Q&Aで学ぶ英文契約の基礎(6) - クラウドサービス規約(1)
2021/10/15   契約法務, 海外法務

この「Q&Aで学ぶ英文契約の基礎」第6回では、契約の一形態である「規約」に関し、Amazonのクラウドサービスの利用規約を取り上げて解説します[1]

 

Q1:クラウドサービスとは何ですか?


A1:クラウドサービス(英語では"cloud (computing) service")とは、クラウドサービス提供事業者(英語では"cloud computing vendor," "cloud service provider"等)(以下「ベンダー」)のコンピュータ、ソフトウェア等をインターネットを介してユーザに利用させるサービスをいいます。

 

身近な例で言えば、Microsoft社のOffice製品(Word, PowerPoint等)は、かつては消費者等が家電店等でパッケージ(箱)を購入し同梱のCD-ROMから自宅のパソコンにインストールすることが主流でした。しかし、現在は、「Office 365」という名称でクラウドベースのサブスクリプション(subscription)サービス(契約期間中提供されるサービス)として提供されています。このかつての利用形態は、クラウドサービス登場後、オンプレミス("on-premises":自宅・自社内設置)と呼ばれるようになりました。

 

クラウド(cloud)は本来「雲」の意味ですが、ベンダーのコンピュータ(サービスを提供するコンピュータの意味で「サーバー(server)」という)がユーザから見て雲の中にあるイメージなので、「クラウド(サーバー)」と呼ばれています。

 

 

Q2:Amazonのクラウドサービスはどのようなものですか?


A2:Amazonの子会社であるAmazon Web Services, Inc.(米国ワシントン州)(以下「米AWS」)が運営するサービス("Amazon Web Service")(以下「AWS」)で、本格的クラウドサービスとしては世界で最初(2006年)に開始され、現時点で世界最大売上・シェアのクラウドサービスです(第2位はMicrosoft、第3位はGoogle)。

 

【AWSの概要】[2]

・ 世界各国にある米AWSのサーバーにより、ユーザが選択したサービスを、サービスの利用時間・利用量に応じた課金方式で利用させるサービスである。

・ 提供するサービスの種類:データ保存・処理、コンテンツ配信、ネットワーク構築、各種ソフトウェア提供(例:データベースソフト、データ分析ツール、開発用ソフト、アプリケーションソフト、ソフト管理ツール、AIソフト、IoT向けソフト)等。

・ ユーザ(法人・個人)は、AWSを社内サイトや顧客向けサイトの構築・運用等のために利用する。

 

 

Q3: 今回、英文契約の基礎としてクラウドサービス規約を取り上げたのは何故ですか?


A3: 以下のようなクラウドサービスが社会経済に与える影響の大きさから、企業法務担当者としても、外国企業によるサービスを含め、クラウドサービスにおける典型的契約方式について理解しておくことが必要と思ったからです。

 

 【クラウドサービスが社会経済に与える影響】

AWS等のクラウドサービスによるコンピュータ等の利用には、オンプレミス型に比較した場合、以下のような特徴があり、クラウドの普及と拡大は社会経済に大きな変化を生じさせると思われる。

・ ユーザ側で必要なものはネット接続環境とパソコン等のみで、従来、費用的・時間的・要員的負担の大きかったサーバーやソフトウェアの調達・設置・保守が不要となる。

・ 従って、スタートアップ企業等も、従来利用できなかったスーパーコンピューター、大規模処理能力、最新AIソフトウェア等を利用できる。

・ AWS、Microsoft、Google等の大規模クラウドベンダーがコンピュータやソフトウェアを大量に調達しまたは自社開発することにより、従来コンピュータメーカーが主導していた市場構造を変化させる可能性がある。

・ 今後5G等による通信速度の更なる向上により将来的にはほとんどのサービスがクラウドサービスで提供されると思われる。

 

なお、AWS等以外でも、インターネットを通じ提供されるサービスは、企業活動においても個人の私生活(例:スマホのアプリ)においても、今後あらゆる面で利用され益々重要性を増すと予想されるが、基本的に同種の契約方式(ネット上での契約条件提示と明示または黙示の同意)が利用されている。

 

 

Q4: Amazonのクラウドサービスの契約関係はどうなっていますか?


A4: AWSのサイト上に掲載されている"AWS Customer Agreement" [3](原文英語)(以下「AWS契約」)に対し、サービス申込者がWebサイト上の「同意」ボタンをクリックすること等によりAWS契約が成立する形になっています(AWS契約前文)(以下同様に( )内数字はAWS契約の条文番号)。

 

具体的な規定は次の通りです(訳は著者によるもので分かり易いよう意訳しています)。

 

 

This Agreement takes effect when you click an “I Accept” button or check box presented with these terms or, if earlier, when you use any of the Service Offerings (the “Effective Date”).


本契約は、本サービスの申込者が次のいずれかの行為をした場合にその時点(「契約発効日」)で効力を生じます。


(i)     本契約条件とともに提示される「同意する」ボタンをクリックした場合またはチェックボックスにチェックマークを入れた場合


(ii)    上記(i)を行う前に本サービスを利用した場合


 
 

 

Q5: Webサイト上の「同意」ボタンをクリックするだけで有効な契約と言えますか?


