なる分野である領域同士を合算することにより、通常は1+1=2 であるものが、1+1=にも、1+1=4 にもなり得るということを意味すると思う。

しかしここで述べてきたことは、すなわち法務としての単独領域そのものが周辺知識がなければ体をなさないという意味である。従ってこれらの周辺知識を学ぶ上で、断片的に法務と関連すると思われる分野のみをその都度学べばよいという意見に対しては反対である。例えば多くの人がこの周辺知識として挙げるであろう経理分野について言えば、確かに経理のエキスパート並みの知識までは必要ないと思われるが(むろんそれもあるに越したことはないが)、基礎・中級程度までは総括的な知識がなければ周辺知識として役立つとは思えない。何故ならば経理は経理で法務と同様に高度な体系が構築されており、基本から学ばなければリテラシーとして機能させるためには知識不足であると思われる。

そうではないという反論もあるかと思うが断片的な知識ではその範囲に限界があり、また基礎知識がなければ周辺知識として適用する上でも本質的にまっとうな指摘はできないと考える。むろんこれは法務分野だけの範囲でも言えることであり、そのことを振り返って考えれば一定の経験を積んだ法務パーソンにはご理解頂けると思う。兎に角、周辺知識を得ることもまた甘くはない、容易ならざることと言える。

 

4.今後の見通し


社会のデジタル化と共に、今後はITに関する事項も周辺知識として今以上に必要になってくると思われる。私のようなアナログ人間はますます時代に遅れず、現役であり続けるために一層大変になってくると考えられる。同時に本来の法務分野もますます内容が高度化し、次々と新しい情報を咀嚼してゆかなければ、早々に時代遅れの知識しか持たない人間になってしまうであろう。

コロナ禍はまだまだ収束したとは言えないが、この世界中を巻き込んだ未曾有の現象は我々の職業・生活形態に大きな変革を促した。法務以外の業務でもこれからはオンライン上で小回りの利く行動様式が普遍的になってゆき、そういった流れに対応できる人間と、そうでない人間との二極分化が急速に進むものと思われる。そうなれば本当の意味での理解や理解し易い説明等が可能かどうかという評価基準が高まり、またオンライン化による処理能力のスピード化も顕著になるであろう。変わりつつある時代の流れをひしひしと感じている法務パーソンは相当多いのではないかと思われる。

 

 

【筆者プロフィール】
丸の内の世捨て人


建設系の会社の法務部門に通算20数年在籍し、国内・海外・各種業法・コンプライアンス関連などほぼ全ての分野に携わった経験を持つ。事業部門経験もあり、法務としてもその重要性を事あるごとに説いている。米国ロースクールへの留学経験もあり、社内外の人脈も広い。


 

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