エンタメ業界と労災保険
2017/11/24 労務法務, 労働法全般
事案の概要
2014年11月、民法キー局制作のドラマ撮影に参加したフリーランスの男性スタントマンがアクションシーンのリハーサル中に、左目を強打し、失明した。男性は同局に労災証明を求めるも、同局としては、口頭ではあるものの請負契約を結んでいるアクション監督にキャスティング等を任せているため、男性個人とは契約を結んでおらず、男性は「労働者」にはあたらないと労災証明を拒んだ。三田労働基準監督署も男性の労災請求を却下していたことが分かった。
労災保険の適用
労働者災害補償保険法の適用事業は、労働者を使用する事業である(同法3条)。そして、労働者とは、職業の種類を問わず、事業又は事務所に使用される者で賃金を支払われる者をいう(労働基準法9条)。雇用契約を締結していないフリーランスの実演家やスタッフがこの「労働者」にあたるかが問題となっている。そこで、「労働基準監督署(以下、労基署とする)では、平成8年の3月に当時の労働省内でまとめられた『労働基準法研究会 労働契約等法制部会 労働者性検討専門部会報告』に記載された判断基準に基づいて判断」している。実演家が「労働者」と認められる判断基準としては、「1番目は『使用従属性』の有無、2番目は『労働者性の判断を補強する要素』」である。「『使用従属性』の有無は、『指揮監督下の労働』と『報酬の労務対償性』によって判断され、『指揮監督下の労働』については『仕事に関する諾否の自由」』『労務遂行上の指揮監督の有無』『拘束性の有無』『代替性の有無』の4つが判断基準」となる(公益社団法人日本芸能実演家団体協議会 実態調査プロジェクト委員会)。また、厚労省は、2016年に雇用契約を結んでいないフリーランスの実演家でも「労働者」と認められれば、労災保険給付の支給対象になると発信している。仮に労災保険料等の納付を怠っていた場合、最大2年間(3年度分)を遡って保険料を徴収され、併せて、保険料の10%を追徴金として徴収される。また、事業主が故意または重大な過失により労災保険の加入手続を行わないときは、療養を開始した日(即死の場合は事故発生日)の翌日から3年以内に給付された労災給付の、全部または一部を徴収されることになる。
その他の事例
フリーランスの実演家やスタッフが労災保険の適用を受けるには、使用従属性が認められるかが主なポイントになる。しかし、その判断にあたっては、明確に決まっているわけではなく、判断が難しいといえる。1986年、映画プロダクションと撮影業務に従事する契約を締結した映画撮影技師が映画撮影中に宿泊していた旅館で脳梗塞を発症し、その後死亡した。一審では、使用者との使用従属関係の下に労務を提供していたとはいえず、「労働者」とは認められなかったが(東京地判平成 13・1・25 労判 802 号 10 頁)、二審では、使用者との使用従属関係の下に労務を提供したといえ、「労働者」と認められた(東京高判平成 14・7・11 労判 832 号 13 頁)。また、2016年夏、イベントのリハーサル中に腰を痛め、3カ月ほど仕事ができなくなったアクション俳優は、2017年11月に立川労働基準監督署に労災と認められた。これにより、男性は、治療費と休業補償が受けられる。
コメント
エンターテインメント業界において、俳優など特にフリーランスの実演家やスタッフは弱い立場にあり、契約書を書面で交わさないことも多いといいます。上記事例のように全く異なる結果となることもあり、「労働者」として認められる判断基準である「使用従属性」の判断が曖昧なところがまだあります。しかし、厚労省や日本俳優連合の活動により実演家などの立場について世間でも認識されるようになってきており、関心が高まってきています。実演家と契約をする制作会社等においては、契約形態を書面により明確にし、労災保険に加入すべきか否かを慎重に判断していくことが求められていると思います。
関連法律タグ:労働者災害補償保険法
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