A5: AWS契約の準拠法は米国ワシントン州法とされています(13.4)。但し、日本の利用者に関しては準拠法を日本法に変更する選択肢が与えられています[4]

準拠法がいずれでも、以下の理由から契約の成立の有効性と内容の原則的有効性が認められるものと思われます。

 

(1)  準拠法が米国法の場合


米国では、上記規定の(i)のような方法で成立させようとする契約は"Clickwrap Agreement"と、(ii)のような利用行為やソフトウェアのインストール(またはそれらの継続)をもって成立させようとする契約は"Browsewrap Agreement"と呼ばれることがあり[5]、ここでもそう呼びます。なお、AWSでは実際には(i)の方法をとっているようであり[6]、ここではそのように前提します。

 

米国では契約法は州の管轄なので州ごとにこれらの法的有効性が解釈されますが、判例によれば以下のように言うことができます[7]

 

(a) Clickwrap Agreement


以下のような要件を満たすことを条件として、有効な同意があったと認められ契約が有効に成立したとされます。

・ 事前(同意の前)に相手方(例:サービス申込者)に対し契約条件(利用規約等)を提示(表示)すること

・ 事前に相手方が、① 法的拘束力がある契約に対する同意が求められていること、および、② クリック等により契約が成立することを明確に認識できるよう、明示的かつ分かり易くその旨表示すること

・ 上記を前提として、相手方が「同意」ボタンのクリックその他これと同等の行為を行ったこと

 

なお、実務的には、上記要件を全て満たしたことを何らかの方法で証明できることが必要になります。

 

また、契約が上記要件を満たし有効に成立した場合でも、違法な規定、相手方に不利かつ不当性が高い規定、欺瞞的・詐欺的その他不公正な取引慣行("unfair trade practices")に該当する規定、消費者保護法に反する規定等は無効(執行不能:"unenforceable")とされます。

 

(b)  Browsewrap Agreement


Browsewrap Agreement方式(*)による契約の成立は、個別の事情と個々の裁判所の判断に左右されます。但し、最低限、以下のような事情から相手方に契約条件が適切に提示されていたことが必要とされています。

・ 事前に相手方に対し契約条件を明確に提示すること(ページ上の配置、フォントサイズ、色その他目立ち易さを考慮)

・ 事前に、相手方が、サイトの利用継続等により法的拘束力がある契約が成立することを明確に認識できるよう、明示的かつ分かり易くその旨表示すること

 

(*) Browsewrap Agreement方式の文言の例:

 

BY USING THE SITE, YOU AGREE TO THESE TERMS OF USE; IF YOU DO NOT AGREE, DO NOT USE THE SITE.


本サイトを利用することにより、あなたは本契約条件に同意したことになります。ご同意できない場合は本サイトの利用を中止して下さい。


 
 

Browsewrap Agreementの実務上の留意点と、仮に契約成立の有効性が認められた場合の個々の規定の有効性は、(a)のClickwrap Agreementについて述べたことと同様です。

 

(c)  契約条件の変更


有効に成立したClickwrap AgreementまたはBrowsewrap Agreementの内容をベンダーが変更しようとする場合も、これらの契約成立性と個々の規定の有効性について述べたこと((a),(b))と基本的に同様のことが言えます。

特に次のような事情があればその変更が有効となる可能性が高くなり、反対になければ低くなります。

・ 相手方が変更内容に対しクリック(click on)すること

・ ホームページへの掲載の他、個別にユーザーに変更についての電子メールを送信すること

・ 通知に変更内容と変更の効力発生時期を明示すること。

・ 相手方に同意を拒否し変更前の契約条件を選択する機会・権利が与えられていること

・ 変更の効力発生時期については、相手方が同意または同意の拒否を検討するのに十分は期間が設けられていること

・ 変更内容が違法・不当な内容ではないこと

 

(2)  準拠法が日本法の場合


AWS契約条項は、改正民法(債権法)[8](一部を除き2020年4月1日から施行)に定める「定型約款」の要件(改正民法548の2)を以下の通り全て満たしますから「定型約款」に該当すると思われます。

改正前は明文の規定はなく解釈に委ねられることになりますが、AWSでは契約条件提示の上明示的に「同意」の意思表示を求めていますから同じ結論になると思われます。

 

・ AWSは、日本を含め、世界各国の不特定多数の顧客を相手方とし、どの顧客に対しても画一的な内容のサービスのメニューから各顧客が選択したサービスを提供するもので「定型取引」に該当する(取引の不特定多数性・取引内容の画一性)。

・ AWSのサービス内容の画一性は、迅速なサービス開始、サービスコスト・料金の低減に必要・有益であり、AWS、利用者、双方にとり合理的である(取引内容の画一性の合理性)。

・ AWS契約条項は「定型取引」であるAWSサービスの契約内容とすることを目的として作成されたものである(契約条項の目的)。

 

