債権回収における仮差押えのポイント
2019/11/06   債権回収・与信管理, 民法・商法

今回はAZX総合法律事務所の高橋知洋弁護士に債権回収における仮差押えのポイントについて記事を執筆していただきました。

お金を支払ってもらえない!その時どうする?

企業取引において、サービスや商品、仕事の対価としてお金を支払う。これは当然のことです。しかし、中には、資金繰りがつかない、依頼した成果物とは異なるなどの理由で、対価を支払わない者もいます。さて、そのとき貴方が社長ならどうしますか? 

まず、弁護士名で内容証明郵便を送って支払いを促すという方法が考えられます。相手方が個人である場合や内容証明を初めて見るような会社であれば、弁護士名で書面が来ただけで委縮して、任意の支払いや交渉に応じるケースもあるでしょう。しかし、中には、このような督促に「慣れている」企業もありますし、「ないものはない」と開き直って支払わないケースや連絡がつかなくなるケースもあります。

次の手段としては、訴訟を起こすことを思い付くかもしれません。しかし、訴訟は、まず権利者が訴状を提出し、相手方がそれに対する反論を書面で提出し、その後ようやく第1回目の期日が開かれ、何回かの期日や書面のやり取りを経てようやく判決が出る、という気の遠くなるようなプロセスが待っています。途中で債務者が破産してしまうことも考えられます。したがって直ちに何か手を打ちたいという場面にはあまり適していません。

そこで、検討すべきなのが「仮差押え」という手段です。

仮差押えるまでの流れは?

仮差押えの特徴は、「緊急性」及び「暫定性」とされています。つまり「時間を優先してとりあえず押さえておくよ」というイメージです。
お金を払ってもらえないという場面では、前述のように破産の恐れもあるため、手続を簡素化して発令までの時間を短くしています。

仮差押えのプロセスは以下の通りです。

1.申立書の提出
2.裁判所との面接
3.担保決定
4.担保金の供託
5.仮差押命令の発令

原則として、2の裁判所の面接(審尋)は債権者側のみ行われます。ここで裁判所から申立書記載の主張について説明を求められたり、資料の追加を求められたりします。仮差押えは債権者側の主張のみを聞いて命令を出すため、債権が真に存在するか債権者から直接話を聞いて判断するのです。

4の担保供託は、債務者のための制度です。前述の通り一方当事者の主張のみを聞いて命令を出すため、もしそれが不当な請求で損害が生じた場合、債務者としては債権者に損害賠償請求をしたくなります。このような場面で、債務者が少なくとも担保の金額の範囲内で優先的に弁済を受けることができ、損害を回復できます。

銀行口座が分からないと仮差押えできない!?

差押える対象は銀行への預金債権や第三者への債権が多いです。その他、不動産、動産等も対象とすることが可能ですが、実務上は債権の仮差押えがほとんどであると思われます。

仮差押えの申立て時には、銀行名と支店名を特定して差押債権を特定する必要があります。では、銀行口座が分からない場合、あきらめるしかないのでしょうか?このような場合は、債務者の本店周辺の、複数の銀行及び支店を対象として申立てることが考えられます。但し、この場合、被保全債権を各銀行、支店ごとに割り付けなければなりません(なお、仮差押えは、差押えられなかった分の金額について、再度別の財産を対象として申立て可能ですので、一発アウトというわけではありません)。

このような場合に備えて、平時のときに取引相手の預金口座を把握しておくことは重要です。サービスの申込時にあらかじめ銀行口座を書かせることも一考でしょう。また、預金口座以外にも決済代行会社を聞いておくという手もあります。預金口座は後述の通り流動的ですが、決済代行会社への債権は、定期的に、しかも割と高額で発生することが多いため、効率的です。

仮差押えのタイミング

銀行口座であれば、債務者及び銀行に仮差押命令が発令された日の口座に入っている預金額しか差押えることができません。したがって、給料日の前を狙う、月末を狙うなど、債務者の資金繰りのサイクルを色々と想定してタイミングを練ることになります(なお、数日間であれば、裁判所と交渉して発令のタイミングを調整することが可能です)。

他方、債権の場合は、将来数カ月分にわたって発生する債権、などのように一定の幅をもって差押えることが可能です(但し、この場合は、差押えられた金額が確定しないため、前述のように空振りした金額を再度差押えるときに支障が生じる可能性があります)。

仮差押えの「レバレッジ効果」

差押えの効果は、たとえば預金口座への差押えであれば、当該差押え対象の金額を債務者が引き出せなくなるという効果があります。すなわち「一時凍結」です。注意すべきなのは、差押えたからといって債権者が直ちにその金額を回収できるわけではありません。回収するには通常訴訟により判決を得る必要があります。

しかし、債務者としては、差押え対象の預金が引き出せないことにより、ビジネスに何らかの支障が生じることが考えられます。したがって債務者の方から任意での支払いを申し出てくるケースがあります。また、債務者が差押え対象の口座のある銀行から借入を行っている場合があります(特にメインバンクの場合)。通常、銀行との取引約款には、仮差押えがされると債務者が銀行に対して負っている債務の「期限の利益」を喪失するという条項が入っているため、銀行はこれにより債務者の銀行に対する預金債権と相殺することで優先的に自己の債権を回収しようとします。しかし、これは債務者にとっては預金債権が一気に消滅することを意味するため一大事です。この場合、債務者の方から、分割弁済の交渉を申し入れてきたり、一括での任意弁済を申し入れたりすることがかなりの確率で期待できます。このように差押えられた金額自体が僅かでも、全額の回収に至ることもあるのです。これが「仮差押えのレバレッジ効果」と(私が勝手に)呼んでいるものです。

債務者が任意に弁済を申し入れてきた場合はよいのですが、そうでない場合は、通常の訴訟に移行することになります。しかし、この場合も、仮差押えがない場合と比べると、有利に訴訟を進めることができる可能性があります。債務者はすでに一定の財産を差し押さえられておりその金額を使えないため、あまり訴訟を長引かせたくないというインセンティブが働き、十分に反論を行わずに結審を急ぐ可能性があるからです。また、少なくとも仮差押えが発令されていることにより債権者側の疎明はできているという心象が裁判官にもあるため、比較的本訴での証明もしやすいという面もあります。これが第2の「レバレッジ効果」です。

平時からやっておくべきこと

以上のように、仮差押えは債権回収において有効な手段ですが、相手方の預金口座や債権の存在を知らないと手を打つことができません。そこで、前述の通り、平時から取引先の銀行口座(できればメインバンク)や決済代行会社等を把握しておくことが考えられます。また、そもそも債権回収できないという事態を未然に防ぐべく、取引開始前に債務者の信用状況を調査したり、出来る限り前払いにしたり、担保を取る等の対策を講じることが重要です。

執筆者情報

高橋知洋
AZX総合法律事務所 パートナー弁護士

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高橋 知洋たかはし ともひろ弁護士

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