このようにAWS契約条項は「定型約款」に該当する結果、以下のように、改正民法の定型約款に関する規定の適用を受ける。

・ AWSのサービスの提供を申込んだ者(利用者)は、 その申込によりAWSサービスの提供という「定型取引」を行うことに合意し、かつ、「同意」ボタンをクリックすることによりAWS契約条項という「定型約款を契約の内容とする旨の合意をした」(*)と解釈できるから、AWS契約条項の個々の条項を読んでいないとしてもその全ての条項に合意したものとみなされる(548の2(1) 一号)。

(*)この他、米AWS(「定型約款準備者」)が「あらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示していた」だけで、これに対し利用申込者が積極的に合意の意思表示をしていない場合も同様(二号)。


・ 但し、AWS契約条項の内、利用者の権利を制限しまたはその義務を加重する条項であって、クラウドサービス取引一般の態様およびその実情並びに取引上の社会通念に照らし信義誠実の原則(1(2))に反して利用者の利益を一方的に害すると認められる条項については合意の成立が認められない(548の2(2))。これに該当するものとして一般に問題となることが多いのは、瑕疵担保・保証や損害賠償責任等の否認や限定等である。

・ 米AWSは、サービス申込者が「同意」ボタンをクリックする前に、または、その後相当期間内に請求した場合遅滞なく、相当な方法で、AWS契約条項(定型約款)の内容を示さなければならない。但し、AWS契約条項(定型約款)を書面または電子的方法で提供していた場合を除く(548の3)。 AWS契約条項は常時Web上で公開されているから但書の場合に該当しこの義務は履行されていることになる。

・ AWSは、以下のいずれかの場合、利用者の同意を得ることなく、AWS契約条項の変更を、変更の旨・変更内容・変更実施時期をインターネット等で周知することにより、行うことができる(548の4)。

① 変更内容が、利用者一般の利益に適合する場合。

② 変更内容が、利用者がAWSのサービスを申込んだ申込んだ目的に反せず、かつ、変更の必要性、変更後の内容の相当性、AWS契約条項に変更があり得る旨の規定(以下「変更規定」という)の有無・当該変更規定の内容、その他の変更に係る事情に照らして合理的なものである場合。

 

 

「Q&Aで学ぶ英文契約の基礎」第6回はここまでです。次回は、今回に続き、AWSを題材として、更にクラウドサービス規約について解説します

 

 

[1] 【クラウドサービスと契約その他の法的問題】 詳細は、浅井敏雄 「AI・自動運転・クラウド・プラットフォーマ  第四次産業革命の法的課題」(2019年1月)Amazon Kindle版/オンデマンド (ペーパーバック)版(以下URL)第3篇(「クラウドサービスの法的課題」)参照

[2] 【AWSの概要】 AWSサイト「アマゾン ウェブ サービス(AWS)とは?

[3] 【AWS Customer Agreement】(「AWS契約条項」) リンク先のページの最下部で「English」を選択すると英語原文が表示される。なお、本ページ上の訳は著者独自のものである。

[4] AWS HP 「日本準拠法に関する AWS カスタマーアグリーメントの変更」】

[5] 【"Clickwrap Agreement"/"Browsewrap Agreement"の呼称】 これらの呼称は、ソフトウェアのパッケージ製品の購入者が、そのパッケージを覆う透明なフィルム等を破った時点でそのパッケージ上等に記載された使用許諾契約に同意したものとみなす契約方式(Shrink wrap Agreement)に由来する。

[6]AWS アカウント作成の流れ

[7] 【"Clickwrap Agreement"/"Browsewrap Agreement"等の米国法上の有効性】 以下の資料等を参照した:① Carr McClellan "How to Craft Enforceable Terms of Use and Privacy Policies…, Mobile Apps 100:500" October 17 2018, LEXOLOGY  ② ABA(The American Bar Association) "Terms and Conditions" 

[8] 【改正民法】 法務省HP 「民法の一部を改正する法律(債権法改正)について」 

 

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本コラムは著者の経験にもとづく私見を含むものです。本コラム内容を業務判断のために使用し発生する一切の損害等については責任を追いかねます。事業課題をご検討の際は、自己責任の下、業務内容に則して適宜弁護士のアドバイスを仰ぐなどしてご対応ください。

(*) この「Q&Aで学ぶ英文契約の基礎」シリーズでは、読者の皆さんの疑問・質問等も反映しながら解説して行こうと考えています。もし、そのような疑問・質問がありましたら、以下のメールアドレスまでお寄せ下さい。全て反映することを保証することはできませんが、筆者の知識と能力の範囲内で可能な限り反映しようと思います。

review「AT」theunilaw.com(「AT」の部分をアットマークに置き換えてください。)

 

 

【筆者プロフィール】
浅井 敏雄 (あさい としお)
企業法務関連の研究を行うUniLaw企業法務研究所代表


1978年東北大学法学部卒業。1978年から2017年8月まで複数の日本企業および外資系企業で法務・知的財産部門の責任者またはスタッフとして企業法務に従事。1998年弁理士試験合格。2003年Temple University Law School (東京校) Certificate of American Law Study取得。GBL研究所理事、国際取引法学会会員、IAPP (International Association of Privacy Professionals) 会員。


【発表論文・書籍一覧】
https://www.theunilaw2.com/


 

 

 

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